第25話 優しさ
は、白樹の視線が痛い。あれから少しして、呻き声は消えた。けれど、心に余裕が出た分、視線が気になってしまう。
言いたいことは分かっている。ここがお店だから我慢してくれているのだということも。
「……花、これも」
沈黙のあと、白樹は白に銀の混じった糸を私に見せた。
「キレイな色……」
「だろ?」
眉が下がった、困ったような笑み。その笑みでやっと気が付いた。
あぁ、違った。ここがお店だからじゃない。私のために聞かないでくれているんだ。白樹の優しさがじんわりと私の中に染み込んでいく。
どうして、こんなにも優しくできるのだろう。
白樹はいつだって、私の心を優先してくれる。反対するのは私が怪我をしたり、つらい思いをしそうな時だけ。
それなのに、私は心配をかけたくないという
何て自分勝手で、自己中心的なことをしてきちゃったんだろう。
今からでも間に合うかな? 白樹のように私もなれるかな?
白樹の瞳の色の糸を籠に入れる。私の好きな……、好きになった色だ。
「白、あとで聞いてくれる?」
何を、とは言わなかった。けれど、きちんと伝わったようで、白樹は瞳を細めた。
「ありがとう」
「どうして、白がお礼を言うの? 私のセリフだよ」
白樹がゆるりと首を振る。
「言いたくないんだろ? それでも話そうとしてくれている。その気持ちが……、花の心が嬉しい」
「白……」
どこまでも優しい白樹。私の心を今も守ってくれている。こんなにも全てを受け入れてくれる。それがどれだけ特別なことか……。
泣きたくなった。とても……、とても泣きたくて、奥歯をぐっと噛みしめる。
昨日、救えなかった命が目の前で消えていくのを見た時は、我慢できた。泣くのは、本当に泣きたいのは私じゃない。そう思ったから。
「たくさん泣け」
「まだ、泣いてない」
そう。まだ泣いていない。泣きたくて、泣きたくて、仕方がないだけ。
「そうだな。でも、泣いている」
その言葉に私は笑った。あまりにも的確で、それが何だか可笑しくて。
「そうだね。昨日からずっと泣いているのかも」
悲しくて、情けなくて、悔しくて、許せなくて……。
昨日からずっと心のなかは、ぐちゃぐちゃだ。
ご飯を食べて、寝て、笑って、ときめいて。
いつもと同じ日常を過ごしているのに、ふとした瞬間に声が、光景が、甦ってくる。それが昨日の今日だからなのか、ずっと続くのかは分からない。
あぁ……、心がほんの少しだけ疲れたのかもしれない。人の優しさで、温かさで、こんなにも泣きたくなるんだもの。
「でも、本当に泣くのは今じゃない。まずは、しっかり糸を選んで、その他にも布やボタン、レースなんかも選ばないと」
「……花らしいな」
どういうことだろう。やるべきことを優先しているだけだ。
私が作ったもので救える人が一人でも増えるなら、優先するのは当然だ。それしか、私にはできないのだから。
白樹の言う、私らしいという意味が分からない。
「どういうこと?」
「何でもない」
クスクスと笑いながら、白樹は商品棚へと視線を戻す。
私もそれに
この色がいいんじゃないか……なんて話ながら、どんどん糸を籠へ入れていけば、かなりの量になった。これで、組紐をたくさん編めるだろう。
「次は布かな……」
色とりどりの布の中へと向かう。籠いっぱいの絹糸は白樹が持ってくれた。繋いだ手が温かい。
たくさんの布を前に、何を作ろうか考える。
着物を縫うのは私には無理……かな。浴衣なら縫えるけど。量産するとなると、足袋とかマスク? でもなぁ、足袋だとサイズがあるし、マスクは着けて戦うと苦しそう。
やっぱりお守りとかがいいのかな? 神様繋がりでご利益ありそうな気がする。素人が作ったお守りの効果って、どのくらいあるんだろう。
うーん、それとも……。
「どうしようかな……」
「ん?」
「何を作ろうかなって思って。大したものは作れないのと、数をたくさん作らなくちゃいけないなら、なるべく簡単なものがいいよね」
「花は、ミシンは使えるか?」
ん? ミシン? え、ミシンがあるの!? 全部手縫いだと思ってたから、すごく助かる。
「使える! 使いたい!!」
「簡単なものは分からないが、ミシンがあると早いんだろ?」
「うん。そうな……の」
あれ? ミシンでも力は宿るのかな。手縫いとの差はあるの? これも、確かめてみないと分からないかぁ。
「ミシンと手縫いで力の差が出るのかな?」
「分からない。だから、検証しよう」
たくさんある布を選ぶ、ボタンを選ぶ、レースを選ぶ。どんどん選んでいく。
恋々や郎さん、雪さん、ドクター、輪さん、いつもお世話になっているみんなにも何か作ろう。
ふっと、視界に黒い虫のような穢れが映った。傍に近よって握りつぶせば、呆気なく消えていく。
こんなにも普通に穢れが漂っている。今のところ、そこにいるだけの小さな穢れ。けれど本当に危険がないかは分からないから。
「備えあれば憂いなし……だよね」
今まで何事もなかったから、心配のし過ぎかもしれない。それでも、後悔なんかもうしたくない。
「花、この柄はどうだ?」
濃紺の生地に白の渦巻き模様。意外なセンスに頬がゆるむ。
「郎にも作るんだろ? この柄がいいと思うんだが……」
「白が選んだって言ったら、喜びそうだね」
私の言葉に白樹は照れくさそうに笑った。
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