第70話:王の国から民の国へ
独裁政治というのは脆いものかもしれない。
抑圧され続けた不平不満は、限界を超えれば爆発する。
王の過ちに民が気付けば、いずれ反乱は起きる。
ドミナートルのクーデターには民衆の多くが賛同し、政府を圧倒した。
押さえつけようとすればするほど、反発の力は強くなる。
反乱軍が政府軍を壊滅させて王城へ入ってみると、国王は姿を消していた。
王の証である印章を持って逃亡した父王を、実の息子であるラティオ殿下が追う。
僕は、ラティオ殿下を妨げる敵の対応を引き受けた。
宇宙船アルビレオ号
艦長トオヤ・ユージアライトの日記より
「ここは通さん!」
王族専用の抜け道を進む2人を、待ち伏せしていた兵士たちが阻む。
狭い地下道、脇をすり抜ける事は出来ない。
「押し通る!」
王太子の護衛が着る黒い軍服を纏って駆けるトオヤは、同じく護衛用の剣の柄に片手を添え、抜き放つと共に1人を斬り、翻してもう1人を斬る。
フラテル人の急所、生命核と呼ばれる心臓に似たものが、金属製の胸当てごと切り裂かれた。
苦しむ暇もなく絶命した兵士たちが転がる。
その横を通り抜けて、トオヤとラティオ王子は先へ進んだ。
ラティオ王子とレジスタンスによるクーデターに、トオヤは王子の護衛として加わっていた。
反乱軍の要である王子が倒されるわけにはいかない。
トオヤはアエテルヌムの使者としてではなく、王子に味方する個人として行動している。
そのため、無駄に目立つ艦長服ではなく、ラティオ王子の記憶を元にアルビレオの製造機能で作った護衛用の制服を着ていた。
剣も同様で、ラティオ王子の記憶を元に、トオヤが扱いやすいように多少のアレンジが加えられている。
「トオヤは強いね。このまま私の側近にしたいくらいだよ」
「悪いね、期間限定レンタルだ」
2人の会話に敬語は無くなっている。
作戦開始前にラティオ王子から提案があり、トオヤが応じて、くだけた口調での会話に切り替えていた。
先へ進むと、また敵兵が待ち構えていた。
「この剣と命は陛下の為に!」
大柄な鎧姿の男が、味方を鼓舞するように吠える。
行く手を阻むのは、王に信頼され、忠誠を誓う騎士たち。
戦闘に剣を使うのは、ここで銃など撃てば跳弾して自分や味方も危険だからだろう。
彼等は王のために命を懸けており、敵の情けで生き残るくらいなら自害する覚悟を持っていた。
トオヤはその信念を読み取り、敢えて死を与える。
「その覚悟に敬意を示そう」
トオヤは剣を胸の前に掲げて言う。
それはドミナートルの剣術試合前後の礼で、トオヤは管理コンピューターから情報を得て記憶していた。
床を蹴って間合いを詰めた瞬間に1人、翻して1人、更にもう1人。
反応が追い付かないままに3人が斃れた。
その後ろにいる大柄な男が騎士団長で、さすがに一撃では倒れない。
団長はトオヤと何度か剣戟を繰り返した後、鎧ごと生命核を貫かれて絶命した。
地下道の最奥は開けた場所で、最新型の空母が隠されている。
それは、今回のような反乱が起きた際に、敵軍を一掃するために造られた戦闘母艦。
1人でも操縦可能で、王はそこに逃げ込みさえすれば形勢を逆転出来ると信じていた。
しかし、それは管理コンピューターが正常に機能していればの話。
「なっ?! 何故だ?! 何故動かん?!」
自動操縦AIは、王の命令に従わず、機体は全く動かなかった。
慌てて手動に切り替えるが、管理コンピューターから発信許可が下りず、動力炉も静まり返っている。
「そろそろ終わりにしましょうか、父上」
背後からの声に、王はギョッとして振り向く。
いつの間にか艦内に入って来ている、ラティオ王子が立っていた。
「こ……この裏切り者め!」
激昂した王は護身用の短銃を撃つが、銃弾は軌道を曲げられて反転し、あろうことか銃口に入り込む。
短銃は暴発し、王は声を上げて短銃を放り出した。
「銃はやめた方がいいですよ。勝負はこれを希望します」
そんな王に、ラティオ王子が剣を投げ渡す。
勝負を挑む息子を睨みながら、王は剣を手にした。
支配者と、反逆者の一騎打ち。
半人半獣の知的生命体が住む星の、王の一族は獅子を思わせる容姿を持つ。
王族は複数の子がいる場合は戦わせて王位継承者を決める。
現王は兄弟5人を倒して王座を得た猛者だった。
対するラティオ王子も王太子になる際に、兄弟2人を倒している。
「逆らわなければ、もっと楽に王位を得たであろうに!」
「私が欲しいのは王位ではありません。この星の未来です!」
激しく剣を打ち合わせながら、父子は異なる思想をぶつけ合う。
どちらも剣技に優れており、決着はなかなかつかない。
王位継承権を争った場とは違い、観客のいない艦内で、しばし剣戟が続いた。
「貴様に王位など与えぬ!」
「王位なんかどうでもいい! 貴方を止めるだけだ!」
その叫びを最後に、父子は勝負を決する。
王の剣はラティオ王子の胸を貫き、ラティオ王子の剣も王の胸を貫く。
相打ちとなった2人は、その場に崩れるように倒れた。
ラティオ王子の要望で空母の外で待っていたトオヤは、父子が倒れるとすぐ艦内へ
艦内には監視カメラがあり、管理コンピューターからの映像提供で父子のやりとりは把握している。
生命反応を確認してみると、王は即死、ラティオ王子は辛うじて生きている状態だった。
『治療しなくていい。私もこのまま命を終えよう』
『それじゃ、王がいなくなるだろう?』
『それでいい。王政なんて無くして、民の投票で統治者を決めてほしい』
トオヤに抱き起こされたラティオ王子は、
王子は瀕死の身体で声が出せず、
一騎打ちで相打ちにならなくても、彼は王位を継承するつもりは無いという。
『私たちの勝負の結果は撮影出来たのだろう? 相打ちで王家は途絶えたと民衆に伝えればいい』
『つまり、君主制ではなく、共和制を求めるのか?』
『そういう事だ。君はここで私の死を見届けてくれ』
『それは出来ないな』
穏やかな表情で命を終えようとするラティオ王子。
しかしトオヤは治癒能力を使い、瀕死の傷を完治させた。
完全に傷が癒えた王子が、困ったような顔になる。
『絶対王政を危険と感じるなら、立憲君主制か象徴君主制にすればいい。君が死ぬ必要はない』
トオヤはそう言うと、治療を終えたラティオ王子を軽々と抱き上げた。
それほど体格差は無いのに平然と抱き上げられ、王子がキョトンとする。
『あちらは火葬していいか?』
『そうしてくれ。首を晒すなんて野蛮な事はしたくない』
後に、一騎打ちからのやりとりは全て報道され、王は死んだ事が告知された。
国王ラティオの代からドミナートルは絶対王政ではなく、立憲君主制へと変わってゆく。
息絶えた前王は、新王の要望により火葬され、作りかけの巨大墳墓は壊されて更地となり、苗木が植えられた中心に作られた小さな墓に埋葬された。
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