1 姫川さんと折笠さんが喧嘩! 笑っちゃいけません

 季節は一学期の期末テストも終わった7月中旬。ミンミンゼミがしつこいくらい自己主張している。


 ここはeスポーツ班の拠点である天文部部室。部長である姫川さん、副部長の折笠さん、村雨さん、新入部員の黒咲ノアちゃん、そしてわたしこと鳴海千尋。メンバー全員がそろっている。


 夏休みの予定をミーティングしていた。今年は外部への合宿を行わずに部室でオンライン対戦を行い、可能な限り野試合することに決定した。それには三年生の受験への配慮も含まれていた。


 前章のエピソードで九条さんからもたらされた格闘ゲームの世界大会GEROゲロの公式発表がマスコミからもたらされた。


 開催地は東京都新宿区のイベントホール。開催日は一二月二四日。


 小規模の世界大会であり、公式種目としてニッチタイトルを多数採用。そのなかにはメディウム・オブ・ダークネスも含まれていた。

 参加資格者は一八歳以上。一八歳未満は保護者の承認が必要であり、二年生以下は両親を説得しなければならなかった。


 本戦は三人一組で闘うが、予選はオンライン個人戦。予選通過者で組をつくり決勝にエントリーする。予選は今冬。ちょうどMODの新キャラクターのダウンロードコンテンツが発売する時期だ。




 それではご紹介しましょう。余命一年のヒロイン編・第四章開幕です。タイトルは『スターライト・ラヴァーズ』です。


 わたしたちが所属している天文部は黒咲ノアちゃん以外の新入部員がいなかった。部活見学に来てくれる子たちはたくさんいたのだが……。


 天文部eスポーツ班という奇妙キテレツなワードが女子たちを敬遠させた。


 天文部に在籍はしているが、天体イベントなどにもあまり参加できず。事実上わたしたちはeスポーツ班の専属状態。顧問も護国寺先生が天文部とeスポーツ班を兼任していた。


 夏休みに入り、今年もペルセウス座流星群の観測を行うことになった。他県の天文台まで移動して一晩流れ星を見るのだ。その後は世界大会に注力する。


 当日護国寺先生と合流したわたしたちは合宿場に移動して夜を待つ。


 深夜一一時ごろ。わたしたちは合宿場の近くにある小丘に登る。


 予告もなく流星群がはじまった。首を傾けて流星群を見るのは疲れるので、シートを引いて横になった。寝袋にくるまってあおむけになって天を見る。


 わたしたちは女子なので護国寺先生の存在は心強い。少し離れたところで待機してもらった。


 女性の引率者がいないところはことなかれ主義のコトジョの性格がよく表れていた。


「うっしー。あたしたちのボディガードよろしく。でも変な気を起こしたら訴えるから!」


 姫川さんは冗談交じりに先生に声をかけた。


「わたくしはいつでも護国寺先生に押し倒される覚悟があります」

 村雨さんはぶれないなあ……。


 先生はわたしたちの憎まれ口にも悪態をつかなかった。よほど疲れが溜まっていたらしい。いびきをかいて眠ってしまった。


「先輩たちの進路って訊いていいですか?」

 村雨さんは星の光を浴びながら尋ねた。


 姫川さんは星明かりのなかで優美な笑みをかえしたが、回答に値する言葉はなかった。


「あたしはね、いまは秘密」


「なんでよ。一緒の大学行こうよ。きっと楽しいよ。ヒメのためならランク下げてもいいし」


 折笠さんが起き上がって彼女を見下ろした。姫川さんの回答に焦慮している。


「あたしの存在が詩乃の夢を叶える足かせになるなら絶交する」

 丁寧に言葉を選んだ拒絶だった。


 一同が静まりかえった。下級生たちも先輩たちの張り詰めた空気に呼吸を忘れている。


「わたしの夢はあなたと一緒にいることよ! そんなこともわからないの⁉ 見損なったわ!」


 折笠さんが涙声で訴えた。ふたりの絆を。ともに過ごした日々を。流星群に照らされたシルエットが震えている。


 わたしはこの場所にいていいのか、ふたりの神聖領域をのぞき見ているような背徳感を覚えていた。


 姫川さんは流星が降る夜に折笠さんにキスした。ふたりの影が優しく重なる。彼女はネコのように舌をだして涙をすくい取った。


「あなたの涙の味忘れない。忘れたの? あたし、余命一年なんだよ。去年の一一月に宣告されたからあと四ヶ月しか生きられないの。こんど学生カップルのイチャイチャを目撃したら心臓が爆発してもおかしくないって言われているの」


「なんでそんなばかみたいな病気になるのよ」

 折笠さんは泣き崩れた。


「ぷっ……!」

 わたしは笑いを堪えた。いまめっちゃシリアスなシーンなんだ。笑っちゃいけない、笑っちゃいけない。だが、体は小刻みに震えていた。


「マスター姫川。屋外ではアイマスクをして生活すれば良いのではないでしょうか」


「どんなプレイだ」

 姫川さんは黒咲ノアちゃんの提案を一蹴する。


「ぷぷっ……」

 わたしはまた吹きだした。笑いの沸点が下がっている。やばい。震えが止まらない。


「ごめんね。詩乃。あなたの気持ち、わからないわけないじゃない。

 あなたはどんなときもあたしを支えてくれた。あなたがいなければあたしの夢は叶わなかった。あなたはあたしの魂の半分。分身といってもいい存在。

 でもね、日本の大学で学ぶことはあたしのやりたいことじゃないの」

 姫川さんは折笠さんの手を握った。


「留学ですか?」村雨さんが口を開いた。


「あたしは世界を見てみたい。人類は素晴らしい英知を持っているのに、共有することができず、他者に対する寛容さを持てない人たちが戦争を起こしている。

 わずかな人間が富を独占して社会が崩壊する歴史を永遠に繰りかえしている。

 人類は幼い。卒業するまで生きられたら世界一周する。

 ゲームの素晴らしさに比べれば戦争なんてくだらないって気づいてもらいたいの。

 いつまで生きられるかわからないけどね」


 姫川さんは満天の星に視線を送る。彼女のアクアマリンの瞳に流星が照り映える。


 姫川さんはこの星の未来や人類全体を調和に導くことまで考えているんだ。ほとんどの女子高生が人生を楽しむことに夢中なのに。


 姫川さんは真の聖少女だった。


「ヒメ。あなたはわたしにとってペルセウスだった」


詩乃しのはアンドロメダ。愛してる。詩乃」

 姫川さんは折笠さんを抱擁した。神話のような光景だった。



つづく

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