1 何気ない日常
わたしこと鳴海千尋は自宅で起床してテレビをつけた。六月のエピソードとして語るに値するエピソードはない。
体育祭があったけれど、姫川さん以外全滅だった。折笠さんは豊満なお胸にさらしを巻いて走ったけれどはだけて、体育着の上から巨乳が揺れてしまい「エロい」と全校生徒たちから認識されてしまった。
村雨さんは必死に走ったが最下位に落ちこぼれてしまい、そのことをずっと謝罪していた。姫川さんと黒咲ノアちゃんは二人三脚で出場したが意外にも良いコンビで一位だった。
わたしこと鳴海千尋は借り物競争で「田中さん」を引いてしまい、「中田さん」を連れてきたために「ドジ子」のあだ名がついてしまった。
季節は七月。一学期の期末テストも終わったころ。
テレビからは二ノ宮
昨年のペルセウス座流星群の生配信でアカペラを歌った恋ちゃんは芸能界にスカウトされて幼児向け番組の歌のお姉さんとして活動していた。
『はっぴぃ体操』
はっぴぃはっぴぃ、エンジェルワードを唱えよう
ありがとう!
大好き!
いただきます!
ごちそうさま!
あのときはごめんね!
もうゆるすよ
みんな仲良くすると神さまが喜ぶよ
おかげさまでボクは元気です
はっぴっぴ!
恋ちゃんはダンスをしながらこの歌を口ずさみ、子どもたちに大人気。一世を風靡している。日本でこの歌を知らないものはいない。あらゆるメディアでこの曲が流れ、興味がなくても脳内リピートされる。
恋ちゃん有名になったなあ。去年のGEBO以来顔を見ていないけど最近どうしているんだろう。
六枚切りの食パンに厚切りハムをのせて食し、牛乳を飲むのがわたしの朝食。さらにバランス栄養食品のスティックを二本食べる。デザートはバナナ。朝食はしっかり摂らないとお昼まで保たない。
お母さんは看護師の朝番でとっくに出勤中。お父さんは二年前さかだち健康法で頭を打って以来寝たきりで、弟は病気でずっと入院している。
部屋は1DKでユニットバス。洗濯機は室外。
それでもわたしは幸せだ。子どもたちが生命を脅かされる日常を送っている地域は世界中にたくさんある。住むところ、寝るところがあって、学校に行けるわたしは特別に恵まれている。
……でも、折笠さんの自宅の9LDKマンションを見たときはショックだったな。まるで天上人の生活だった。せめてバス・トイレ別の物件に住んでみたいな……。
顔を洗って寝癖だらけの頭をスプレーで濡らして整えていく。
制服に着替えて通学した。わたしは地元なので徒歩で二○分。入学したときにはどうなるか不安だったが、コトジョを選んで正解だったと思う。
通り道にある神社さまに毎日お参りするのが日課になってしまった。
神さまがいるのか、いないのか。わたしは答えを持たない。
もし、神さまや悪魔がいるとしたら、それは人の心のなかに住み着いているのではなかろうか。
自分の幸福のみを追求している人は、本当の意味で幸せにはなれないと亡くなったおばあちゃんは言っていた。しかし、自分の幸福を追求している人はわたしより広い家に住んでいる。
わたしのお父さんはいつも貧乏くじをひいてついに寝たきりになってしまった。
神を盲信した人類は地球上で悪魔的行為を繰りかえしてきた、自分だけが正しいと信じて。
神さまがいるのかいないのか? それは未解決問題である。
わたしはニュートラルな視点を大切にしたい。もっと人類全体が恋ちゃんのはっぴぃ体操を学ぶべきだ。
ずいぶん真面目な話をしてしまったが、この日に重大なエピソードがあったのです。
それではご紹介しましょう。余命一年のヒロイン編・第三章『恋ちゃん、芸能界やめる⁉』開幕です。
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