4 語られる護国寺先生の過去

 護国寺先生が婚活アプリの沼にハマった話を聞き終えたわたしたち。部室は静まりかえっていた。


「かわいそうなうっしー。ろくでもない女としかマッチングしなかったんだね。きっと良い出会いがあるよ」

 姫川さんが憐れみの視線を送る。


「出会いがないから登録したんだ」


「投資を勧められたって、お金を動かしたんですか?」折笠さんが眼を細めた。


「いや、公務員は副業禁止だからな」


「さすがうっしー。清廉潔白ですね」折笠さんは微苦笑した。


「わたくしという正妻がいるのにそんなに浮気したいのですか」

 村雨さんは鬱憤と哀感が入り交じった顔。


「村雨さん、話がややこしくなるから黙っててくれるかな」


 姫川さんに怒られた村雨さんはハンカチを噛んだ。


「結婚相談所は利用しないんですか?」

 折笠さんはそれほど先生の話に衝撃を受けていないみたい。


「結婚相談所の初期費用一○万円、月活動費一万五○○○円。成婚退会料二○万円を用意できなかった」


「そんなにお金かかるんだ。うっしーのなにがいけないんだろう? ルックスだって良いほうだし。本名で登録してないよね?」

 姫川さんがわたしたちを振りかえった。


「もちろんだ」


「先生って年収いくらなの?」


「教えられるわけないだろう。だが年齢の平均よりは低い」


「正社員じゃないの?」


「……こんなことはお前たちに話すことではないが、国全体で教員の数は増えているが正規雇用は減っている。全員を正規雇用するだけの財源がないのだ。おれは非正規だ」


「そうだったんだね。なんで外国人としかマッチングしないの? 日本人に『いいね』送ってる?」


「もちろんだ。それだけ日本人女性はお目が高いということだよ。日本人からは高齢女性からしか『いいね』をもらったことがない」


「高齢女性はいやなの?」


「五○歳近くになると母親を思いだす。おれだって誰でも良いわけじゃない」


「もうやめて、うっしー。自分の価値を下げるために婚活しているの? らしくないよ。鼻息荒く女の尻を追いかけるなんて」

 姫川さんの口調は子どもを叱責する母親のそれだった。


「……おまえたちにはわからないだろうな。結婚適齢期ぎりぎりの男の気持ちは」


「小っちゃ」折笠さんが顔をしかめた。「だからソープランド行けって言ったのに。これだから童貞は」


詩乃しの! 護国寺先生が童貞なことと婚活は関係ないでしょう」

 姫川さんが怒りだす。


「ひかりちゃんに振られたからマッチングアプリっていう発想が童貞なのよ!」


「護国寺先生は純潔なのです! 童貞じゃありません!」

 村雨さんが立腹気味に反論した。


「へえ、うっしー先生って童貞なんすね。メモしとこう」ノアちゃんまで!


「やめてあげて! とどめさしてます! 息の根を止める寸前です!」

 わたしは叫んだ。


 護国寺先生はそっぽを向いて窓の外に視線を送る。拗ねた子どものように。彼が限りなく白くなっていく。いつも頼りがいのある大人の先生の背中が今日は小さい。自信喪失した哀れな姿を見たくなかった。みんな語る言葉を持たなかった。


つづく

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