1 奇人変人黒咲ノア
ここはいつもの天文部部室。ひとつ違うのは学年がひとつあがったこと。
新年度を迎え、わたしこと鳴海千尋と村雨初音さんは二年生に。姫川天音さんと折笠
昨年度の活動で姫川さんの野望であるeスポーツ部発足が認められたが、専用の部室はない。天文部eスポーツ班というくくりでスタートすることになった。ここからわたしたちの夢がスタートするのだ。
わたしは一同を見渡した。ひとり、ふたり、三人、四人。わたしを入れて五人⁉
わたしは学校の怪談にある青い髪の幽霊が脳裏に浮かび鳥肌が立つ。青い髪の女の子にあちら側に連れていかれてしまう怪談だ。
「ねえ、わたしたち、ひとり多くありませんか?」
わたしが恐る恐る尋ねると金切り声が響いた。青い髪の女の子が悲鳴をあげている!
「忘れたの? この子は黒咲ノア。この部に入部したじゃない」
姫川さんが諭した。
そうだった。新入生の黒咲ノアちゃんがeスポーツ班に入部したのだった。
この子は聖少女暴君一年生編の文化祭で登場した中二病女子。
短く刈り上げた青い髪にもみあげ部分を伸ばした触覚ヘア。くちびるにピアス。右眼には眼帯。左腕には包帯が巻きつけてある。なんでも朱雀と青龍を封印しているらしい。
「ノアちゃん、なんで悲鳴あげたの」
「パイセンに合わせました」
わたしが尋ねるとノアちゃんは平然と答えた。
「パイセンてなに?」
「先輩を表すノア言語です」
彼女はノア言語と呼ばれる独自言語を操る。
「ノア言語じゃなくてもそう言い方あるし!」
姫川さんが指摘する。いつもボケ担当の姫川さんもノアちゃんには調子を崩されるみたい。
姫川さんの容姿は透き通るような肌とアクアマリンを連想させる大粒の瞳。毛先だけメッシュが入った亜麻色の髪が印象的。ロシア人クォーターである。
「しっかし、あなたよく受験を通過したわね。その格好で」
折笠さんが胸の下で腕を組んでノアちゃんに話しかけた。折笠さんの容姿は制服が隆起するほどお胸が豊満で髪を三つ編みにしている。
お父さんがファミレス『スターダスト』の代表取締役で9LDKのタワーマンションに住んでいる。姫川さんとは違うタイプの美少女だ。
「男場ですが……」
「【お言葉】ね」
「ボクは孫子の兵法をたしなんでいる。敵を知り己を知れば百戦あやうからず」
「つまり?」
「受験のときだけ髪を染め直してピアス・眼帯・装備全解除した。願書の写真も同様」
「策士ね」
「合格した日に染め直した」
「髪が傷むわよ。染毛剤ってめっちゃ体に悪いんだから。改造制服で学校に来るな!」
彼女は中学時代の改造制服を身にまとっている。白いブレザーがまぶしい。
「リスクより自己表現をとる。男だぜ」
ノアちゃんは両手の人差し指を立てた。
「女だろ。この子苦手だな」折笠さんが目を細める。「担任とかになにも言われないの?」
「個性的でいいね!」
「うちの学校ゆるすぎるわ」
「仲良くしてくださいよ。パイセン」
「はいはい。抱きつくな!」
「ノア。あんた前科ある?」
姫川さんがロリポップキャンディを取りだした。
「ないDEATH。マスター姫川」
ノアちゃんは誇らしげに答えた。
「じゃあ良い子だ」姫川さんはキャンディをノアちゃんの口に運んだ。
ノアちゃんは文化祭で姫川さんに格闘ゲームで敗北したあと、彼女のことを
「ヒメ。聖人レベルな判断基準ね」
折笠さんが口元に手をあてる。
「あたしは暴力的な人と、悪意から罪を犯す人が大嫌い。そしてすべての犯罪者が悪人だとは思っていない。限界まで追い詰められるまで誰かが手を差し伸べなかった。その誰かはあたしかもしれない」
姫川さんの思考は学生にしては高レベルだ。さすが聖少女。
「フランス人作家ユゴーの大作『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンは姉の子どもたちのためにパンを盗み一九年服役しました。わたくしもお姉さまに賛同します」
村雨さんが小説家らしいことを言う。彼女は運動部から天文部に転部した人でそのとき導いてくれた姫川さんを信奉している。
村雨さんは長髪黒髪・白い肌の日本人形のような人。ブルーフレームの眼鏡をしている。ほくろが多い体質で目の上とくちびるの下、あごにほくろがあり、奇跡の三角形をなしている。小説家になるのが彼女の夢。
ちなみにわたしこと鳴海千尋はちょっとふくよかな体型。たくさん食べるので肉付きがよくなってしまった。でも自分では「太っている」とは思っていない。顔だってそれなりにチャーミングだと自分では思っている。
「おれだ。入るぞ」
そのとき天文部部室の扉を開けて背の高い男性が入ってきた。大きな荷物をしょっている。
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