3 衝撃の事実! これからどうなりますか?

「ひとつ確認しておきたいことがある」


 天文部部室の教壇に立ち、護国寺先生はすごく真剣な顔をしている。


「eスポーツ部として活動をはじめる前に目標を決めなければならない。大会で優勝して実績をつくり、高校卒業後の進路としてプロゲーマーを選ぶのか。部活動として格闘ゲームが楽しめればいいのかということだ。


 おまえたちは『メディウム・オブ・ダークネス』(MOD)だけをやりこんでいるが、それではだめだ。

 大会が頻繁に行われるメジャータイトルでなければプロになっても生計を立てられないだろう。


 知っていると思うがMODを開発した制作会社はもう存在しない。知的財産権・営業権を引き継いだ企業は小規模IPの開発は今後行わないことを明言している。MODの新作は絶望的。未来はない。


 プロになれば私生活を犠牲にしてでも格闘ゲームのことを考えなければならない。日本にもプロゲーマーは存在しているし、eスポーツを支援する団体・組織も増えつつある。日本のeスポーツは黎明期といえるだろう。


 だが、現状では専業プロゲーマーとして一○年食べていけるような人間はピラミッドの頂点のみ。結果を残せなければ引退して手に職をつけるしかない。

 さらに差別と思われたくないのだが、格闘ゲームは男性のほうが強い傾向がある。

 原因は諸説あるがエビデンスがないので伝えるのはやめておく。


 将棋でも現在いわゆるプロ棋士に女性はいない。女性のための女流棋士という枠組みがあるのはなぜだと思う? 将棋でも男性のほうが強いのだ。


 格闘ゲームは女性限定の大会もあるが数は乏しい。プロとして生きるなら男性に勝てなくてはいけない。それが最低条件だ。将棋でいうなら女流棋士が男性棋士に勝つことと同じレベルの腕前を持たなければならない。


 もう一度言う。プロゲーマーを目標にするのか。部活動として格闘ゲームを楽しむのか。よく考えてからひとりずつ、意見を聞かせてくれ」


 わたしたちは衝撃を受けた。MODをやめなきゃいけない。卒業後の進路までいま決めろなんて。わたしは前列席の姫川さんに視線を送る。


 彼女はアクアマリンの瞳を大きく見開き狼狽している。いままでで、もっとも姫川さんらしくない表情だ。


 わたしも同じ。MODを捨ててメジャータイトルに乗り換えることも、私生活を犠牲にしてプロゲーマーになる覚悟もない。だって、わたしたちは花も恥じらう女子高生なんだよ?


 沈黙を最初に破ったのは先生だった。

「いますぐには決められないだろう。明日までに考えをまとめてくれ。今日は解散だ」


 いつもおしゃべりしながら帰宅するわたしたちもその日は口数が少ない。不安が黒い雲のように心をむしばんでいる。わたしたちのなかで答えが違う人がいたらどうなるの? 仲良しでなくなってしまうのだろうか。


「天音さんは護国寺先生の質問をどう思っていますか?」


 わたしこと鳴海千尋は校門にたどり着く前に質問した。


「あたしが答えを言うとみんなが影響されてしまうから」

 彼女の生気に満ちあふれた顔も、いまは月が欠けたように影がある。


 その通りだった。わたしたちは姫川さんを中心に動いている惑星のようなもの。

 彼女の意見に左右されない人なんていない。


 姫川さんは遠くを見つめている。彼女の造形美にあふれた瞳に夕日が映りこんだ。彼女は眼を細めた。眉根が上がり焦燥とともに明日を見つめている。


 言葉はなかったが、姫川さんの想いが空気感染したわたしたちは終始無言で帰宅の途についたのだった。

つづく

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