5 わたしの人生はわたしがルール
わたしこと鳴海千尋と九条沙織さんは全勝で対決することになった。前エピソードの失礼な男は失格扱いだ。
「あなたとはふしぎな御縁がありますわね、鳴海さん。あなたを格闘ゲームの天賦の才に覚醒させたのはあたくし。そしてあなたに黒星をつけるのもあたくし。あたくしはあなたに敗北したあと対策を練ってきた。あなたに勝つシナリオがある。負ける要素が見当たりません」
九条さんの視線は射るようにわたしを貫く。
わたしはつばを呑んだ。これは心理戦なんだ。九条さんは戦う前にわたしを揺さぶっているんだ。
「わたしも姫川さんと一緒に新しい連係を開発してきました」
そういって彼女を睨みかえした。それははったり。でもやるまえから気持ちで負けちゃだめなんだ。
九条さんは目を細めて笑った。
「あなたのような後輩がいる姫川さんは幸せものですわね」
「最高の誉め言葉です。試合が終わったら握手しましょう」
「どちらが勝ってもね」
舌戦も最高潮。
試合開始。第一ラウンド。
九条さんが選択したキャラクターは黒騎士シャフト卿。隠しコマンドを入力すると選べるキャラクターである。GEBOのルールでは隠しキャラクターを使用してもルール違反にはならない。
シャフト卿は原作小説のラストボスであり、MODでもCPU戦の最後に登場するボスキャラクター。折笠さんに教えてもらったキャラクターランキングでSランク。
強すぎて上級者が選ぶと
九条さんは弱キャラを愛する人だった。ポリシーを変えてまで勝ちに行く彼女の本気度がうかがわれる。
開幕と同時にシャフト卿は必殺技『黒の波動』を放ってくる。気弾の飛び道具だ。
『黒の波動』は攻撃判定が大きく、ジャンプで飛び越すのも一苦労だ。
わたしのキースは前ジャンプで『黒の波動』を躱して接近しようとした。
シャフト卿はバックステップした。そこから『黒の波動』!
画面上に二発の『黒の波動』が発生している。
どういうこと⁉ 飛び道具は画面上に一発しか撃てないようにプログラムされているはずなのに!
注目度が高いわたしと九条さんの試合は解説員がついていた。
『バックステップからの黒の波動! 一発目を撃ったあとバックステップすると連続で黒の波動を撃てるようになるバグを利用した技です! 面白いバグなのでアップデートでも改善されていません』
そうだったのか。そういえば姫川さんと折笠さんのフリー対戦で見かけたことがある気がする。
容赦ない黒の波動がキースに襲いかかる。これだけでもKOされかねない。
わたしに襲いかかった何発目かの黒の波動。わたしはガードできなかった。
「くっ」
九条さんは必殺技の強弱を撃ちわけている。それによって気弾のスピードを操っているのだ。
絶妙にタイミングをずらしPディフェンスを困難にしている。
一か八かでジャンプしたキースにシャフト卿の上昇必殺技『竜巻天魔刀』がヒット!
わたしのキースはKOされた。
さすが九条さんだ。
第一ラウンドは九条さんに取られてしまった。
絶体絶命だった。流れは完全に九条さん。
―—こんなとき姫川さんならどうする?
『わたしの人生はわたしがルール。シナリオを書き換えてやる!』
わたしは世界のど真ん中で叫んだ。その叫びが全身に広まり勇気と決断が手の震えを止めた。
第二ラウンド。
九条さんは第一ラウンドと同じ黒の波動の連射で攻めてくる。
わたしは覚悟を決めた。
呼吸を意識する。せーのっ!
Pディフェンスが発生!
黒の波動の連続Pディフェンスを発生させる。
それを見てあっさり九条さんは戦法を変えた。
そう。九条さんが用意したわたしに勝つためのシナリオのひとつではないのだ。
接近戦がはじまった。
九条さん操るシャフト卿の必殺技『天魔刀・突撃乱舞』とわたしの操るキースの必殺技『皆殺しの乱舞』が正面から激突する。
画面上に波紋のようなエフェクトが発生する。
特定の技が完璧なタイミングでぶつかると発生する【相殺】である。
このゲームで相殺が発生することはまれだった。
相殺が発生すると自動的につばぜり合いに移行する。
わたしも九条さんもいっせいに攻撃ボタンを連打した。
一定時間に連打数が多いほうが相手をはじき飛ばし大幅に有利に動けるのだ。
わたしは歯をくいしばって鬼連打した!
キースがシャフト卿をはじき飛ばす!
いまだ!
コマンド投げ『ばりばりに引き裂いてやる!』がシャフト卿に炸裂。
投げが極まったシャフト卿に接近! 通常技を空振りキャンセルして超必殺技発動! 『なにも知らないやつらに思い知らせてやる! おれの見た地獄を‼』が極まる。
「KSYAAAAAHLL!」キースの野獣の咆哮とともに首絞めとパイルドライバーがシャフト卿に炸裂。
投げの攻撃力は破格に設定されている。残り数目盛りになったシャフト卿を必殺技で削り倒すのは難しくなかった。
第二ラウンドはわたしの勝利。
対戦席の九条さんを見やると制服を引っ張り扇で胸元を煽いでいる。彼女の露出した白い肌がエロティックだった。
お互いに負けられない。
第三ラウンドは力と力のぶつかり合いだった。
お互いに前ダッシュから一気に距離を詰める。
本来なら悪手だが、わたしたちに言葉は要らなかった。
お互いに全力の技術をつぎ込んで相手のライフを削っていく。
タイムが残り数秒、数コンマになったときキースの小キックがヒットした。
そしてタイムオーバー。
残りライフが多いのは……キース!
わたしの勝ちだ! 鳴海千尋の決勝トーナメント進出が決まった。
九条さんは凛としてわたしに握手を求めた。彼女のグローブをはめた右手を握る。
「おめでとう。鳴海さん」
「ありがとうございます。九条さん。わたし、あの人に近づけました」
「あの人?」
「聖少女にしてわがまま暴君のあの人です」
それを聞いた九条さんは小鳥のさえずりのように笑った。
つづく
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