第20話

噂をすれば影とは言いますけど」


 僕の横ではとても機嫌の悪く拗ねた様子のアーシャがぶつぶつ文句を言っていた。


「だからと言って本当に来るやつがありますか! あの女! なんでいつも良い感じに現れるのでしょう!」


「あはは……」


 荒れ狂うお嬢様に僕は苦笑いするしかない。まさかこのタイミングで王女殿下がこちらに来てくれるなんていくらなんでも都合の良すぎる展開に僕も笑ってしまう。


「でもこのタイミングで王女殿下が来てくれるならいいことだよ。これからのことについてもしっかり話し合えるし」


「それは……分かっています。でもなにかこうイライラするんです!」


 アーシャは癇癪を起こした子どものように荒れ狂う。王女殿下は学院時代からなにかを見透かしたよう行動し発言されるのだ、他人のこともよく観察されている。学院時代にはアーシャもそれでよく揶揄われていたため、どうにも王女殿下がタイミングよく行動したのが彼女の癇に障るみたいだ。

 こんなふうに怒ってはいるが王女殿下のことを嫌っているわけではない。むしろ困った時はアーシャも本心では頼りにしているんだよね。だから僕との会話でも真っ先に王女殿下の名前が頼るべき人の候補に挙がったわけだし。


「はあ、またあの女の自慢げな顔を見ないといけないと思うと憂鬱です」 


「お、王女殿下に対してあの女呼びは失礼じゃないかな……」


 王女殿下相手にうちのお嬢様は遠慮がない。幼い頃からの腐れ縁だからだろう。


「いいんです。あの子はそんなことを気にする人間ではないですから」


 ぶっきらぼうにいいきるアーシャ。一国の王女殿下に対してこの物言いが出来るのはアルバイン王国広しといえどもそう多くないだろう。


「二人共、もう来ていたのか」


 僕らがくだらない会話を続けていると公爵様が遅れてやって来られた。


「おはようございます、公爵様」


「おはようございます、お父様」


「うむ、二人共おはよう。すまないな、急なことなのに出迎えに来てもらって」


「いいえ。王女殿下は私とラナの学友でもございます。これくらいのことはして当然です」


 さっきまでの怒りはどこへやら。完璧な笑顔で完璧な公爵令嬢として振る舞うアーシャに僕は苦笑してしまう。


「ラナもすまない。お前にも迷惑をかけるな」


「いいえ。ライアム家の者になったのですからこれくらい当然です」


 僕らが会話をしていると一人の侍女がこちらにやってきて報告をする。


「王女殿下がご到着なされました」


 その場にいた全員が居住まいを正す。やがて一人の少女が屋敷の中へと入ってきた。

 綺麗な長い金髪に青色の瞳。つり目も相まって気が強そうな印象を与える。


 彼女こそ、アルバイン王国の王女であるリアナ。僕とアーシャの学友でもある。長い付き合いで腐れ縁だ。


「王女殿下、遠路はるばるよくぞ参られました」


「公爵閣下、出迎えありがとうございます。突然こちらに来たいという私のわがままに付き合っていただき、感謝します」


「いいえ。私も王女殿下とは話をしておきたいことがいくつかございますので。まずは部屋を案内させます。王女殿下をご案内せよ」


 公爵様の合図でライアム家の侍女達が王女殿下の案内を始める。彼女が泊まる予定の部屋は屋敷の中でも一番いい部屋だ。まあ王族をもてなすのなら当然なんだけどね。

 

「あ……」


 侍女達に案内されていく王女殿下ーーリアナと目があってしまった。彼女は軽くウインクするとそのまま部屋へと案内されていく。


「あはは、あの方は相変わらずだねえ」


 僕は苦笑いをしながら学院時代を思い出す。いつもあんな感じで彼女が僕とアーシャを連れ回していたなあ。で、リアナが私に仕えなさいと僕に言ってアーシャが怒るのが日常茶飯事。


 ぞわり


 隣からとても嫌な感じがする。僕はとなりにいる公爵令嬢の様子をおそるおそる確認した。彼女はとても剣呑な目つきで去っていったリアナを見ていた。


「あの女……本当にいつもいつも余裕そうな態度を崩さない……!! 本当に見ていて嫌になる……!」


 怖い、凄く怖い。いつにもまして怒気を放つアーシャに僕は思わず、後ずさる。


「あ、あのアーシャさん。お、落ち着いて。とりあえず僕達も一旦部屋に戻って彼女との会談に臨む準備をしよう」


 僕の言葉を聞いたアーシャはふんと鼻をならして自分の部屋に戻っていった。こういうところは学生の時と変わらない、僕は懐かしさを感じながら自分の部屋に戻った。

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