金丹の入手ルート 3
「こうしてみると、『不老不死の秘薬』は派閥に関係なく広がっていたみたいですね」
アルフレッドが言うのを聞いて、サーラは「うん?」と首をひねった。
(待って。そうよ。どうして気が付かなかったのかしら?)
ロクサーヌは第二王子派閥。そしてその義姉も第二王子派閥だと聞く。
だとしたら、おかしい。
「ちょっといいですか。ラコルデール公爵家にかけられた嫌疑は、金丹――『不老不死の秘薬』を輸入し、貴族の間に広めたことですよね」
「ええ、そうですよ」
「それがもし本当のことだった場合、ラコルデール公爵の目的は何ですか?」
「……どういうことです?」
アルフレッドが、ロクサーヌが用意した書類から顔を上げて首をひねる。
「仮に、ラコルデール公爵が本当に『不老不死の秘薬』を密輸していたとした場合、アルフレッド様が公爵ならどんな目的で輸入しますか?」
「パパですよ。……まあ、私はそのような危険薬物の密輸なんてしませんが、仮にそのようなものを運び込むとするならそうですね……」
アルフレッドは顎をぽんぽんと指先で叩く。
「一つは金銭目的でしょうか。二つ目は、毒性を理解していた上でにはなりますが、敵対派閥に広めて、相手方にダメージを負わせるという手を考えますね。何人か死んでくれれば万々歳。死ななくとも大人数に後遺症が出れば、敵勢力を縮小できます」
「真顔でさらっと怖いことを言わないでちょうだい」
ロクサーヌがゾッとした顔をして二の腕をこする。
だが、サーラもアルフレッドに同意見だ。
少なくとも、自分に大きなメリットがないのに、危険な橋は渡らない。
「ですよね。であれば、今言った二つ目の目的が消えます」
「……なるほど」
アルフレッドが面白そうな顔をして頷いた。
ウォレスも「確かにな」と目を見開く。
『不老不死の秘薬』は派閥に関係なく広がっていた。つまり、ラコルデール公爵が所属する第二王子派閥の貴族女性にも広がっていたのだ。自分が所属する派閥の勢力を削ごうなんて、普通は考えないだろう。
では、金銭目的だろうか。
(それもおかしいわ)
ラコルデール公爵家はヴォワトール国内でトップクラスの権力を持つ大貴族で大金持ちだ。危険な橋を渡ってまでお金が欲しいとは思わないはずである。
「ラコルデール公爵家には、金丹を輸入するメリットがありません」
もちろん、メリットがないという理由だけで嫌疑は晴れない。だが、嫌疑を晴らすために動く際の材料の一つにはなるはずだ。嵌められたと証明する際の理由になる。
サーラとしても、これは大きな収穫だ。
ラコルデール公爵家が白でも黒でも、ウォレスが不利にならないようにラコルデール公爵家にかかった嫌疑を晴らすつもりでいたが、これが冤罪かそうでないかで心の持ちようが変わる。
胸に刺さっていた棘が取れた気分だ。
「そのことだけど、だったらこの情報は有利に働くかしら。『不老不死の秘薬』はね、無償で配られていたみたいなのよ」
「無償で、ですか」
「ええ。もちろん、全部の入手ルートを追えたわけではないけれど、わたくしが確認できた人は全員、金銭を要求されなかったと言っていたわ」
それは、ますますおかしい。
金丹が輸入されたものだとすると、かなりの高値で取引されたはずだ。少なくとも海を渡った向こうの大陸から入れるというだけでお金がかかる。
もし、金丹が輸入されたものではなく、製法を知っている何者かが作ったと仮定しても、やはりそれはそれでおかしい。
金丹は、水銀に金を溶かしたものである。金は決して安いものではない。金丹一瓶にどれほどの金が使われているのかはわからないが、それでも無償で配るのはおかしい。
おかしい、気がするのだが――
(あれ? これと同じようなことを、知っている気がするわ……)
サーラが視線を落として考え込んだ時、ブノアが人数分の紅茶をお菓子、それからウォレスのためのブリオッシュを運んで来た。
「金銭目的でもなく輸入にかかった費用も回収せず無償で配るなんて、これをばらまいた人間は何が目的なんだ」
ウォレスがむっと眉を寄せてブリオッシュを口に入れた。あっという間に一つ目がなくなり、ウォレスは二つ目のブリオッシュに手を伸ばす。
(利益を無視して、ばらまく……。ばらまく……)
サーラはハッと目を見開いた。
「……これ、贋金事件のときと似ています」
「なに?」
ウォレスが食べかけのブリオッシュを持ったまま顔を上げた。
「銀貨の贋金事件です。あれも、銀貨を使わせること……すなわち市場にばらまくことを目的にしていたのではないですか?」
ウォレスは贋金事件の時に「まるで実験だ」と言った。
けれども、実験ではなく「ばらまくこと」が目的だったとしたら?
「二つの件はつながっているというのか?」
「わかりせん。でも、どこか似ている気がするんです」
しかしそうなると、何故、ばらまく必要があったのかが問題になる。
それに、贋金事件には神の子セレニテ――フィリベール・シャミナードが関与していたと考えている。そうなると『不老不死の秘薬』にも彼が関わっているということになるのだろうか。その場合、フィリベール・シャミナードの目的はなんだろう。
もちろん、ただ似ているだけで、犯人の違うまったく別の事件である可能性も否めない。
「ロクサーヌ。『不老不死の秘薬』を配っていた人間はわかっていますか?」
「さすがにそこまではわからないけど、複数人いた可能性があるわ。人によって、薬を手に入れたルートが違うのよ。男からもらったとか、女からもらったとか……。もちろん、人づてに配られていたとも考えられるから、ただ回りまわってという可能性だってあるけど」
「そうですか。……しかし、相手が特定できていないということは、それを配った人間は貴族ではなかったと見ていいのでしょうか」
「そうね。そうだと思うわ。貴族から受け取った場合は、ほとんどの人が配った人の名前を教えてくれたもの。それをたどっていくと、名前もわからない複数名の『誰か』に行きつくの」
アルフレッドは「遅い」と言ったが、これだけの情報を集めてきたのならばロクサーヌはかなり迅速に動いてくれたのではなかろうか。
サーラは『不老不死の秘薬』を受け取り実際に使用した人間の名簿と、誰がどのルートでそれを受け取ったかが表にされている紙に視線を落とす。
ロクサーヌが調べられた薬の使用者は十二人。表にはその全員の入手ルートが記されていた。表の最後には、『不明者A(男)』『不明者(B)女』というように、不明者が七人ほど書かれている。特徴もできる限り記してくれたようで、それを見る限り七人は全員別人だと思われた。
「ロクサーヌ、また何かわかったら教えてください」
「ええ。もちろんよ」
ロクサーヌはお茶を飲み干して立ち上がる。
そして、ふと思い出したように、ダイニングの扉のところで振り返った。
「アルフレッド。これはわたくしのただの意見だけど、聞く? ただの勘だから、そういうの、あなたは嫌うかもしれないけど」
「聞きましょう。今はどんな些細な情報でも欲しいです」
ロクサーヌは藍色の瞳を意外そうにしばたたかせた後で、小さく笑う。
「ラコルデール公爵夫妻の足取りだけど、わたくしたちも追っているの今のところ手掛かりは何もないけど、ジュディット様の婚約式の準備で前日まで王都にいたのはわかっているわ。だから国外には出ていないと見ている。それなのに小さな情報すらつかめないのはおかしいわ。……なんとなくだけど、かなりの大物にかくまわれている気がするの」
(かくまわれている……?)
それが本当ならば、ラコルデール公爵夫妻をかくまった相手は、こうなることを予見していたということだろうか。
「この件、まだ何か裏があるわ。それは、わたくしたちが考えも及ばないような何かのような気がして……正直、不安よ」
ロクサーヌは長い睫毛を震わせて言うと、踵を返して帰って行った。
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