シャル 3

 午後になって、サーラはアルフレッドにウォレスの執務室に呼び出された。


(何かが起こるたびに巻き込まれるのは、もうあきらめるしかないのかしらね)


 当たり前のようにサーラを使おうとする養父には困ったものであるが、フェネオン伯爵の死についてはウォレスも相当なショックを受けていたようなので、彼のためにも真相の究明を急いだほうがいい気はする。

 こういうところが「甘やかさないでください」とジャンヌに注意される部分だろうか。


 部屋に到着すると、オーディロンが扉を開けてくれた。

 一緒に来てくれたシャルは扉の外で待機である。

 部屋の中にはウォレスとオーディロン、アルフレッド、それからマルセル、そして今日はブノアがいた。


 ウォレスはぎゅうっと眉を寄せた難しい顔をしていた。

 ブノアは沈痛そうな表情をしている。

 アルフレッドは通常通り表情が乏しいが、どことなくイライラしている雰囲気が伝わってきた。

 オーディロンはそんな兄に近づきたくないのか、マルセルと一緒に壁に張り付いているが、顔色は悪い。


「マリア、よく来てくれました。朝の件ですが手詰まりになりました。少し知恵を貸しなさい。あなたなら違う視点から物事が考えられるでしょう」


 座れ、と顎をしゃくられたので、サーラはいつも通りウォレスの隣に腰かける。

 ブノアはアルフレッドの隣に座っていたが、「お茶を用意しましょうか」と言って立ち上がった。


「あ、わたしが」

「いえ、マリアはアルフレッドの話を聞いてくれませんか。私はショックで……混乱しているため、頭が回っていないんです」


 フェネオン伯爵はブノアの友人だと聞いた。突然の友人の死に動転しているようだ。紅茶を淹れる手が震えている。


「まず、フェネオン伯爵の死因ですが、心臓発作ではないかという見解が出されました。毒物の反応は出なかったそうです」

「そう、なんですか」

「ええ。非常に不可解です」


 アルフレッドは他殺を疑っていたようだ。

 サーラも酒の瓶とグラスが消えていたと聞いたので、他殺の可能性があるなとは思っていた。密室であることが疑問ではあったが、密室だからと言って不審な点があった以上、他殺の線を除外はできない。


「内鍵の件はどうでした?」

「ええ。あちらも副官に確認したところ、鍵がかかっていたので、最初は外の鍵がかかっているのかと思って、鍵の管理をしている部署にスペアキーを借りに行ったそうです。けれども、鍵では開かなかったので内鍵がかかっているとわかったそうですよ」

「そういうことですか……」


 外から鍵で開かなければ、かかっているのは内鍵に間違いない。


「では、侍医の言う通り心臓発作だったのでしょうか? あ、アルコールはどうでした?」

「ええ、やはり寝酒を飲んでいたようで、アルコールが検出されました」


 そこまで言って、アルフレッドがずいっと身を乗り出してきたので、サーラは反射的にのけぞった。


「マリア、酒の瓶とグラスが消えていたのはやはり不可解です。もしこの件が他殺であるならば、私は犯人を許すわけにはいきません。しかしこのままでは単純に心臓発作で片づけられてしまう可能性が高いです。なんとかしなさい」


 無茶苦茶な要求をするものである。

 横暴な、と思ったが、ウォレスもすがるような視線を向けてきたのでサーラは口をつぐむ。

 サーラを前に震える手でティーカップを置いたブノアも、何か言いたそうな顔でじっとサーラを見つめていた。


(……わたし、探偵じゃないんだけど)


 けれどもこんな顔をする三人を前に、知りませんなんて言えない。


(密室。消えたお酒の瓶とグラス……)


 単純に考えると、これが他殺であるなら酒の瓶とグラスを持ち出したのは犯人だろう。

 けれども酒の瓶とグラスを持ち出した後で、どうやって内鍵をかけるのか。

 それに、毒物反応が出なかったというのもおかしい。

 フェネオン伯爵は普段から酒を飲んでいたようなので、酒には飲み慣れていたはずだ。アルコールによって中毒を起こしたわけではないだろう。

 サーラはそっと息を吐き出した。


「フェネオン伯爵が亡くなっていたという部屋はまだそのままにされているのでしょうか? 一度見せていただきたいです」


 ほっと、ウォレスが笑った。





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