成婚パレード 3

 異母兄が結婚するから忙しいはずのくせに、暇を見つけてはやっぱりやってくるウォレスは、二日前に唐突に言った。


「警備がいるな」


 何のことだと、もちろんサーラは首をひねった。

 ウォレスはサーラの過去を知っても、変わらずパン屋ポルポルを訪れる。

 パーティーの日に口づけされたのには驚いたが、あれはきっと、感情が高ぶっていたせいでの過ちだろう。

 ウォレスはあの時、サーラに同調したのか、感情が揺れていたように見えた。

 そうでなければ王子がパン屋の娘を抱き寄せて口づけするなどありえない。


 サーラも年ごろの娘なので、ふとした瞬間に、あのはじめての口づけを思い出すことはあったけれど、そのたびに「犬にかまれたと思って忘れましょう」と自分に言い聞かせた。


 ウォレスはこの国の第二王子オクタヴィアンだ。

 対してサーラは、身分を剥奪された隣国の元公爵令嬢。

 サーラは、両親が罪を犯していないと信じているけれど、それが証明できない以上サラフィーネ・プランタットが罪人の娘であることは変わらない。

 この先サーラがウォレスとどうこうなることはないのだから、王子の気まぐれをいつまでも覚えているなんて馬鹿馬鹿しいことである。


「ウォレス様、警備って、どういう意味ですか?」


 オクタヴィアン王子に、変わらずウォレスと呼べと言われているので、サーラにとって目の前の男はウォレスである。

 ウォレスによれば、彼のこの偽名はヴォワトール国の建国王ウォーレスから勝手に拝借したそうで、本人もなかなか気に入っていると言う。


 ――オクタヴィアンなんて仰々しくて肩が凝りそうな名前は、常々似合わないと思っていたんだ。


 名前が似合う似合わないの問題はサーラにはわからなかったが、ウォレスにとってはそういうことらしい。

 下町で王子の本名を呼ぶわけにもいかないので、ウォレスで通したほうがいいのは間違いないし、本人がいいのであればそれでいいだろう。


「どうって、成婚パレードのときの話だ。何かあったら危ないだろう?」

「ああ、パレードの警備の話ですか」

「違う、ここの警備の話だ」


 ……話が見えない。


 どちらかと言えば敏い方の部類に入るサーラも、こればっかりはウォレスが何を言いたいのか理解できなかった。


「ここって、うちですか?」

「それ以外に何がある」

「どうしてうちの警備を?」

「どうしてって、ディエリア国から公爵令嬢が嫁いでくるんだぞ? 当然、侍女やなんやと複数名が公爵令嬢にくっついてやってくる。何かあるかもしれないじゃないか」

「何かって、何ですか……」


 サーラはあきれた。

 サーラがディエリア国から去ったのは七年以上前の話だ。

 当時サーラは十歳だった。

 顔立ちも変わっているだろうし、社交デビューもまだだった。今のサーラの顔を見てサラフィーネ・プランタットと結び付ける人間はほぼいないだろう。


(たとえ子供のころのサラフィーネ・プランタットの顔を鮮明におぼえている人がいたとしても、今は髪を染めてるからすぐには一致しないはずよ)


 そう思うのだが、ウォレスは違うらしい。


「君を見つけたら、狙われるかもしれないだろう?」

「そんな暇人なんていませんよ」


 身分が剥奪され平民になったサーラにはもはや何の価値もない。

 もし、予想通りシャミナード公爵がサーラの両親を陥れたとしても、もはやサーラは彼の娘の脅威にはならないし、レナエルはすでに結婚が決まって嫁いで来たのだ。今更サーラがサラフィーネ・プランタットだとわかったところで、貴族社会を追われて平民になった憐れな娘にしか思わないだろう。

 両親の冤罪を証明したいと思っても、サーラには何の力もなければ、貴族に逆らうことの恐ろしさも理解している。

 胸の奥に巣食うどろどろとした過去の恨み感情のまま復讐心を抱いたところで勝てる相手ではないし、それにより、サーラを家族として受け入れてくれた乳母一家が危険にさらされるのは絶対に避けたいのだ。


「そんなのわからないだろう?」

「考えすぎです」

「ともかく、警備が必要だ」


 ウォレスはどうあっても折れるつもりはないようだ。


「そう言いますけど、こんな狭いパンをどう警備するっていうんですか? まさか入り口に人でも立たせておくと? お客さんの迷惑になります」

「そんな、明らかに警戒していますという空気を出すわけないだろう。ここに要人がいると言っているようなものじゃないか。だから、な」


 にやり、とウォレスが笑った。

 そして、内緒話をするように声を落とす。


「当日、ブノアをよこす。何、安心しろ。あいつはあれでもかなりの手練れだからな」


 サーラはぱちぱちと目をしばたたき――それから、いつぞやの花柄エプロンの紳士を思い出すと、ブノアにひどく同情したのだった。





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