第1部ー9


 月曜の朝は、ひどく憂鬱だ。それは、唯香だけに限ったことではない。満員電車に揺られながらそれぞれの職場へ向かうサラリーマンたちの表情には、市場に売られていく子牛さながらの悲愴感が漂っていた。唯香の前に居る、毛根の大半が夭逝してしまわれている課長っぽい雰囲気を漂わせる初老のオッサンは、週末、家族と楽しいひと時を過ごしたのであろう。妻子と一緒に撮った写真画像をスマートフォンで見ながら、ニヤニヤしたり、ため息を吐いたり……と、朝っぱらから感情が多忙なようだ。

 

 日本の重工大手を支える中堅企業である「八角重工はっかくじゅうこう」の朝は、自分が所属する部署のフロアに辿り着くまでが一苦労である。八台あるエレベーターのかごは、次から次へと押し寄せる従業員ですぐに満員御礼になり、皆の視線が、それぞれのかごの乗車位置表示器に表示されるオレンジ色の数字に一斉に注がれる。まるで、獲物に狙いを定める捕食者のように。

 やっとの思いで、七階に到達した唯香の視線の先には、醜い肉団子がせっせと動いている姿が映し出された。


(アイツ、こういう日は出勤すんの早いんだよな)


 「おはようございます」


 唯香は、覇気のない声で皆に挨拶をしPCの電源を入れた。休み明けは、PCの動きももっさりとしているようだ。起動音が「ああ、だりい」と言っているように聴こえた。小川美希は、皆に菓子折りを配っている。こういうところには本当に抜け目のない女だと感心する。


「そうなんですよお……美玖(みく)ちゃんのお熱がなかなか下がらなくてえ……できることなら、代わってあげたいって思うのが親心ですよねえ」


 小川のわざとらしい甘ったるい声が唯香の耳に障った。


「うっせえな!」


 心で呟いた声が、実際声に出ていたらしく、向かい側の席に座っている新人社員の高部が怯えているようだった。


 ひととおり菓子折り配りを終えた小川が、隣の席に戻って来たようだ。小川の体重に耐え兼ねた椅子が「ぎゃふん」と悲鳴を上げる音がした。

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