セイラの説得
「どういう意味ですの?」
「パメラ様もご存知だと思いますが。ベイン殿下の敵愾心と勝負欲がますます強くなっています。ついさっきもパメラ様に勝つために卑怯な手段まで試みたほどでした」
アレクシスはベインの光点の先を指で続けた。正確に例の魔物に向かっていた。
「強力な魔物を探知し、奴を討伐することで実習成績で優位に立つと考える確率の方が高いと思います。ベイン殿下と聖女セイラなら、まだ自分と敵の力量を正確に把握する能力も足りないでしょうから」
「……聞いてみれば否定できませんね」
パメラもやっと深刻さに気づき、表情が固まった。
パメラの魔法陣が二人を包んだ。
「騎士団の結界のため〈転移〉は使いにくいです。だから走っていきましょう。可愛い弟がバカなことをするのを見過ごすことはできませんもの」
「パメラ様の仰せのままに」
***
「殿下! 少々お待ちください!」
セイラは森をよどみなく横切るベインについて行きながら叫んだ。
「聞いている。なんだ?」
ベインは足を止めたり、セイラの方を振り返ったりはしなかったが、一度セイラの言葉に答えてくれた。
セイラは返事でもしてくれたことを幸いだと思うべきか、待ってくださいと言ったのに止まらないことを嘆くべきか分からないと思いながら話を続けた。
「こっちには危険な魔物がいます。魔力が感じられますよ」
「俺も知っている」
「じゃあどうして……!」
「当然ではないか。奴を討伐するためだ」
セイラは唇をかんだ。
驚きはなかった。露骨に危険な気配を放つ魔物に向かって走っていく理由が何なのか、今までベインの言動を見守っていたなら分からないはずがなかったから。
それでもあえて言葉で警告したのは彼が無謀な考えをやめてくれることを望んだことだったが、ベインが止まる気配がなかった。
すでに予想していたことにもかかわらず、セイラはため息が出そうとするのを必死に我慢した。そしてスピードを上げてベインの傍で並んで走った。
「殿下。無謀すぎますよ。あの魔物は私たちが相手にしにくい個体だと思います」
「その程度は俺も知っているぞ。今まで相手にした魔物よりずっと強い奴だろう。だからそんな奴を討伐できるなら、今回の実習の首席は我々のものだ」
「死んじゃえば何の意味もないじゃないですか」
「死なない。俺は強い。そして何よりも聖女のそなたがいる。俺一人では討伐できない魔物でもそなたのバックアップがあれば十分に相手できる」
セイラは眉をひそめた。
ベインの話は聞き方によってはセイラに押し付けるように聞こえたが、セイラはそれには不満がなかった。どんな形であれ、自分の力が役に立つなら嬉しいことだと思っているから。
しかし、それが無謀で危険なことの口実になるのは耐えられない。
「申し訳ありません、殿下」
セイラは魔法で急に止まると同時に魔法陣を描いた。
――神聖魔法〈護城のゆりかご〉
聖なる光の壁がベインを束縛した。
本来は強力な保護魔法だが、維持されている間に保護対象の行動半径が大きく制限されるというデメリットがある魔法。セイラはそれを逆利用してベインを拘束するために使ったのだ。
ベインはセイラを振り返った。感情が表に出ていない表情だったが、鋭いとげで刺すような魔力が代わりに感情を表わしていた。
だがセイラは緊張しながらも退かなかった。
「何のつもりだ?」
「無謀さにも程がありますよ。こんなことは許せません」
「俺はそなたの許可を得て動く立場ではないぞ」
「処罰は後で受けます。けれど今だけは殿下の意思に従うことはできません」
ベインはしばらくセイラを睨みつけたが、すぐに小さく鼻を鳴らした。
「怖いのかとは言わない。そなたが自分の保身のためだけに反対する人ではないということは知っている。たとえ自分だけのための反対だとしても、引き入れる立場である俺が責められることではない」
「私は殿下を心配しているんです」
「知っている。だがその心配に応えることはできない」
「どうしてですか? 危険だということを理解できないんですか?」
ベインは魔物の気配を感じる方向に振り返った。その視線には緊張と警戒心が込められていたが、それ以上に期待と興奮が明らかになった。
「理解するから行くのだ。危険負担があってこそ、成果もより貴重なものになる」
「それは蛮勇です」
セイラは魔法にさらに魔力を注入した。絶対にベインを行かせないという意志が魔法から感じられた。
ベインはイライラしなかったが、顔から少し感情が見えた。
「邪魔するな。そなたが行かないなら俺一人でも行くぞ」
「今これが護衛実習だということを忘れたんですか? 私は厳然と殿下の護衛の対象です。騎士科の殿下が私を一人残して魔物と戦いに駆けつけること自体が皇子として殿下の評価に大きな傷になりますよ」
「構わない。何をしても姉君より先に大物を討伐しなければ……」
「――パメラ様に勝つことなんていったい何が大事なんですかッ!!」
セイラが突然叫ぶとベインは驚いてビクッと震えた。一方、大声を上げたセイラ自身は一瞬ミスをしたかのように口を塞いだが、すぐに唇を軽く噛んでから手を下げた。
もうやらかしたことは仕方がない。むしろもっと大きくやらかしてでもベインを叱咤しなければならないという決心がついた。
「ベイン殿下が幻想だけを追う姿、これ以上は見ていられません」
「何だと?」
「いつから皇子の価値がお姉さんに勝つことになったんですか? 勝つということがいつから無謀なバカになるという意味でしたか? 模擬戦で競争することまでは大丈夫でしたけれど、これは違いますよッ! パメラ様を密かに攻撃し、自分の危険まで度外視するって!」
「暗殺のような手段を使っていないだけでも結構健全だと思うぞ」
「暗……!?」
セイラは一瞬死色になったが、権力とはそういうものだということを考えてやっと落ち着いた。慣れていなくても知ってはいるから。
だがセイラが何かもっと話す前にベインが視線を他の所に向け、あざ笑うような笑みを浮かべた。
「残念だが、そなたと俺が互いを説得する時間はなさそうだな」
―――――
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