ゆまてんるーぷ ~勇者♀と魔王♀が現代でオタ活を楽しんでいたら、元の世界に転移しました~

トタカ四方

第1話 ノックアウト同人誌

『人間の男もすなる日記といふものを、魔王の我もしてみむとてするなり…… 』


 長めの髪をシュシュでまとめながら、音に集中する。

 若いが、低く威圧感のある男性の声。

 自分で書いたとおりのセリフが、スピーカーから流れてくる。

 めちゃくちゃ新鮮だ。


「おー…… まさに魔王って感じ」

 思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 イメージどおりどころか、イメージを遥かに超える魔王だ。声優さんてすごい。


 それだけじゃない。声どころか、自分の作品に絵がついて、色がついて、動くし喋るしオープニング曲まで流れている。


 いやもう、何これ。神の恵みかな。

 主人公は魔王だけれども。


「私のラノベが現世に召喚されてるよ…… 」

 また感嘆の声が漏れる。

 マグカップを持つ手は止まったままだ。コーヒーがどんどん冷めていく。



 4年前の冬。私、小井手こいでミチルが、まだ高校1年生の頃だった。

 ふと興味が湧いて、つらつらと書き始めたライトノベル。

 それが『ゆるまお記 ~ゆるゆる魔王が書いた日記は、勇者に漏洩ろうえいしています~』だ。


 最初の半年は、数人のオタ活仲間に見せていただけ。


 その仲間内の1人に薦められ、『孤手こでミル』というペンネームで、ネット小説投稿サイトに投稿し始めた。そこから、あれよあれよという間に読んでくれる人が増えていった。

 トントン拍子で書籍化が決まり、更にはアニメ化まで決まってしまった。

 …… ほんと、びっくりだ。


 そして今夜はついに、アニメ第1話の放映日。


『きみが魔王…… え、え、女の子……?』


 画面の中で、物語は早くも第1話終盤の場面に差し掛かっていた。


『ちっ、バレては仕方がない! よくぞ魔王である我を、女だと見抜いた! 褒めてやろうぞ!』

『…… うん、見抜くもなにも、見たままだしね……。マッパで仁王立ちしてないで、まずは何か着ようか』

『哀れに震える虫けらよ! 生きて帰りたくば、心して聞くがよい!』

『こっちの話まったく聞いてないな、この子』

『よいか人間よ! 我が女子おなごだという事実、決して勇者に漏らすでないぞ!!』

『いや、無理だし。僕が勇者だし』


『…… まお?』


「ぶふっ……!」

 自分で書いたセリフのままとはいえ、妙にツボにハマった。


「やっぱ、無茶すぎる!素になった魔王、語尾が『~まお』になるって設定、イミフでしょ! 誰得なのよこれ?!」

 一人で大笑いしてしまう。


 ただのエイプリルフールの悪ノリだったのに。

 4月1日限定で、登場キャラ全員のセリフに変な語尾をつけて投稿サイトを更新したことがあった。そしたら、魔王だけやたら好評だったのだ。

 それがなぜか書籍化にも採用されてしまい、今に至る。

「魔王の語尾が『まお』…… いや、どう考えても、無くない??」


 ちらっとSNSでリアタイ組の反応を覗くが

「え、いま、『まお』って言った?」

「魔王だから語尾が『まお』なの? 何ソレ新しい(褒めてない)」

「アニメ版にも採用か。期間限定ネタだったのに、どうしてこうなった」

 と、微妙な反応だ。


 そりゃそうだ。


 苦笑いしつつコーヒーを口へ運ぶ。

 ぬるい。完全に冷めている。

 ゆるいテンポのエンディング曲を聴きながら、ほっと息をつく。


 曲の余韻をわざと台無しにするように、次回予告はカオスでハイテンポに畳み掛けてくる。そして計12回の魔王の『まお』声が、これでもかと散りばめられる破綻ぶりだった。


 次回の脚本に『まお』は一箇所も無かったはずですけど??


 しかし、SNS上では

「なんかアリに思えてきた」

「冒頭の威厳ある声はなんだったんだ。だが、それがイイッ!!」

「クセになるなコレ」

「魔王たんにまおまお言わせる薄い本はどこですか?」

 と、逆に盛り上がりを見せ始めている。


 ええええ、本当に……?


「薄い本…… 」

 最後に目に入ったコメントで、SNS上の新しい書き込みを辿る手が止まる。

 帰宅から数時間、床に放りっぱなしにしていた鞄に目を向けた。

 ソファに座ったまま腕を伸ばし、ずりずりと手繰り寄せる。


 鞄の中を無造作にごそごそ探って、真っ黒なビニール袋を取り出す。


 『ゆるまお』の2次創作の存在は、かなり前から知っていた。

 書籍版が刊行された頃からチラホラあったようだ。

 アニメ化決定が発表される頃には、都心の大きなイベントで島中の3分の1ほどのサークルが出ていたらしい。

 身内から聞いていたし、SNS上の自分のアカウントにもファンアートが流れてきた。


 でも作者側から率先して、2次創作を見に行くのもね…… きっと嫌がる描き手(書き手)さんもいるだろうから、遠慮していた。


 時々、同人誌専門店を覗いて、棚を眺めるくらい。

 表紙だけ拝見して(ああー、ありがたいなあ)と、ほっこりさせて頂くに留めていた。


 ── これまでは。


 手に持った黒い袋を凝視する。


「まさか、買っちゃうとは…… 」

 一線を超えてしまったような、背徳感か罪悪感に似た気持ちでいっぱいになる。


「だってこれ、この本、すっごい、すっごい…… あーもー、無理だったんだよおお!」

 誰も聞いてないのに、言い訳せずにはいられない。


 ── ムリでした。


 もう本当に、その一言につきる。


 表紙の絵。構図。

 色合いも、タイトルも。

 なんならフォントだって。端っこにちょっとだけ書かれた、手描き文字ですら。


 なにから何まで好みだった。


 表紙が見えるように棚に陳列されていたその本を、思わず手に取ってしまったのだ。

 裏返したら中のページの縮小見本が目に入って、それでもうダメだった。


 そのまま真っ直ぐレジに向かっていた。

 店員さんに「これ、見本ですので。お取り替えしますね」と優しく言われて、本当に恥ずかしかった。


 件の本を黒い袋から取り出し、とりあえずローテーブルの上に置く。


「── やばい」


 表紙の絵をひとしきり眺めて、もう言葉がそれしか出てこない。

 語彙力が完全に死んでいる。


 気を落ち着けるために、冷たくなったコーヒーを飲み切る。


 そっと本を手に取り、恭しく表紙をめくった。

 最初のページに目をとお……すつもりが、うっかり真ん中近くを開いてしまう。


「え」

 本を手にしたまま、思わず、その場に立ち上がった。

 勇者と魔王が……まぐわってらっしゃる?

「なにこれ、なにこれ、え」


 はっ!と思い当たって、表紙を見返した。


『18禁 For Adult Only』


「じゅう、はち、きん!!」


 ── そっ閉じした。大きく息を吐く。


 まさかの……初めて読む、自分の作品の2次創作が…… 18禁……。

「えろ…… エロはちょっと…… 」

 それは無理だ。抵抗がある。むりむりむりむり。何か、だめ…… では?

「うう…… 」


 さっき見たページを思い浮かべる。ぐぐぐぐ。

「……どうしよう。気になる……!」

 表紙に視線を落とす。

 恐る恐るもう一度、ページをひらいてみる。


 さっきとは違うページだった。

 さっきよりヤバい。つまりエロい。これ、けっこう激しめの本なの?いやこれくらいなら、週刊漫画のラブコメ枠にもあるかなあ…… 自分の書いた話のキャラだと思うと、余計にエロさが際立って感じるだけ…… ?

 あと、勇者の胸に、ふくらみが、あるよね……? ── 原作の男キャラを、あえて女の子に変えるタイプの2次創作……いわゆる女体化ってやつか?!


「私の作品が……百合18禁に……」

 あまりの刺激に、目眩がしてくる。

 胸の奥がぎゅうっとなり、足先から冷たいものが這うように……。


「── おう?」

 視界がぐるりと回ったかと思うと、頭と腰の左側に衝撃が走った。


 左頬が冷たい。

 冷たいけれど、どこかが熱い。

「へ……?」


 床だ。

 自分の体が、なぜかフローリングの上に横たわっていた。

 ぼんやりする視界の奥の方で、空になったマグカップが転がっていく。そのカップへ向かって、細く赤い筋がじわじわと延びていく。


「え、まじで…… ?」

 体に力が入らない。頭の奥が、すうっと冷えていく。目の前が暗くなっていく。


 ── まずい。これは良くない。


 倒れる前に、最後に見たコマが脳裏に浮かぶ。

 悔しそうな表情とともに潤んだ瞳で頬染める魔王を、勇者(女体化)が意地悪な笑顔で見おろしているコマだった。アレは…… とにかく萌えた。

(走馬灯か……?まさか私、死なないよねぇ……?)

 どんどん意識が薄れていく。

(── ここで死ぬんだったら、あの同人誌…… 恥ずかしがらずに、最後までちゃんと読んでおけば良かった…… )


 そこで完全に、意識が途切れた。




 ── ま ……さま……



「ミルフィリア様」

「はい!」


 呼びかけに跳ね起きると、クイーンサイズかキングサイズかというほど大きなベッドの上だった。

 天蓋付きの、いわゆるお姫様ベッドだ。


 ベッドだけでなく、目の前の空間もだだっ広い。

 さっきまで死にかけていた(?)というのに、どこの城か、と思うような空間だ。


「え……夢? …………どっちが???」

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