第100話 十三日目・鳴宮ココア

 

 優笑は、優楽がスズメを捕食したのを見た。

 今まで一緒に乗り越えてきた仲間を……食べたのだ。


 遠くからだったが、スズメには戸惑いが見えた気がした。

 だからあの決闘を提案したのは、優楽なんだろうと思う。


「どうして……? 優楽……」


 優楽はスズメを食べたあと、すぐにどこかへ行ってしまった。

 闇夜に羽ばたくコウモリのように……。 

 

 次々に少女達を、仲間すら喰っていく優楽。

 優笑には憎しみを糧にして、殺すしか道は無い。


 でも、どうすれば……勝てるのか。

 真莉愛を潰したバリアは咄嗟に出来た事、今は小鳥や木の実ですら潰せなかった。


 力が欲しい……でも、その方法は……。


 雨が沢山降ってきた。

 暗くて冷たい雨が真っ黒い雲から優笑を打つ。

 傘など無い。

 公園から出て……林の中を歩く。


 今、優楽が奇襲してくるとは、思えないが……。

 濡れたまま警戒して歩いた。


「……あ、ネズミ……」


 それから、また林を少し彷徨う。 

 ふと、大きな葉っぱを傘にしているココアが目の前にいた。


「ココアちゃん……」


 なんだかホッとして涙が滲む。


「んん~ユエ~探してたぁ~~よぉ」


「私を……?」


「うん~こっち~」


 葉っぱを渡されて、二人で大きな岩陰に入る。

 そこは雨が当たらないように、大きな葉っぱが折り重ねられていて、テントのようになっていた。


 そして温かい灯り。

 

「すごい……焚き火まで!」


「へへへ……火起こしせいこぉ~~」

 

 ココアは火起こしも成功させたようだった。

 椅子代わりに置かれた石に座る。

 ココアが乾いた松ぼっくりと剥いた木の棒を足していくと、火が大きくなった。


「わぁ~~~……あったか~~~い……」


 優笑は焚き火を見るのは初めてだった。 


 火を見ると心が慰められる……。

 揺れる揺れる炎。

 

 更にココアは自動販売機から持ってきたココアを温めてくれる。


「ココアちゃんって本当にすごい」


「そんな事ないよぉ~~だれでもでき~~る」


 寮から持ってきただろうマグカップに、熱いココアを注いで手渡された。


「そうかな~ふぅふぅ……わぁ~~~ココア美味しい~!」


「うんココア美味しい~~あちあち、ふうふう」


「うふふ、あったかいね」


「あはは、うん~~はふはう」


 優笑とココアが笑う。

 こんなにこんなに……穏やかな時間を過ごすことができるのに。

 世界平和だと謳って、みんなの幸せを奪った研究所がやはり許せない。


 自害だとしても、それでも立ち向かう。


「ありがとうココアちゃん」


「ううん~~もうねぇ最期だと思うから……」


 突然のココアの言葉に、優笑の心臓が貫かれたように痛んだ。

 

「最期って……」


「だって~さっきスズメがいなくなったよねぇ。もう私と~~ユエと~~~ユラでしょ」


 ココアが指を折る。

 ココアにもわかっているのだ。

 次は自分の番だと……。


「そんなことさせない! ココアちゃんは私が守るから……!」


 どうやって?

 役立たずなのに……。

 結局誰も何も守れなかった……。

 グルグルと頭の中を回る、後悔、未来、後悔。


「いいの~ありがとお~~ユエ……明日はわたしが食べられちゃうね」  

 

「いやだ……いやだ……いや……いやだよ~……」


 当たり前のように言うココアに、優笑は頭を抱える。

 残酷だ。残酷だ、嫌だ嫌だと脈と同時に脳を打つ。


「……でもさぁ~~ユエ……おんなじだよ……?」


 ココアが焚き火に木を焚べる。

 優しい、優しい声だった。

 

「おなじ……?」


「うん……みーんな巡ってるんだもん」


「巡るって……」


「パクパク食べてパクパク食べられて~って元気になる~命ってみんなそう。それだったらぁ~私はユエに食べてほしいな」


「や、やめてココアちゃん……」


 辛い言葉、胸に食い込む言葉。


「魚は食べられる人を選べないけど~私は選べるよぉ」


「やめて……」


「きっと、それをユラも望んでるよ」


「どういうこと……? どうして?」


 ぴゅっとココアは、右手から長針を出した。

 初めて見るが……ココアにも、もちろん出来たのだ。


「こういう力がないと……ね~~~~?」


 そう、優楽と戦うにも今は術がない……。

 殺さなきゃいけない妹を殺す術がない……。


「でも……私にはできないの。攻撃する事ができないの」


 優笑には、わかってる。

 バリアしか作れない、そうなのだ。


「卵だって、ひよこになって、おとなの鳥になって巣立っていくんだよ~~~? かたちもちがうのにね~~」


「え?」


 当たり前なのに、よくわからない。


「飛びたいって思わなきゃ……飛べないんだよぉ? そこにいたら……飛べない」


 ふぅふぅとココアは、また温かいココアを飲む。


「……ユエは……巣にいたいの……?」


「……いたくないよ……飛びたいよ、私強くなりたいよ……なりたかったよ……」


「じゃあ、強くなりなよ、望まなきゃ強くなれないよ~~~? なるんだよ~ユエ~~飛ばないと~~」


 望まなきゃ強くなれない……。

 望んでたつもりだったけど……それよりもっと一歩先……?

 パチパチと火が散る、焚き火。

 ココアが微笑んだ。

 優笑の瞳から涙が流れる。


 ココアが言おうとしてる事がわかったからだ。


「……だからってお友達をココアちゃんを食べるなんて……できないよ……」


 ボロボロと涙が溢れる。


「じゃあ……ユラを殺せないよ……?」


「でも……だって……」


「ユラ……心にも……武器をもたなきゃだよ」


「ココアちゃん……」


「ショウがしたかったこと、わかるよ~だから、わたしそれになるよぉ~」


 ココアはショウが死んだあの惨劇を、どこかで見ていたのかもしれない。

 自分を食べろと言ったショウは、優笑に少しでも強くなってほしかった……?

 

 でも、できなかった……。


「でもでも……できない、できないよ」


「じゃあ、ショウみたいに横取りされて終わっちゃうよ~~?」


「ココアちゃん……!」


 優楽の捕食で灰になったショウ。

 あぁ……あぁ、何度思っても、自分がするべきだった答えが思い浮かべない。


 あの時、あぁしていたら。

 あの時、あぁしていたら……。

 何度も何度も何度も思う。

 優笑はうずくまって、しばらく泣いた。


 ココアは、黙ってココアを飲んだり魚を焼いたり……。

 焚き火を見て、夜空を見上げ、そして優笑の頭を撫でた。


「わたし~~ユエといっしょに、いたいよぉ~力になりたいよ~~。だから食べるんだよわたしを、ユエ」


 ココアの微笑み。


「うっ……うう……ごめんね……ごめんなさい……私は……結局」


 ココアに口を人差し指で押さえられた。

『私は結局、人殺し』と言わせてもらえなかった。

 ココアの言う道を、選ばなければいけない……。

 懺悔など言ってはいけない。


「ありがとお~でいいんだよ~」


「う……そうだね……そうだね……ごめんね……ありがとう……」


 ココアは優笑に抱きついた。

 ぽんぽんと背中を優しく撫でられる。

 ココアはこの地獄に舞い降りた、妖精か天使なんじゃないかと思ってしまう……。


「ユラ……きっと、また会えるよ~~」


「うん……ごめ……ありがとう……ありがとう」


 輪廻転生のどこかで……?

 自分もすぐにそこに行きたい。

 でも、まだやる事がある……。


 ぎゅうっとまた抱き締めあった。


「どうぞぉいただいて……」


「う……ココアちゃん……」


「だいじょうぶ……いいんだよ……」


「う……うん……ごめんね……」


 涙を堪えて、ココアの首元を噛む。

 初めての罪。

 ぷつりとココアの白い首を牙が刺して、甘い血が口に流れてくる。


 それは生命力、そのものだ――優笑は感じる。

 ココアの全てが流れ込んでくる……!!


「ココアちゃ……!」

 

「ユエ~がんばれ~~~……」


 最期も笑顔で手を振って……鳴宮ココアは灰になった。

 バサッと制服が崩れ落ちる。


 もう、この場所を造った主はいない。

 静寂と孤独……。


 しかしドクン……ドクン……と優笑のなかの吸血鬼の血が音を立て始める。


 流れ、混ざり合い、鼓動する血……。

 涙を拭う優笑。


 思い出したのは、吸血鬼ソフィア。


「……ソフィア、ごめんね……私、力が欲しいんだ。戦う力が欲しいの……もう守りだけはいらない……自分で望んで手に入れなきゃいけなかったんだ……強くならなきゃいけないの……!!」


 叫んだ、叫んだ。

 短い叫びでも、魂が震えた。


 そして……優笑の手に、血の長針が……握られる。


 紅い、紅い、真っ赤な針。

 

「う……ううぅ……ココアちゃん……ごめんね……ありがとうありがとう」

 

 木を焚べる者がいなくなった焚き火は、いつの間にか消えていった。


 そして優笑は、二人だけになった寮へ雨の中歩く。

 もう、誰もいない。

 優笑と優楽しか、いないのだ――。


 優楽の元へ、優笑は帰る。

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