第89話 十一日目・灰岡ショウ


 闇夜にショウの鮮血が舞う。

 優笑の絶望の叫び。


「いやぁああーーーーーーーーーーーーーぁああ! 灰岡さんっ!!」

 

「バカが! 調子に乗るカラダァあああ!! アハハハ! ガァギャハハハハ!!」

 

 獰猛な獣の咆哮のような、真莉愛の笑い声が林の中に響く。


「逃げろ……行け……」


「灰岡さんっ……!!」


 腹部を切り裂かれたショウは、その場に倒れた。

 図書館まであと少し……自分が足手まといにならなければ……こんな事には!!


「さぁああ! かまってくれよぉおおおおおおおおおソフィアーーーーーーーーーーーー!!」


「やめてぇ!! あっちへ行って!!」


 ショウに覆いかぶさるように、優笑は叫ぶ。

 更にその上にバリアの壁が出現したようで、優笑に真莉愛の爪は届かない。


「ナンナンダヨォ!? これは! ウゼェエエエ!!」


 衝撃はそのまま伝わる。殴打される衝撃を優笑は堪える。


「いいから……逃げるんだ……天乃……」


「嫌です! お願い灰岡さん……立って……お願い……!」


「ぐっ……!」


 更に真莉愛からの爪の追撃。

 自分の上で覆いかぶさっていた優笑を、ショウは横へ突き飛ばす。

 真莉愛もバリアの盾の動きで手元をすくわれ、後ろに退いた。

 

「灰岡さんっ!?」


 ゴロリと転がった優笑を見て、ショウは血を吐きながら立ち上がる。


「ヒャハハハ~~まだ生きてたか……喰ってやるよぉ灰岡……うまそうな足をヨォ~~」


 切り裂かれた腹からの血を使っているのか、ショウの手には1メートルにも伸びた血の剣が握られていた。


「出血の血を使う……こんな応用ができるとは……! ぐっ……でも僕はまだ、負ける気はないよ……」


「やめて……灰岡さん!」


 伸びた血の剣は、ショウの出血と共に大きくなっている。

 剣になったとしても、傷が治っているわけではないのだ。

 相当の出血量だ。

 そんな状態で戦えば、長くはもたない。


 ショウの顔は、月のように白い。


 真莉愛の口は次第に裂け、目玉もどんどん獣のように瞳孔が縦に伸びている。

 ショウの血がついた爪を、美味しそうにベロリと舐めた。


「……天乃、時間をかせぐ。図書館へ逃げるんだ……」


「……いやです! ……私も戦います!」


「行け……僕はもう、長くはもたない……」


 絶望的な言葉。

 優笑は首を横に振る。


「そんな事言わないでください、吸血鬼だもん……治る可能性だってある!」


「ソフィアああああああああああ!! 二人仲良くグ~ぐっデっやるヨォオオオオオオオ!!」

 

 二人の会話など構う必要もないと、真莉愛はショウに対抗してか血の剣を出した。

 みるみる太さは増して、まるで血の棍棒のようだ。


 ブゥン! と鉄骨でも振るったかのような音がする。

 真莉愛はショウだけではなく、優笑も標的にした大ぶりの攻撃を繰り返す。


 どうにか拘束できれば、ショウの剣で首や足を落とせるかもしれない!

 真莉愛相手に可哀想なんて事を、考える余裕はなかった。

 しかし、真莉愛からの攻撃を避けるので精一杯だ。

 

「きゃっ! こ、こっちよ!」


「にげろ……!」


「いやです!」


「グアァアアアア!! ウゼェエエエ!!」  


 巨大化しているのに、スピードは速くなっている。

 ショウを庇い、優笑は自分を囮にし、気を引く。

 ショウも優笑を庇い、また血が吹き出す。


 図書館の中へ逃げ出す余裕もない。

 ショウの出血も酷い。


 このままでは……!


「優笑ちゃああん!」


「優楽!? 優楽ぁああああ!!」


 助かった!?

 優楽が来れば、もう大丈夫!!

 そんな安堵が一瞬胸を過ぎった。


「あいつがモウ来た!?!!!?!! ザェンナァア!!! グアアアア!!」


 優楽が来る事に一番焦りを感じたのは、真莉愛だろう。

 一気に真莉愛が力を放出するように吠えて、優笑を噛み殺そうと動いた。


「させるか……!」


 腹から出血したままのショウが、また優笑を庇う。


 更に鋭くなった真莉愛の牙と爪が襲う――!!


 もう未来を捨てた庇い方だった。


 灰岡ショウは、自分の身体など捨てて盾にした。


 ショウの身体の盾。


 捨て身の攻撃。


 優笑には、それがハッキリと見えた。


 獰猛な牙が、柔らかな肉を食い千切る様を……。


 ショウの左腕が食い千切られた……が、ショウは自分の腕をエサにしたのだ。


「……かかったな……!」


 ショウは右手の剣を短剣にして、最後の力で真莉愛の左の頭蓋骨にそれを突き刺した。


「は……いおか……さん……っ」


 優笑に微笑む、ショウの顔。


「ガァアアアア!! クソォオオオオオオオ!!」


 しかし真莉愛は死なない!!

 更に頭から血を吹き出したまま、ショウの首元にも食いついた。


「いやぁあああああああ!!」


 ショウが喰われる!!

 喰われてしまう!!


「やめてぇえええええええええ!!」


「ぐあぁあ!?」


 優笑のバリアによる拘束が発動する。


 しかし、今回の威力は……!!


 バキバキィ! と真莉愛の上半身が折れる音がして、身体はネジ曲がった。

 そのおかげでショウは吐き出されて牙から解放されたが、そのまま土の上に無惨に転がる。


「よくも灰岡さんを……! 許さない……! 許さない!!」


「ギィイイイイイイイ……!! グアアア……ア……ア……」

  

 優笑が今までに見せた事のない、怒りの表情を見せた。


「許さない!!」


 更にバリアは何重にも真莉愛を包み、バキバキと骨も内臓も押し潰していく。

 真莉愛の身体はネジ曲がり、血が吹き出る。


 圧縮されていくバーサーカー。

 転がった血だらけのショウ。

 怒りで、われを忘れた少女。


 惨劇が惨劇のまま続いている。 


「……優笑ちゃん……」


 それを見て、優楽が呆然と呟く。


「すごい……優笑は灰岡先輩が大好きなんだね……優楽が一人で戦ってても逃げちゃうくせにさ……」


 惨劇を目にしている優楽の横で、スズメが囁いた。

 優笑がショウのために真莉愛を押し潰している。


「……優笑ちゃん……」


「ひどくない……? 灰岡先輩の方が大事なの? あの子……」


「……優笑ちゃん……」


 優笑がショウのために……。

 

「でも、灰岡先輩も真莉愛も死んじゃったね」


「……優笑ちゃん…………」


「優楽は優笑のために頑張ってるのに、ひどいね」


「……優笑……ちゃん……」


 優楽は絶望したような表情で、優笑を見ている。

 

「ぐごごぐごごがぁあああああ」


 真莉愛の口から血の泡が溢れ、目玉が潰れ、爪も指も折れ曲がる。

 もう死にかけ、終わりだ。

 狂犬は優笑の手によって、倒された。

 ドシャリと、肉塊が地面に落ちて転がった。


 無駄にすればペナルティだ。

 しかし優笑は、もう真莉愛を見ることなくショウに駆け寄る。


 左肩が根本から喰われてしまっている。

 誰がどう見ても絶望的な状況だった。


「……天乃……無事……か……」


 ひゅー……ひゅー……と空気がどこからか漏れる音がする。

 

「灰岡さん……ショウさん……ううっどうしてどうして……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」


「……いいんだ……」


 まるで学校のプリントでも忘れた時のような軽い許し……。

 ショウの視点は定まっていない。

 もう、何も見えていないのか……。

 

「何も何もよくないです! 私なんかと一緒にいたせいで……あぁ……私のせいで……」


「……たのし……かったよ……す……ごく……」


 思い出される二人の時間。

 

「……ショウさん……いや、いやです……」


「……に……会える……楽しみだ……ぐっ……」


「ショウさん! 待って! 待って……! あぁ……死なないで!」


 何か何か方法が!

 その時、パッと蘇る血だらけの優楽の顔が思い出された。


「あ……」


 崖の下。優楽。死なないで。

 私。そうだ。

 真似をした。

 思い出して。

 ソフィアの。

 自分の血を重ねて。

 混ぜ合わせて。

 噛んだ。

 優楽は。それで……。


 生きてた。

 生き返ったんだ……!!


「……天乃……せっかくなんだ……僕を喰って……力に変えろ」


「いやだ……待ってください! ……今、記憶が……」


 ソフィアがしてくれたように、自分も優楽を助けたんだ。

 じゃああの方法で!!


「いいんだ……無理……だ……はやく……」


 ショウの声がかすれていく。


「待って! い、今すぐ!」


 優楽の時のように!!

 

「無理だよ、優笑ちゃん」


 自分と同じ声が聞こえた。

 冷静で冷たい、静かな声。


 そして……つぷ……と牙が首を突き刺す音。

 月が照らす……命を消す儀式。



 ショウの首元に噛みついた……のは優楽だった。


「優楽……なに……やめて! やめてぇええええ!!」


 優笑の絶叫が響くが、もうショウの耳には入らなかった。

 最後には双子の顔もわからなかったのかもしれない。


「ゆ……あり……がと……ユ……イ……」


 最後に呼んだのは自分の妹の名なのか。

 ショウは……サラサラと真っ白な灰になって消えていく。


 呆然とする優笑。

 朝陽が昇って、カラスがうるさく鳴いている。


「こちらこそ、ありがとうショウ先輩」


 無表情で優楽が言う。


「……優楽……な……んで……」

 



 初めて抱いた感情だった。

 絶望と絶望と絶望と絶望と、憎しみ。

 


 

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