第40話 四日目・戻ってきた優笑

 

 当坂絹枝は、名門一家の長女だ。

 母も父方の祖母も、この学園の出身者。

 高校部の二年生から生徒会長を務めていることは名誉だ。


 勉強もでき、規律を守り、学園を愛する。

 シスター聖奈のような信仰深い生徒は実際そこまで多くないため、絹枝を慕う女生徒は多かった。


 ルルもその一人。

 彼女は中学部からの追っかけで、絹枝と同じ生徒会会計に選ばれた時は泣いて喜んだ。

 そんな彼女からの熱烈な愛情を、たまに息抜きに利用してしまう事があったが……。


 このまま大学へ進み、華々しい道を進むだけだと思っていた。


「優笑……」


 でも今、なんて惨めなんだろうか。

 誰もが求める自分が、真夜中の薄汚い小屋で拒絶され一人ぼっち……。


 恥ずかしい。口づけをして……触れ合うのを許したくせに……酷い酷い。


 それは昨日のルルも思った事かもしれない。


 だけど、絹枝自身が驚くような感情だったのだ。

 今回の行動は優笑が自分に魅了させる事ができれば双子の優楽も、そしてスズメもコントロールできるはずと考えての行動だったが、激情が抑えられなかった結果でもある。

 

 最初は、助けなければいけないと思っただけだったのに……。

 ほんの数日、数時間一緒にいただけで……。

 可愛らしい仕草?

 健気な優しさ?

 わからないのだ。

 どうして、こんなに魅了されるのか……。


 ずっと、ずっと……優笑の事を考えている。


「……ソフィア……」


 いつの間にか、口から出た言葉に絹枝は驚く。

 どうして……。


 キィ……と小さく小屋の扉が開いた。


「だ、誰……!?」


 絹枝は慌てて起き上がる。

 しまった!

 まさかこんな時間に!?


 しかし……。


「……会長……」


「ゆ、優笑……」


 涙を流した優笑だった。


「……ごめんなさい……」


「優笑……いいの……いいのよ、私こそごめんなさい……」


 戻ってきてくれた。

 絹枝は喜んで、少しだけの距離先にある優笑を迎え入れかるのように手を伸ばした。


「会長……」


 すがりつくように優笑が自分の胸元に抱きついてきたので絹枝の心は喜びで震える。


「ごめんなさいね……突然でびっくりしたものね……」


「……はい……ルルさん……のことも」


「あの子は仕方ないの……殺すしかなかった……私は貴女だけを愛したいの……愛しているのよ……」


「お願い……会長……さっきと同じ事をして」


 優笑の言葉に、絹枝はジワリと喜びが胸に広がるのを感じる。

 こんな快感はテストで学年トップになっても、生徒会長になっても、ルルとキスをしても感じる事がなかった喜びだ。


「ん……優笑……二人で協力するの……愛しているのよ」


 絹枝は優笑を抱きしめて、そっと口づけた。


「会長……でも……優楽は……? スズメちゃんもいるのに……」


「……優笑……お願いよ、お願い。その二人よりも、私を愛して……私は……ルルさんも捨てたのよ」


「……優楽を捨てろって……?」


「そんな言い方はしないで……優楽さんは貴女の言う事なら聞くわ」


「会長……」


「優楽さんが貴女の言う事を聞けばスズメさんも聞く。だから私の言う事を聞いてね……優笑……」


 先程と同じように、絹枝は優笑を抱きしめて、また口づけをしようとした。

 しかし優笑は思い切り絹枝を突き飛ばした。


「いたっ!?」


「優笑ちゃんに、こんな気持ちの悪い事をしたんだね」


「……え……?」


 氷点下に冷めた瞳。

 恐ろしいほど、突き放すような言い方。


「許さないよ、この女狐め」


「……へ……」


 絹枝の言葉が、ただの空気が出た音になる。

 優楽は血で作る武器をナイフではなくロープのようにしならせ、絹枝の首を締めていた。


「……ぎぃ……あ、あな……た……」


「ねぇ……優笑ちゃんはどこ行った? 追いかけたけど見失った!」

 

「あ……なた……ゆら……? さ……ん」


「そうだよ」


 優楽はロングヘアをばっさり切っていた。

 雰囲気は違えど、顔はそっくりな二人だ。

 薄暗い中で同じ顔、同じ声。

 わからなかった。


「ねぇ……どこ行ったの!?」


「わ……わからない……寮じゃ……」


「そっちじゃない! 北の方へ行った」


「……わからない……ご、ごめ……」


「許さないって言ったよね……私の優笑ちゃんを汚して傷つけて……絶対に許さない……!!」


「ひぃ……」


「私のことを優笑ちゃんを使って利用しようとしたな! 汚らわしい女!」


 優楽は首を締め上げたまま絹枝の首元に噛み付く。


「優笑助けてぇじゃないんだよ! 私が優笑ちゃんを助けるんだ……!」


「あが……」


 絹枝は灰になった。

 散らばった灰に、絹枝の体操着がバサリと宿主を失ったかのように土の上に落ちた。

 優楽は口を拭って唾を吐く。


 キュ……キュ……と優楽のポケットからネズミが出てくる。


「……汚い女だったね。お前達の方がよっぽど可愛いよ……優笑ちゃんを探さなきゃ……優笑ちゃんどこ!?」


 ふらりと眩暈がした優楽は、膝を折って座り込んだ。

 それでも優楽は立ち上がり、小屋を出て行った。

  

 【当坂絹枝・死亡 天乃優楽・レベル4】

 

 

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