勇者日記〜窓ぎわ文官かく戦えり〜

まーくん

第1話 朝練

皇紀1120年7月1日 快晴


本日勇者召喚が行われた。魔王復活の知らせによるものだ。


エスケーダ姫様率いる魔導士達により、王城召喚の間において10時より開始された。


召喚魔方陣を囲んだ厳かな儀式が行われ、若干の尊い犠牲はあったものの開始から1時間後、勇者様が無事に召喚される。


激しい光の渦が収まり、目を開いた勇者様は大変驚かれていたが、それも致し方ないことだろう。


300年前に存在された勇者様とは、また違う世界からお越しになられたようで、長期に渡りお迎えの準備をしていた我々も、あたふたする場面があったが、今回の勇者様は温厚な方のようで助かった。


記録によれば、前回の勇者様は大層乱暴な方で、魔王と対峙する前に、王都が壊滅してしまったと伝説に残っていたのだ。


エスケーダ姫が勇者様のお傍に控えられ、わたしは勇者様の行動の記録係としての大役を仰せつかることとなった。


そして、公式な記録とは別に、この日記を認めていこうと思う。


本日は勇者様に、この国についてのレクチャーを受けて頂いた。


しかしながら、全く文化も世界観も違うため、容易に受け入れることは難しそうだ。


姫も『気長に参りましょう』とほほ笑んでおられ、何よりだ。


昼食や晩餐でもひと悶着あったが、これも文化の違いとして受け入れるべきだろう。





皇紀1120年7月2日 快晴


勇者様の朝は早い。早朝4時には起きておられる。


どうやら『朝練』とやらを毎日しておられたようで、5時にはお召し替えを終えて王宮の庭を走っておられた。


お付きの者が慌てて姫とわたしを呼びに来て、わたし達は大急ぎで準備をする羽目になったのだ。


朝の弱いわたしには、耐えがたい苦痛であるのだが、平気な顔で勇者様に並走する姫がおられる以上、文句が言えようはずもないではないか。




2時間ほどランニングとストレッチをした後、朝食となる。


厨房や給仕の者達も、通常よりも2時間近く早い朝食に大慌てである。


その様子に勇者様は恐縮しながら『朝練』を止めようかと姫と話しておられたが、姫が『朝練』を続けたいと懇願されたので、明日以降も『朝練』は行われることとなった。


大きな声では言えないが姫も大概脳筋なので、致し方ないのかもしれない。


魔道士であるはずの姫だが、脳筋の筋肉バカであることは公然の秘密だ。


急遽厨房や給仕の者のシフトが組み直され、王宮内の召使部屋は大騒動になっているが、そんな声が姫や勇者様に届くはずもなく、東の東屋でにこやかに雑談をされているおふたりの楽しそうな顔が恨めしい。


本日、わたしは3度居眠りを注意されるという大失態を犯してしまったのだ。


今日は早く寝ないとまずいことになる。


ただ、早く寝ようと気が焦ると余計に眠れないのも真実だ。


そして、眠れぬまま、起床時間を迎えようとしている。





皇紀1120年7月3日 曇り


いつの間に眠りに落ちてしまっていたのか、けたたましい目覚ましの音で飛び起きる。


3時30分。急いで準備を始める。昨日の名誉挽回のためにも勇者様達よりも早く庭に出なければ。


眠い目をこすり、3時50分に庭に出ると、既に庭で談笑するおふたりの姿が。


開始を30分早めたらしい。


膝から崩れ落ちてしまった。何故、早くなる?


どうやら姫からの提案のようだ。


おふたり共予定が詰まっているため終了時間を後ろにずらすことは叶わないようで、それならば...ということらしい。


迷惑な話だ。


厨房長も慌てていたが、どうやら朝食の時間はそのままで良いとのことに安堵していた。


その代わり姫と勇者様のメイドは昨日に引き続き大騒ぎになっていたが。


これ以上早くならないことを切に願う。






皇紀1120年7月4日 雨


昨日夜半から降り始めた雨は、今朝も降り続いている。


早朝3時を少し回ったところ。


今日はさすがに『朝練』は無いだろうと、安堵しているわたしの元へ、姫のメイドがやってきた。


『朝練』中止の知らせかと胸を躍らせるが、騎士団の屋内訓練場に来るようにとの姫からの伝言であった。


良かった、今日は時間が早くなっていなかったようだ。


中止の知らせを待っていたのに、時間が早くならなかったことに安堵するとは、わたしもあの脳筋連中に感化されてしまっているのだろうか?


朝食を摂るために出向いた食堂で厨房長とばったり出会う。


こちらにサムズアップしてくる厨房長。


恐らくわたしと一緒で朝食時間が早まらなかったことにホッとしているに違いない...と思いたい。


少し気になるのは、彼も脳筋族のひとりなのだ。





皇紀1120年7月5日 晴


朝食が豪華になっていた。


肉中心のがっつりになっている。この国の朝食はトーストと目玉焼きが一般的で、王族でもこれにサラダとソーセージが付く程度だ。


にもかかわらず、大量に焼かれた肉が所狭しと姫や勇者様の前に並べられている。


その喰いっぷりと言えば....とても王宮の朝食とは思えない光景だった。


そして、入口から顔を覗かせている厨房長のサムズアップ。


これか、昨日のサムズアップはこれを示唆してたのだな。


当然、わたしの前にも大量の肉が、置かれている。


朝からこんなもんが喰えるか! って言いたいが、いえるわけなかろう。


無理やり口に押し込んで、笑顔を見せると厨房長が謎のサムズアップ。


怖い、怖いぞ、そのサムズアップ。


結局丸1日胃もたれが続き、散々な目にあった。








皇紀1120年7月6日 晴


今日も早朝から肉三昧。おふたりは胃もたれなんか、なんのその、昨日の倍はある量をぺろりと完食。


さすがにわたしにはあの量は無理だ。


だが、そこは付き合いの長い厨房長のこと、わたしがあんなに食べられないことを承知してくれているので、量は昨日と変わらない。


いや、それでも充分多すぎるだが、その分、今日は脂身が多かった。


昨日のサムズアップはこれか...


たしかに『朝練』に付き合わされて、疲れているし、腹も減っているのだが。


ただ、わたしは声をあげて叫びたい。わたしは..わたしは文官なのですーーと。


絶対言えないけど。


今日はトイレで3度吐いた。


このままでは、早々に死んでしまうのではないだろうか?







皇紀1120年8月10日 晴


なかなか限界が来ない。『朝練』に参加して、朝食でがっつり肉を食べ出した頃はすぐにでも死んでしまうのじゃないかと思っていたが、身体は慣れてしまうみたいだ。


今では一般的なトースト&目玉焼きなんかじゃ全く足りなくなっている。


おふたりと一緒に行動しているため、あまり分からなかったが、体力も付いてきたようだ。


久しぶりに文官仲間に会ったら、彼の身体が小さくなっていた。


それに、あんなに軽い荷物も持てないなんて、体力が衰えているんじゃないだろうか。


その後、4,5人会ったが、誰も彼も同じように体力が落ちている。


もしや、魔王の策略か....






皇紀1120年8月11日 晴


本日より『朝練』に騎士団長が加わった。


また脳筋が増えた。


さすがは騎士団長。あのふたりについて行っている。


さすがに最終周では顎が上がっていたが、それでも大したものだ。


わたしなんか、もう1カ月以上一緒に走っているのに、まだ周回遅れなのに。


騎士団長も一緒に早めの朝食を摂る。


肉の量がまた増えた。







皇紀1120年9月20日 晴


10日ほど前から『朝練』に騎士団全員が加わった。


本日の参加者500名が、勇者様の掛け声に合わせて走っている。


最初の頃は脱落する者も多かったが、今ではほとんどの者が付いてくるようになった。


わたしは、まだ騎士団長には及ばないが、それでも入って来たばかりの騎士達には負けないつもりだ。


朝食は王宮の食堂から騎士団の食堂に移った。


毎朝消費される大量の肉は、騎士達が遠征と称して山に狩りに行って調達しているらしい。


魔物の数が激減したと、報告書が上がってきていたのを目にした。


本日、わたしも遠征に誘われた。


わたしは文官なんだぞ。魔物の狩りに行くはず無いだろうと思ったが、姫が乗り気なので言えなかった。


結局、勇者様グレートボア3匹、ワイルドシープ5匹、姫はアースドラゴンモドキ1体、ステルスバード3匹、その他騎士団も多数の成果を上げている。


毎度これでは、魔物の数も激減すると言うものだ。


ちなみにわたしはマンモスタートル1体であった。


まだまだだな。




皇紀1120年10月10日 晴


今日も狩りに赴く。


『朝練』の効果は大したものだ。


今日の成果は…多過ぎて数えるのも面倒だ。


そして、ついにわたしもアースドラゴンモドキを斃すことが出来た。


皆さんに遅れること1ヶ月。


単独ではA級冒険者でも難しいと言われるあのアースドラゴンモドキをだ。


城に戻ると文官の執務室にわたしの席が無くなっていたのは寂しい限りだった。


いつの間にか、騎士団に所属が変わっていたのだ。




皇紀1121年3月10日 曇りのち晴


いきなりだが、帝国が攻めて来た。


中立地帯であるケスアルト平原で帝国軍5,000と急ごしらえの我が王国軍300が激突する。


数だけ見るとかなり分が悪い。


しかも、帝国軍は準備万端で精鋭揃いに対して、我が軍は騎士団長以下精鋭が長期遠征に出掛けて不在である。


当然エスケーダ姫と勇者も参加される。


騎士団に所属するわたしも当然出動せざるを得ない。


両軍睨み合いの中、帝国軍のラッパの音が合図となり、理不尽な戦いが始まった。


そして1時間後、勝敗は着いた。


帝国軍の敗走によってである。


『朝練』恐るべし。


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