第4話 エマ

 エマはとても明るく活発な女性で、私、勝間かりんの性格とは少し違っていた。私はオタクながら根暗ではなかったけど、エマほどお転婆ってわけじゃなかったからね。もっとも外見はもう雲泥の差。エマは母親譲りの整った顔立ちに鮮やかなピンクゴールドの髪。クソゲーとは言え流石主人公だ。更に社交の場では王女然とした気品漂うお姫様として振る舞うものだから国内外の人気も上々で、恋愛するにしてもこれ以上ないぐらい勝ち組だ。


 ゲームには一切出てこないけど兄である王子がいて、王立のアカデミーを卒業後不慮の事故に遭い離宮で療養している。ほぼ引きこもり状態で、こちらの世界でもエマは彼に長らく会っていなかった。兄にはアカデミーで知り合った婚約者がおり、彼女はとても優秀な女性。アカデミーも首席で卒業しているし、卒業後は若くして国の役人として登用されている。エマは兄の様子を彼女を通して聞いていて、献身的に兄の世話をしてくれる彼女に感謝していたわね。


 ただ王子についての話題は家族間でも王宮内でもタブーになっていて、王や王妃ですらその話題には触れなかった。エマの記憶では一度話題にしようとして酷く叱られ、それ以来彼女も触れようとはしなかったわね。ただ次期王たる王子がこんなことでいいのか、と常々心配していたけれど。


 立場上親しい友人などは少ないエマだけど幼馴染の男子がいて、彼は騎士団長の息子。小さい頃はお転婆だったので、その男子と一緒に騎士団長に馬術を習ったり剣術を習ったりしていたわね。十五歳になってなかなかのイケメンに成長した彼は、エマ専属の護衛として他数名の騎士と共に活動していた。私からすれば彼が恋愛対象でも良いような気もしたんだけど、ゲームの三枚の扉中には含まれてなかった。そう言えばゲームのパッケージ絵にはメインの三王子の陰に隠れる様に制服姿の彼の姿もある。アカデミーに入ることがあれば彼も一緒に入学したのかも知れないわ。


 エマは王宮内でも人気の姫様だったから、生活していて敵と思われる人物に遭遇したことは全くない。少なくとも彼女の記憶にはその様な人物は存在しない。それは恋愛中も同じで、王子を始めその周りの人々とも上手くやっていたはず。いや、王女と言う立場では普通だったかも知れないけれど、周りからは恨みをかっていた可能性も拭えないか。この点については私の記憶を残して行ける次のチャレンジで注意深く見ていかないと。


 三枚の扉を開けると、いつも同じシーンからスタートする。これはゲームでも現実世界でも同じで、場面はエマの十五歳の誕生パーティー。王女が成人したことを祝うこのパーティーは例年よりも更に華やかなもので、国内外の有力者を集めて執り行われた。かりんとしての私の記憶は封印され、ゲームの主人公と同様にエマが動き出すのよ。


 華やかに着飾ったエマの前に各国の王に連れられた三王子が並び自己紹介した後、エマはダンスパートナーとして誰か一人の手を取る。それで相手との恋愛がスタートすると言うわけ。一枚目の扉の向こうでエマが手を取ったのは西のインファンテ王国のレジナルト第一王子。戦いで武勲を立てた現王の子息だけあってガッチリした体型の、騎士の雰囲気を持つイケメンだ。赤髪に赤い瞳は、きっと成長したら『赤鬼』なんてあだ名で呼ばれるんだろうな。実際、彼の父親である現王はこちらの世界ではそう呼ばれている様だ。


「よろしくお願いします、レジナルド様」

「お、おう」


 女性との付き合いに慣れていない様子のレジナルド王子は、壊れ物でも扱う様にエマの手を取る。ダンスも余り得意ではない様子だけど、不器用ながらもこちらに気を使いながら踊る姿は逆に好感を持てた。


「ダンスはお嫌いですか?」

「す、すまない。日々鍛錬はしているんだがダンスの練習にはあまり時間を割いてなくて」

「フフフ、人それぞれですもの。お気になさらずに」


 踊る内に少しずつ緊張もほぐれ、喋る余裕も出てきた様子。何とか一曲踊り切ると周囲からは大きな拍手を貰え、王子は照れくさそうに挨拶をしていた。第一印象は無愛想な堅物かと思っていたけれど、緊張していただけの様ね。ダンスから開放されると表情も和らいで、ちょっとイタズラっ子ぽい笑顔も。


「やっぱり俺にはダンスは向いてねーな……あ、すまない、開放感からつい」

「それが本来のレジナルド様なのですね。もっと近寄り難いお方かと思っておりましたわ」

「ハハハ、こう言う社交の場は苦手でね。でも君のお陰で少し慣れてきたかな。礼を言う」

「どういたしまして。お役に立てたなら幸いですわ」


 想像していた印象と実際の彼のギャップに少しキュンキュンしながら、自己紹介も兼ねて他愛ない会話。言葉遣いは少し乱暴ながら実際の彼はとても気さくで、変に飾らないところも良い。王女でなければお転婆な女性としての彼女が顔を出し、もっと話が盛り上がっただろうなあ。それでも二人が惹かれ合うには充分だった様で、交際がスタートする。


 周辺三国の王族や有力な貴族はイグレシアスの王都内に邸宅を構えていて、中央国を訪問した際に滞在するのはもちろん、前世で言う所の大使館の様な役割も果たしていた。誕生パーティー以来レジナルド王子は頻繁に王都を訪れる様になり、私も何度もインファンテの屋敷に訪れたし、王都内でデートも。レジナルド王子はベタベタしてくる訳ではなかったけど、一緒に外に出ればその力強い腕で守ってくれるし、とても頼りがいがある。誰かに入れ知恵されたのかプレゼントをくれるときもあったがそんな時は決まって照れくさそうで、そういう態度にエマもドキドキしていた。エマ自身も恋愛経験が豊富ってわけじゃないからね。


 そんなことが何回か続いたある日、まだ遠慮があるのか言いにくそうに王子が言う。


「その、一度インファンテにも来て欲しいと思うんだが、大丈夫か?」

「もちろん。私も是非一度インファンテに伺いたいと思っておりました」

「本当か!?」


 パッと明るい顔になって子供のように喜ぶ王子。もう既に恋愛モードに入っていたからかも知れないけれど、そういう表情も愛おしく思える。誕生パーティーの時にインファンテ王には会っていたが王妃にはまだ会っていなかったし、彼の生まれ育った国にも興味があった。こうしてエマは生まれて始めてイグレシアスを出て、隣国を訪問することになったのだった。

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