第2話 かりん

 改めまして私は勝間かりん、だった者と言うべきかな? いや、まだ死んだわけではないし、ここではベースが私なんだからかりんでいいや。なんで私がこういうことになっているかと言うと、話は私が前世で大学生だった時まで遡る。所謂『リケジョ』だった私だけど、その実態は超絶オタク女子で、大学受験のために勉強勉強だった高校時代の反動か、大学に入ってからは趣味に全力投球だった。リアルな恋愛なんてそっちのけで、オタ友たちと楽しい日々を送っていたなあ。


 父親は厳しいと言うか過保護な人で、大学生になったからアルバイトしたいと言うと全力で否定されてしまった。『悪い虫が付いたらどうするんだ!』と言うのが理由らしいが、それではオタ活の資金がでない! いや、バイトしちゃダメな代わりに結構お小遣いはもらっていたんだけど流石に変な格好で大学に通うわけにも行かず、ファッション関係にお小遣いは消えていく。あとオタ友と学校帰りにカフェに行ったりファミレス行ったりするのも結構お金がいるのよね。なのでオタ活費を捻出するために、せっせと絵を描いてはネットで売ったりしていた。ネットでやる分には父親にバレることもないし、これがなかなかいい稼ぎに。お陰で充実した生活を送れていた。


 あの時私がハマっていたのは一本のゲームで、その名も『プリンセス・オブ・イグレシアス』。つまり、まさに今経験している世界を題材にしたゲームだった。なんでこの世界が前世のゲームになっているのかは、目の前にいる案内人の男が以前教えてくれたんだけどそれは置いておいて、実はこのゲーム、世間では駄作呼ばわれされる代物。いわばクソゲーだった。開発元のゲーム会社はこのゲームの一つ前にスマッシュヒットとなる作品を出していて、そのヒットに乗っかって作ったのがこのゲームだったわけだ。ヒット作の続編を作ればもっと売れただろうに、なんでまた似たような二番煎じ作品を作っちゃうかなあ。


 しかし私がこれにハマったのには理由がある。それは『キャラクターの顔と声がいいから』 それに尽きる。とにかく絵が好みで、しかも登場人物全員に好きな声優がついているとなれば、駄作であろうがなんであろうがプレイしない理由が見当たらない。メディアの容量に物を言わせて大量の画像と声が入っていたものだから、あらゆるルートを片っ端から攻略して選択肢も全部網羅しましたわよ、ええ。世の中には似たようなオタクの人々がいるもので、駄作と言われながらもこのゲームが一部の熱狂的なファンに支持されていたのは、きっと私と同じ様な理由からだろう。


 ゲームの内容はと言うと割と一般的な選択型の攻略ゲーム。主人公はイグレシアスの王女エマとなり、婚約者の候補となる三人の王子から相手を選んで付き合っていくと言うもの。つまり、私がさっきまで扉の向こうで経験していたそのものの内容だ。ご丁寧にゲームのスタート画面では扉が三枚用意されていてそれぞれが王子との恋愛の内容になっていたから、そんなところまで今の状態とリンクしている。


 ゲームでは画面の右端には明らかにもう一枚扉が表示されそうな空白があって、ネット上でも『絶対隠し扉がある!』と噂になっていた。私もその扉を見つけるべくあらゆる手段を試し、そしてその扉をようやく発見したんだ。その時は絶対私が第一発見者だ! と興奮したんだけど、ゲーム画面でその扉をクリックした途端視界に光が溢れて……気がつくと今いるこの空間に立っていた。目の前には見たことある三枚の扉と、そしてその前に立っている男。


「ここどこ!?」

「おめでとう、かりん君。君が扉を発見した第一号だよ」

「えっ!? えっ!?」


 意味が分からず辺りをキョロキョロするが、真っ白な空間には扉以外に何も見当たらない。


「なにこれ!? 転生!?」

「うーん、転生……ではないかな? 君が理解しやすい表現でいうと、君の魂を一時的にこちらの世界に呼び寄せたって感じだね」


 どうやら死んだわけではなく、時間軸も違っているのでいつでも元の世界に戻れるらしい。ってことは『部屋でゲームをやりすぎて死亡』ってニュースになることは避けられたってことね。


「あなたは?」

「私は案内人。君をここへ導き、そしてこの扉の先へと誘うものだよ」


 私たち人間からすれば神様的な存在の様だけど、厳密には世界を創造した神とは違うらしい。扉の向こうにはゲームの元になった世界が広がっていて、そこは言わば並行世界。私のいた世界と交わることはないけれど、その存在が影響を与えることはあるとのこと。それがある人のアイデアとなりゲームとして具現化したものが『プリンセス・オブ・イグレシアス』なんだとか。


「それにしては設定が中途半端だったわね。大体パッケージが学園もの風なのに学園なんて一切でてこないし、悪役っぽい女性も描いてあったけど出てこなかったし」

「それはまあ影響具合によるだろうし、そもそもゲーム開発の現場の都合もあるだろうから」


 この男性が妙にゲーム開発に詳しいのも若干気にはなるけど、今は『これからどうするか』が重要ね。扉が三枚用意されているってことは、やっぱり三人の王子それぞれと付き合うパターンなのかな? しかし実際の世界に入り込むんだったら、ゲームの様に単純にはいかないと思うんだけど。


「もちろん、最初の扉で上手く行けばそれでミッションは完了さ。エマ王女としての人生を謳歌して、またここに戻ってくればいい。ああ、そうだ。扉の中に入るとかりん君としての記憶は封印されるけど、君の魂が進む方向を知っているから大丈夫だろう」


 記憶が消えてしまうのはゲーマーとしてイマイチ楽しめないってことだけど、ゲームをやり込んだ私の魂にはありとあらゆるパターンが刷り込まれているはず。だとすれば、これは非常に簡単なミッションだわ。


「もちろん、嫌なら元の世界に戻ることもできる。この扉の先に進むかどうかは君の自由さ」

「もちろん行くわ! ここで退いたらゲーマーの名が泣くもの。扉は三枚も必要ないと思うけど」

「それは頼もしいね。それでは、どの扉を選択する?」

「……そうね、ここは正攻法で一番左から攻めることにするわ」

「了解。それでは姫様、行ってらっしゃい」


 彼がそう言うと、自分の姿がエマになっていることに気がつく。おー! 実際にエマ王女になるとこんな感じなんだ! と言う感動もそこそこに、最初の扉のノブに手をかけた。今から思えばこの時は『全然余裕じゃん!』とか思ってたわね。前世の記憶が消えていたとは言え、まさか三連敗するなんてこの時は思ってなかったなあ。

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