第2話 運命との出会い
「仮面をしてる人族だっているし、それに見えないように全身に霧をまとわせるような変人だっているんだぜ? そんな気にするなぃ」
「霧をまとわせる?」
「なんか『わたあめ』っつーの? あれみたいになってて面白いぜ、カーニバル名物だ」
「わたあめ?」
私の疑問に店主が何か不安定な丸のようなものを手で表そうとしたが、すぐに断念した。
「まあ、宝石を両替屋か質屋に持ってっちまって、カーニバルを見て回りな! 引き留めて悪かったな嬢ちゃん」
「ばいばいおじちゃん!」
手を振って店主と別れて、遠巻きに見ていた人々の間をすり抜けて宝石を金銭に換えることにした。
「鞄に色々つめといたからな!」
「ありがとー!」
背中に優しい店主の声を受けて、私はカーニバルを楽しむことにした。
リュックを背負い直し、大きな都市を歩き回る。様々なものを見た、見た事ないもの、なじみのあるもの。
『わたあめ』も面白い。ふわふわした見た目でベタベタするし、甘い。すぐになくなってしまう。
わたあめの人も見た。
煙を身にまとっているようだった。
たくさんの屋台で色々なものを買い込んだ。
夢の中だし、お金持ちのように思う存分お金を使ったのは初めてだった。
色んなところを見て回っているうちに、細かい路地や道の果てが霧で阻まれていることを見つけた。近くの店や道行く人に尋ねれば、どうやらその霧の向こうは元の世界へつながっているという。
霧の見分けがつかないうちは迷いやすく、辿り着けてもすぐに帰ってしまう者も多いそうだ。
そうしてカーニバルを楽しみ、異形のものたちへの恐怖も薄れてきた頃、霧の街に光が差し込んだ。
もうすぐ朝か。
ふとそう考えて、周りを見渡せばカーニバルの喧騒は消え、恐ろしいほどの静寂があった。急に怖くなったがどこへ行く当てもない。
「早く帰れ!」
その声に振り向くと、仮面をつけた青年が私を睨みつけていた。本当に睨んでいるのかは分からないが、焦っているようだ。
同じ人族であるようで、このよく分からない状況にも関わらずほっとした。
「帰るってどうやって?」
霧の方へ向かえば良いのか?
私の言葉に青年は呆れたようだった。
「元の世界へ、だ。朝になればまたカーニバルが開かれる日まで戻ることはできないぞ!」
「お兄ちゃんは帰らないの?」
「帰れないんだ。もう居場所もないだろうし」
つぶやいた青年は、少し悲しそうだった。この人をこのまま置いていけない、そう思った。
「一緒に行こうよ」
「お前と違って、俺はここにもうずっと住んでいる。向こうで待ってる家族が生きているかどうかさえ分からないんだ」
ここにいる間に、父や母が死んでしまうこともある?
「ほら、ぼーっとするな」
青年はぼけっとする私の手を引いて近くの路地に近づいた。
一段と深い霧が路地を覆って先が見えない。
朝日が明るく道を照らすと霧は暗い閉ざされた方へと生き物のように逃げて行ってしまう。
「お兄ちゃん、ここは夢の世界なんだよね?」
「今日、お前が帰れば、楽しい夢になるよ」
そう答えた青年の声はとても優しい。そして何か思いついたように懐から古い手紙を取り出した。
「そうだ、これを神官に渡しておいてくれ」
やはりこの世界で私のようなものは珍しいのだろう。
そして青年もきっと同じ世界からこの都市にやってきた。
渡された手紙をうけとると青年は私の背負ったリュックを押して霧の中へ進むように促した。
後髪を引かれつつ霧の中を進む。いつしか、私の意識は暗い本当の夢の中へ落ちていた。
「アイナ」
その声に反射的にまぶたを開く。
たった一晩だったはずなのに、とても懐かしい両親の顔が私を心配そうに見下ろしていた。
二人に泣きながら抱きしめられながら周りを見る。
周りに子供たちはいなかった。
神官と目が合う。私の視線に気づくと、奥へいる誰かに報告をしに行った。
綺麗な服を着た、老人だ。気が強そうな顔立ちなのに、目には涙を浮かべて手には――私が神官に渡すよう頼まれた手紙を持っている。
「そ、その手紙は! その手紙は神官さまに渡すよう言われたから読んじゃだめだよ!」
「誰に頼まれたんだ?」
私が老人に注意をすると、老人の隣にいた神官が私に向き直る。両親は必死に私に話をしないようになだめているが、今日だけはわがままでなくてはいけない。
「お兄ちゃん。帰れなくなったって言ってたから、大事なことが書いてあると思う」
「お兄ちゃん? おじさんではなく、か?」
「まさか、あの子の子供が…?」
神官の言葉に、老人の目にきらりと光が宿った。
「もしや向こうでは時間の流れが違うのでは……?」
集まっていた神官の誰かがポツリとつぶやいた。
私と両親はそのまま神殿に泊まるように言われ、なんと来年の儀式も参加することになってしまった。
神殿に家族用の小さな部屋を与えられた。
その間に読み書きや算術を習ったり貴族に対する礼儀を教えてもらったり。
ラッキーだ。読み書きさえできれば仕事には困らない!
あの日、優しい店主の店で買ったものや屋台で買ったもののほとんどは王城もしくは神殿のものになった。貴族や商会が買い取っていったものもある。
とても高価なものだったらしい。
ただブレスレットだけは外れなかった。
鑑定されたものは『慧眼の腕輪』。
霧を見通すためのブレスレットだと思っていたが、どうやらもっとすごいものだった。
持ち主を定めるタイプの道具のようで、今の主は私になっている。
聖剣のようなものと聞いて驚いたが、あの優しい店主のことだ。きっと落として迷ってしまってはいけないと思ったのかもしれない。
二度目の儀式、私はまた同じように子供たちに混じっていた。
宝石の入った袋を渡され、またあの甘ったるい飲み物を飲み干す。
同じような儀式の説明の前に、私は一通の手紙を手に持っていた。彼に会ったら渡すように言われた。
二、三十年前に行方不明になった者が彼ではないか、と彼の家族が帰りを待っていると伝えてほしいという。
「お嬢ちゃん、また会ったね。今回も両替していくかい?」
声に振り向くと、カーニバルの日に出会った異形の両替屋だった。
あの時とは違ってフードもないし、鞄もない、仮面もない。
「ははは、不思議そうだね。見た目で個人を判別する種族には驚かれるよ。で、どうする?」
「両替、お願いします!」
宝石をいくつか残して全てこちらの世界のお金に換えてもらう。
「宝石をこっちの世界のお金に換えてるんだよね?」
「そうだよ」
「こっちの世界とみんなの世界のお金は同じお金なの?」
私の言葉に両替屋は少し驚いたようだった。
「勉強したんだね。こっちの世界のお金を、宝石だとか金貨だとかそういうものにまた両替するのさ。だから私はここにいるだけで儲かる。ふふふ。
こっちの世界のお金は元々ここで祭りを始めたとんちき持ってたお金がベースなんだが、不純物が多くてね。おや、お嬢ちゃんには難しい話かな?」
「うん、難しかった!」
私はお金を受け取り、また様々な屋台を見て回った。ブレスレットのおかげで周囲が見える。そして異形のものたちは私を見て、おっかなびっくり避けているようだ。
彼らに比べて、私たちはとても弱いからかもしれない。
竜人の店主との再会を喜んだり、またわたあめを探したり、カーニバルはとても楽しかった。竜人の店主のお店でまたお祭り装備を揃えてもらう。
「おじちゃん、人を探してるんだけど、私みたいな種族のお兄ちゃん知ってる?」
「お兄ちゃん?」
「子供と大人の間くらいで、大人よりな感じ、かなぁ?」
何と伝えたら良いのだろうか。
私が迷っていると、店主は驚いたようだった。
「お嬢ちゃん大きくなるのかい?」
「私は子供だもん。いつか大人になるよ」
「でも子供しか見たことないなぁ」
「こっちに来るための儀式は、子供だけ受けられるって決まりだからね! ありがとうおじちゃん!」
彼に出会えたら手紙を渡す。
店主と別れた私は、全力でカーニバルを楽しむことした。
こんな広い都市で人探し――無理に決まってる!!!
今回は緊張もなくまたたくさんの屋台を見て回って、少し疲れたので椅子やテーブルがある食べ物の屋台へ行った。
見た事ない食材で作られたおいしいもの。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
「ん?」
少し休憩するつもりがお腹がいっぱいになって眠ってしまっていたらしい。
屋台の店主に揺り起こされて、周囲を見渡すと人がまばらになっている。
「店じまいの時間だよ」
「え!? 私寝てた!?」
「ぐっすりだ」
店主は大笑いしながら、私を椅子からぽんとおろすとパタパタと椅子や机を折り畳み始めた。
「お嬢ちゃんも早く帰りな」
「うん、ありがと!!」
カーニバルの片づけを見回っていると、人々は路地や建物の霧の中に吸い込まれていくようだった。
「お前またここに来たのか?」
聞き覚えのある声が降ってきた。
わたあめ男が建物の二階部分から降って来た。
「……」
驚きのあまり声を失っていると、わたあめ男の周りを覆っていた霧が周囲に散り、その中心に探していた青年が現れた。
「あ!」
「お前なぁ……」
再会に呆れる青年に、私は鞄から手紙を出した。
貴族が使う手紙には紋章が描かれている。それを見て、青年は手紙を奪い取るようにして受け取った。
手紙には何が書いてあったんだろうか、青年は私の手を引くと跳ねるように走る。路地の霧へ二人で駆け込んでいく。
前に来た時はゆっくりと進んだから、自分の体が霧に溶け込んでいくような感覚があった。
「お兄ちゃん!」
今回は霧の中で自分がバラバラになっていくような感覚があった。このままどこかへ消えてしまうんじゃないか、思わず叫ぶと、遠くから誰かの声が聞こえる。
必死に声の方に意識を持っていく。
そうしていくうちに引き上げられるような感覚があり、『帰って来た』ことを確信した。
安心して目を閉じると、疲れからか恐怖からか閉じたまぶたはどろりと重かった。
やっと目を覚ました時、神殿にある私の部屋には家族とあの老人と青年、そして数人の神官がいた。
「ありがとう、アイナ」
向こうの世界に行って帰ってこれなくなったのは、当時王子だった子供だ。
生まれた時に告げられた神託にそそのかれ、儀式に潜り込んだという。
そうしてこちらでは三十数年が流れた時、向こうでは十数年が過ぎていたそうだ。
「その神託ってなんだったの?」
青年は恥ずかしそうにして、私から目をそらした。
老人がゴホンとわざとらしく咳をした。
「『霧の世界で運命の人と出会う』というものだ」
その神託は間違っていないだろう。霧の世界は刺激的でたくさんのもので溢れている。
そして人々はとても陽気で祭りを楽しんでいる。
向こうの世界の技術や不思議なものはこちらの世界で高価な値段で取引されている。だからこそ、うまくすれば成りあがることができる、だからこそ貴族はこぞって儀式に参加したがるのか……。
こうして二度も儀式に参加したからか、私が『運命』なのかは分からないが、私の家族には地方に爵位と領地が与えられた。
その理由が分かったのは先王殿下であるあの老人が亡くなってからだ。国が喪に服し、しばらくしてからあの青年が屋敷にやってきた。
行方が分からなくなった王子とは年齢が合わず、既に兄弟が王位についている国内に内乱を呼ぶ可能性がある王族の血。
それにおとぎ話のような神託でも、それは本物だ。
彼との本来の年齢差はそれこそ三十数年分。
身分の差もあるが、神託がなければそもそも出会わなかったはずだ。
「次の年に帰ってくればよかったのに」
私が呆れたように言うと、6つ年上の夫は「その時は運命の人に出会っていなかったからね」と子供のようなことを言う。
「それに、あの世界はすごく魅力的だ……」
ぼんやりとした表情で遠くに見える草原を見つめる彼の姿に神託の本当の意味が分かってしまった。
「ねぇ、私たちは別に結婚する必要はなかったんじゃない?」
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