虚ろ青年、水の巫女に転生する。
ボウガ
旅立ち編
第1話 太陽の笑み
……目を開こうとするが、瞼が開かない、冷たい水に覆われているようだ。そもそも恐ろしく、開きたくないのだ。恐ろしいものは、何だったろう。それからはずいぶん昔に“転生”して解放されたはずなのに、どうして今になってこれほど強烈に思いだすのだろう。
それまでの日常は、窮屈で自責の念に駆られ焦燥感がひどく、かつ倦怠感が自由を支配していた。自分はいつからその“現実”の苦痛から解放されたのだろう。何かの衝撃とその拍子に、自意識が“プツリ”ときれ異世界へ転送された。また、赤子の姿で。
転生してからは牧歌的で緩やかな日常を過ごしてきた気がする。でもなぜ?誰が解放してくれたのだろう。女神にあった気もするがどんな姿か思い出せない。
別に前世でどんな苦しい事があろうと、自分には耐えられた。なぜならオレには初めから幸せなどなかったから。
始めに味わった悲劇。物心ついたばかり、幼少期に親が放火で殺された。自分はたまたま、裏手の祖父祖母宅に預けられて無事。しかし、火が回るまで寝ていた両親は気づかずに、火の中で帰らぬ人となった。
窓際からその様子は見て取れた。すでに時おそしなのだろうと、ただ人型の黒焦げがのたうち回る姿がぼんやりみえた。その火にのまれて苦しみいく彼らの影を見て
“終わった”
と思った。つまり自分の人生はジエンド、転生もののラノベならいきなり最悪な結末に転送されてどんづまりの未来を提供された。作者にブチギレるレベル。
だが、なぜ“終わった”なのだろうか。母に対する愛着は?父に対する反発や信頼は?いったいどこに置いてきたのだろう。あるいはそんなもの、この魂は持ち合わせていなかったのかもしれない。そういう意味では、オレの家に放火した犯人より、オレは非情なのだ。
その非情さが、自分自身が怖かった。母と父が死んでも、ぼんやりとした幸福が途切れ、その延長がなくなったことに悲しみはしたが、反面彼らの幸せの事はこれっぽっちも考えなかった。むしろあったのは怒りだ。
「オレの人生、オレの幸福をどうしてくれるんだ!!」
そんな非情さがあったからこそ、叔母に引き取られたあとも恐ろしかったのだ。叔母は、無表情でニヒリスティックなオレを恐れ、遠くで済む叔父に電話で泣いて相談していたこともあった。
「あの子の気持ちがわからないの」
オレだって、オレがわからない。放火魔のせいにしているが、もし両親が生きていたとして、オレは、まったく違う人間になれたのだろうか。太陽のように笑う、朗らかな人間に。
生まれ変わってからもそれは変わらなかった。むしろこじれて悪化している面もあったと思う。斜に構えて、皮肉ばかり。だから、同性にはひどく嫌われている。
―“性別”そうだ。オレは、女子になっていた。
ふと手足の指先に意識を集中する。
「ピクリ……」
少しだけ動いた。いつもの農作業中でもないし、休日をすごしていたわけではない。では何をしていただろう。私はもうすぐ10歳になる。10歳といえば……そうだ。“祝福の儀式”だ。
そうか、これは“祝福の泉”前世の記憶から、神官が女神が授けた“スキル”を分析する。そういう手はずだった。
水面でむりやり開けたとき、水のなかにざっと手をつっこまれ、そして引き上げられた。心配して体をみると、白装束をきている。裸ではなかった。安心して引き上げてくれたひとのその顔をみると、なつかしさがこみあげてきた。
「ヘリオ……」
“太陽”自分の素質と正反対の名前を付けたこの男―神父、ケローネ。彼はまた顔をくしゃりと歪ませ、困ったような表情で、しかし屈託のない笑みを見せた。彼こそ、私の初めにみた“太陽”だった。
上半身をおこしてみると、頭部に違和感があった。何か、余計な感覚がある気がする、余計というより過剰な……過敏というか……オレはその感覚に手でふれた。オレの頭頂には、ふたつの獣耳、形からしてネコの耳が生えていたのだった。
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