あ、愛人の子……!?

 二人の結婚から、1か月ほどの時が経過した。

 レオンハルトは相変わらずアリアに冷たく接しており、未だ初夜もなし。

 妻としてここにいるというのに、屋敷や使用人を管理する仕事も与えてもらえない。

 これまで妻なしで使用人に任せていたのだから、そのままでいいと言うのだ。

 この時点で、アリアはそれなりに旦那に対して怒りを抱いていた。


(でも、実家への支援は約束通りしてくれるから、我慢してたけど……)


 お屋敷内の、庭がよく見える部屋にて。ここはアリアお気に入りの場所だ。

 公爵家らしい高級なお茶を楽しむアリアは、ふう、とため息をつく。

 大きな窓から見える見事な庭園は、家庭菜園と化していた実家のそれとは全く違う様相だ。

 それまで穏やかな雰囲気だった彼女だが、笑みが深まる。


(流石に、愛人や隠し子の疑惑は看過できないわ……!)


 つい先日、アリアは見つけてしまったのである。こんな疑惑が持ちあがるような、品々の数々を――!



 冷徹旦那のせいで暇を持て余すアリアは、よくお屋敷の敷地を歩いていた。

 元より自然が好きだった彼女は庭を散歩することが多かったのだが、その日は室内を探検……もとい、奥様としてお屋敷内の確認を行っていた。

 もちろん最初の時点で案内は受けているため、どこになにがあるのかは理解している。

 その日のアリアは、客室が並ぶエリアを見て回っていた。

 客人用の部屋なので作りはさほど変わらないのだが、一室一室扉を開けていく。

 そして、一番奥。廊下の突き当りの部屋のドアを開けると、そこには。


「なに、これ……?」


 しつらえそのものは他の客室と変わらないのだが、用途は異なるようだった。

 アクセサリー、衣服、日用品といった女性向けの品に、木馬や積み木。

 まるで、女性への贈り物のような品々と子供用のおもちゃなどが部屋いっぱいに置かれていたのだ。

 妻であるアリアにサプライズで贈るために、この部屋に隠しておいたという風でもない。

 あの男が自分に贈り物をするなど到底考えられないし、初夜すらまだなのに子供用品は気が早すぎる。


 なにかがおかしい。夫は、なにかを自分に隠している。

 アリアは、そう確信した。

 妻の自分には興味がなく、結婚してから一度も触れられていないことに加えて、この状況。

 さらには、彼は帰りが遅い日が多く、仕事外と思われる外出もよくしている。

 プライベートでのお出かけなら妻を伴ったっていいと思うのだが、アリアは一度も同行を許されていない。


 そこから彼女が導き出した答えは――レオンハルトには愛人がおり、隠し子までいる。だった。

 流石にそれは許せない! と怒りに燃えたアリアは、外出するレオンハルトのあとをつけようともしたのだが……。

 相手は若くして騎士団長となった男だ。人の気配には敏感なようで、すぐに見つかって「余計なことをするな」とぽいっと屋敷に戻された。

 

 貴族同士の結婚だ。愛がないことにはまだ目を瞑ることができる。没落貴族のアリアだって、そのくらいは理解できる。

 しかし、妻を放置して愛人の元に遊びに行き、隠し子までいるとなると話は別だ。

 配偶者公認で愛人を持つ者もいるが、アリアが許可を出した覚えはない。それも、この場合は結婚よりも愛人と子供が先だろう。

 アリアは、怒っていた。それはもう、怒り心頭であった。

 愛人と子供の存在を隠して結婚した男に、何度も平手打ちをかましたいレベルの怒りである。


「今日という今日は、問い詰めてやるんだから……!」


 カップを握る手に力が入り、彼女からは怒りのオーラがにじみ出る。

 奥様からどす黒いオーラが放たれたことを感じ取った侍女は、驚きでびくっと身を固くした。



 その日の晩、アリアは玄関ホールの前で仁王立ちしていた。

 愛人・隠し子疑惑のある夫、レオンハルトの帰りを待ち構えているのである。

 使用人から聞かされていた彼の帰宅予定時間は既に過ぎており、アリアの怒りはさらに高まっていく。


(まーた愛人さんとの逢瀬ですか!?)


 騎士団長という立場上、仕事が長引く可能性も十分にあるのだが、もうこんな風にしか思えない。

 どうとっちめてやろうかと考えるアリアの耳に、なんだかいつもとは違うざわめきが届き始め……。なんだろう、と思うと同時に、屋敷の扉が開かれた。

 そうしてようやく現れた、どこか力のない様子の旦那様・レオンハルトの腕の中には、幼い子供――4、5歳ほどだろうか――がいた。


(あ、愛人の子……!?)


 問い詰めてやろうと思っていたらこれだ。

 幼子の突然の登場に、アリアは頭が真っ白になった。

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