#40

 迷宮ダンジョンへ行く為には、色々と事前準備が必要になる。




 まずは装備。


 これまで防具なしで通してきたが、24時間全周囲警戒を続けなければならないダンジョン内では、文字通り死にに行くようなものだ。


 体格上金属プレートメイルアーマーは無理だとしても、軽装のライト・革レザー鎧アーマーでもあれば大きく違うだろう。少なくとも不意の一撃で即死しないようにしておく必要がある。


 そして、鎧を付けるのなら必須の装備がある。




「ミリア。鎧下したぎを作ってくれないか。取り敢えず20着。それから靴下も作ってくれると有り難い」


「わかった! カッコいいのを作るよ」


「いや、誰かに見せるつもりはないから。カッコ良いのより動き易い奴の方が良いな」


「は~い」




 鎧下よろいした。すなわち肌着である。


 前世のアニメなどで、女性冒険者や女騎士が、素肌に鎧を着た画像を散見したが、エロ視線では見て楽しいが、実際には肌が荒れる。特に女性冒険者には鎧下の着用をお勧めする。


 そして長時間の運動の際、汗の処理というのは意外に重要になってくる。それを上手に行えるというだけで、かなり疲労度が変わるのだ。




 革鎧の方は、【リックの武具店】に紹介してもらった革職人の店で、豚革製の軽鎧を仕立ててもらった。豚革製にしては随分値が張るなと思ったら、その材料は豚ではなく実は魔猪ボアで、しかも俺の仕留めた魔猪だった、ということを後になって聞かされた。どうせなら、とこの魔猪由来の魔石(正確にはイノシシを魔猪化させた魔石)を鎧に埋め込んだ。




 靴は鉄を仕込んだ安全靴仕様。これはシンディさんに作ってもらう。シンディさんの知り合いの靴職人に外注を出すそうだが。




かかとにナイフを仕込んだり、つま先から刃が飛び出る仕掛けを付けたりする?」


「……必要ありません。むしろシンプルな方が耐久性は上がりますから。


 炎の上を歩いても火傷せず、刃の上を歩いても怪我をせず、つま先に岩が落ちても大丈夫。そんな靴を作ってください」


「シンプルって言いながら、随分オーバースペックな要求をするんだね」




 武器。


 苦無くないはあと25本追加して、合計50本。


 鉄串は更に1,000本追加して、合計1,250本。


 戦闘用コンバット・ナイフはいつでも取り出せるように。


 アリシアさんから貰った小剣ショートソードは、腰に下げる。


 念の為、クロスボウ2基と矢弾クォレル20本。




 また、秘密兵器もリック親父に作ってもらった。




「お前さんに聞くだけ無駄かもしれんが、こんなもの使えるのか?」


「使えるサイズを注文したつもりだが、親父、手元が狂ったか?」


「んな訳あるか!」


「じゃぁ試してみようか?」


「止めろ。店が壊れる」




 そして旅支度。


 俺の〔無限インベン収納トリー〕は容量限界も時間経過もないのを良いことに、かなり贅沢ぜいたくな内容になってしまった。




 食料関係として、水は160L(当初の予定では現地までの往復を入れて30日間、予備日10日として合計40日分。安全係数を二倍として一日3L計算で合計240L。つまり2バレル分)、肉は生肉25kg、干し肉・塩漬け合計10kg、焼き立てパンを80個。他小麦粉を水で練って固めたもの(=イコールすいとん)を10kg分。塩5kg、胡椒こしょうその他の香辛料は(さすがに高価なので)少々。孤児院の菜園で栽培を始めた香草ハーブ類、少し。ついでに茶葉1kg。酒は強めの蒸留酒を樽で。


 山菜類約10kgと鮮魚は以前から〔無限収納〕に入っていたので、魚は干物と燻製くんせいにした(勿論生魚もある程度は残してある)。


 更に、柑橘類の果汁を砂糖と岩塩で煮込み、完全に水分を飛ばした後粗熱あらねつを取って、一口サイズに切って冷やす。ビタミントローチである。これを約1kg分で200個作った。




 またシンディさんに、トタンのポットを作ってもらう。湯たんぽ……というより、懐炉カイロである。




 ロープ30m、金属ワイヤー100m。念の為木炭と石炭をそれぞれ10kgずつ。大小いくつかの鍋と椀、木の枝を削って作った自作のはし。木のさじなど調理用具。タオル類は多めに。




 その他細々こまごましたものがあるが、どう考えてもこれからダンジョンに向かう冒険者の持ち物ではない。街から街へと渡り歩く商隊の積み荷の内容といっても、違和感がないだろう。




 そして忘れちゃいけない、事前準備で一番大切なこと。


 帰る場所の確保。




 先日作ってもらった弩は単発前提だった為、梃子てこの原理で弓弦ゆんづるを引くレバーを追加装着し、改めてメンテナンスしてもらい故障の可能性を低下させた。


 そして男の子たちを中心に、弩の射撃訓練を行った。




「良いか、これは守る為の武器だ。持ち歩くには大きすぎ、一発撃ったら次を撃つ余裕は多分無い。だから撃つのなら確実に仕留めろ。殺してはいけない相手なら、絶対に撃つな。殺してでも守らなければならないものを守る為にのみ、引き金を引け」




 炭鉱の権利書は商人ギルドに預け、ギルドの遺言ゆいごんサービスを利用して万一の時は権利書をセラさん個人に渡るように手配した。


 帳簿のつけ方は、セラさんとミリアをはじめとする何人かの子供たちに教えた。




 そして、目的地であるダンジョンを決定する。




 ハティスの街からそう遠くない距離には、ダンジョンが三つある。




 ひとつは、東方の森の中、通称『密林の迷宮』。魔獣系の魔物が多く生息する。カランの村近くの蜘蛛の魔物は、この『密林の迷宮』から這い出て来たものと推察される。


 ひとつは、北方の山間やまあい、通称『鬼の迷宮』。鬼系の魔物が生息する。


 ひとつは、南方の森の更に向こうにある湿地帯、通称『水蛇みずちの迷宮』。水棲すいせいの魔物が多く生息する。




 悩んだ挙句、『鬼の迷宮』を選択した。




 感情的には、北には行きたくない。北は、生家があり、実父が住む領都の方向だからだ。


 けれどそんなくだらない理由で自身の行動範囲を狭めていては、いつまでたっても大人になれない。


 それに、俺に最初の敗北を植え付けてくれた「鬼」に対して、本格的に劣等感を抱かずに済むようにする為には、改めて向き合う必要があるだろう。向き合った結果は殺し合いしかないだろうが。




◇◆◇ ◆◇◆




「なあ、本当に一人で行く気か?」


「そのつもりです」


旅団パーティで行くのが普通だぞ。何故あたしを誘わない?」


「一人でやれるところまでやってみたいんです。いずれ行き詰るの事はわかっていますが、その時までは走らせてください。カラン村の時のような無様は晒しません」


「しかし……」


「アリシアさんは院を守ってください。セラさんと子供たちを宜しくお願いします」


「……それは、お前に言われるまでもない」


「有難うございます。土産話を期待してくださいね」




 そうして、俺は再び旅に出る。

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