第63話『ホーミングチーター』

 原因はコミュニケーションエラーだ。僕がしっかりと美座さんに確認しておけば、こんなところでミスは出なかった。


 マップ『市街地』の中央区の南にある東西に貫く大通り。僕がそこに足を踏み入れる前に交差点の手前の建物の窓に寄ったのは、そこからなら化け物スナイパーの有無を確認できるからだ。


 ここからおよそ六百メートル東に位置する廃墟マンション。


 その屋上で、彼は待っている。漁り終わって疲れたプレイヤーの足を掴み、絶望の底へと引き摺り込もうと手ぐすね引いて待っているのだ。


 彼の名はレビンソン。廃墟マンションの屋上に一定の確率で出現するネームドボスで、プレイヤーからは『ホーミングチーター』の名でも親しまれている名狙撃手だ。


 大通りに踏み込んだら死が待っているとさえ言われるくらいに強いレビンソン氏だけれど、そんな彼をリスクを負わずに察知する方法はすでに確立されている。


 それが廃墟マンションの扉が閉じられているか確認する、というもの。双眼鏡でも持ってきていれば容易に確認可能だ。


 スナイパーらしく神経質で几帳面なのか、彼は扉をちゃんと閉めるのだ。単に常識があるとも言える。


 彼がいない日の廃墟マンションはあちらこちらで扉が開け放たれているので、その違いはわかりやすい。そこさえ気をつけていれば死地に身を投じるような事故はなくなる。


 このことを美座さんも知っているものだと決めつけたせいで起こったコミュニケーションエラーだった。


 おそらく美座さんは脱出ポイントの場所について『知ってるよ』と答えていただけであって、レビンソン氏のことは知らなかった、あるいは忘れていたのだろう。ネームドの話をちゃんと出して確認しておくべきだった。


 僕が制止した時にはすでに、美座さんは遮蔽となる建物の影から出て道路を進んでいた。


 それはつまり、彼のキルゾーンに足を踏み入れたということだ。


 どの脇道から大通りに入ったとしても、彼は人類を軽々と凌駕する反応速度で狙いを定め、正確無比な狙撃を行う。プレイヤーの姿を視認してから引き金を引くまでにかかる時間は、六百メートル以上の距離があったとしても三秒を越えることは決してない。スナイパーライフルをどう扱えばこの距離をその短時間で狙えるのかわからないが、実際にやってくるのだから仕方がない。


 美座さんの命は風前の灯だ。助けに行かなければ明確に死が待っている。


 せっかくワークをこなして、今後出てくる納品ワーク用のアイテムも拾ったのだ。ここで死んでしまうのはもったいない。


「間に合うか……」


 アビリティ『兎起鳧挙マズルヴェロシティ』を使って美座さんのすぐ近くまで移動する。このアビリティは完全に静止した時にのみ使用可能で、使うと前方へ数メートル高速移動できるというもの。距離の調整は難しいが、使い慣れているので支障はない。


 ここからが賭けだ。


 僕はレビンソン氏の狙撃の腕を信じている。


 美座さんと彼の間の射線に立ち塞がる。しかしそのままだと僕の頭が弾かれるのでその場で通常ジャンプ。被弾箇所をコントロールする。


 『奴の銃弾は間違いなくホーミングしている』とまでうたわれた抜群の狙撃の腕を持つレビンソン氏であれば、正確に美座さんの頭を狙うと僕は確信している。頭を狙撃するという前提で、その射線上へと自分の体を置く。


 結果はまさしく想像通りで、彼の技術もまた悪名通りだった。三メートル以上にもなる銃弾の落下距離と、銃弾を発射してから美座さんが移動する距離の偏差まで完璧に計算された狙撃だった。やはり紛うことなき化け物である。


 ただ、一つだけ想定外があった。


「美座さん、生きてますか?」


『え……な、なんで? 生きてる……。いや、ジン・ラース、いつの間に私の前に……』


「それならよかった。近くの車まで走ってください。そこなら射線が切れます」


『ヘルメットのバイザー壊れたのに……なんで生きてるんだろ?』


「バイザーがなかったら死んでいましたね。ナイスです」


 体を盾にするつもりで射線に立ち塞がったけれど、兎の体は薄すぎたようだ。見事に貫通した。それでも薄いなりに壁としての機能は果たしたらしく、多少は銃弾の勢いが弱まり、美座さんがつけているヘルメットのバイザーを破壊するに留まった。


 そうやって僕が美座さんへ移動を促している間も、彼は次弾の準備をしているだろう。ワンショットワンキルを信条に掲げるスナイパーだ。仕留め損ねた獲物を今度こそ始末してやろうと躍起になっているはず。


 しかし、僕も同様に反撃の準備をしている。


『ちょっ……ジン・ラース、はやくっ』


「『一角兎アルミラージ』──」


 オリジンアビリティで、レビンソン氏を狙う。


 自動車の影に隠れていれば狙撃はされないが、大通りの中央に転がっている車ではどうやっても美座さんが逃げる時に狙撃される。ここでネームドボスを排除しないと安全に抜けられない。一発撃って次発の装填に取りかかっている今が好機だ。


 廃墟のように荒れてしまっているマンションへと銃口を向ける。遠すぎてマンション自体薄ぼんやりと霞んでいる。


 屋上を見てもレビンソン氏の姿は見えない。当然だ。スコープなしで六百メートルもの距離、見えるわけがない。


 なんならこの距離だとプレイヤーは描画距離とも戦うことになる。描画距離の設定を上げておいてよかった。上げたところでスコープのないピストルだと姿さえ捉えられないのだけれど、それでもいい。


「──見えなくても、そこにいるのはわかってる」


 姿は見えない。でも、レビンソン氏のいる場所はわかる。


 彼は神経質で几帳面な性格だ。扉はいつもちゃんと閉める。狙撃銃のバイポッドを設置する場所も、いつもきっちり寸分違わず同じ位置だ。


 僕は見えないレビンソン氏に向けて発砲。


 その一秒後に、レビンソン氏は二発目を発射した。


 僕の放った銃弾が彼に届くまでには約一・八秒を要する。二発目の射撃阻止はできなかった。


 なんなら本来であれば、六百メートル先のターゲットにピストルを撃っても殺傷するだけの威力はない。しかしオリジンアビリティ『一角兎アルミラージ』は摩訶不思議な力で超常現象を引き起こし、発射された直後の威力そのままに、何かにぶつかるまでただひたすらに直進し続ける。


 兎の、唯一にして最強の遠距離攻撃手段。


「っ……」


 彼の腕は嫌味なくらいに確かなものだ。基本的に頭優先で上半身を狙う。マンション屋上で霞みながらも見えるマズルフラッシュを確認したと同時にしゃがめば、僕の上半身を狙った彼の二発目は空を切る。


 レビンソン氏は六百メートルどころかそれ以上の超遠距離狙撃も、偏差撃ちだってお手の物だが、いくら氏といえど放った後の弾丸を操作する術は持たない。『ホーミングチーター』という称号は、あくまで反則じみた遠距離偏差撃ちに対して送られた蔑称であって、実際に追尾してくるわけではないのだ。


 彼の放った弾丸は、僕がしゃがんですぐに頭上を通り、少し先のアスファルトに着弾した。うむ、実にいい狙いである。


『その傷……もしかして、私を庇って……っ。ごめんっ……ごめん、なさい。ジン・ラース……。わ、私のせいで……っ』


「大丈夫です。ぎりぎり被弾箇所を腹部にできたので問題ありませんよ。美座さんがご無事でなによりです」


 自動車の影に移動して怪我を治療する。


 美座さんには余裕を持って返事をしたけれど、内心冷や汗ものだった。本当に賭けでしかなかった。胸部だったら即死だったし、使われている弾の種類によっては腹部でも死んでいた。今回は運が良かっただけだ。これもまた兎のパッシブアビリティ『幸運兎ラビットフット』のおかげかもしれない。いや違うか。


『ごめん、ほんとにごめんっ……。脱出することばっかりで、ネームドの影響範囲がこの道も入ってること頭から抜けてた……っ、私ほんとばかだっ……』


「気にしすぎですって。そんなに深刻になることありませんよ。人間はずっと集中し続けることなんてできないんですから。これまでできなかったワークを終わらせて、後は脱出するだけともなれば気が抜けてしまうのも仕方ないです」


『だって、私っ……足引っ張ってばっかだ。なんもできてない……』


 悔しそうにつらそうに、今にも泣き出してしまうのではないかと思うほど美座さんは声を震わせていた。何がそんなに彼女を追い詰めているのかわからないのが、余計に僕を動揺させる。


 美座さんに落ち着いてもらうために、いつもよりゆっくりめを意識して話しかけた。


「持ちつ持たれつでいいじゃないですか。今は僕が持つ番、これから美座さんにも頑張ってもらうので問題なしです。パーティってそういうものでしょう? それに今回は美座さんのワークが目的でマップに入ったんですよ? あなたに死なれたら僕が困ります。美座さんには何が何でも生きて帰ってもらわなければ」


 ワークの中には生還できなくてもクリア扱いになるものもあるけれど、美座さんがビルでやっていたワークは生きて帰らなければクリア扱いにならないのだ。死んでしまえば無論、ワークはやり直しとなる。


『っ……やさしいこと言わないで。泣きそう』


「泣かないでください」


『だって、っ……。あのネームドっ、芋スナイパーは遮蔽から出た瞬間私たちのこと撃ってくる……。ここから逃げようとしたら、絶対どっちかは犠牲に……でも……』


「あ。ちょっと待ってくださいね」


 話している間に出血だけは止めたので今すぐ命に別状はない。立ち上がって遮蔽物から頭を出して東の廃墟マンションをじっと見つめる。


『なっ、なにっ、なにしてんのっ』


「……大丈夫なようですね。ちゃんと当てられていたようです。よかった」


 五秒ほど頭を出してもレビンソン氏は僕を撃ってこなかった。兎の角はしっかり彼の頭を貫いていたようだ。


『だい、じょうぶって……も、もしかして……』


「はい。オリジンでやりました」


『さっき撃ってた一発……っ、ここから?! ネームドを?! どれだけ離れてるとっ……』


「およそ六百メートルです。僕も彼が相手でなければ当てることはできませんよ。レビンソンさんが射撃体勢を取る位置は固定されていますからね。見えなくてもどうにかなりました。どうです? キャンプ施設では微妙と仰っていた兎のオリジン、強いでしょう?」


『いや、はぁ……。強いのは、オリジンじゃなくてジン・ラースだよ……』


「オリジンあっての成果ですよ。オリジンの効果がなければこの距離で倒すことは不可能ですから」


『まだ信じられない。ほんっとにすごいんだ、ジン・ラース。すごいよ』


「ふふっ、ありがとうございます。ただ、次もヘッドショットできる自信はないので、賞賛はほどほどに受け取っておきますね」


『いや、ぜんぶ受け取ってよ。できるだけですごいんだから』


「あはは、褒めてもらえるのは嬉……っ。美座さん、こちらへ」


『えっ、急になに?』


 体力を回復したら脱出ポイントに向かおうと考えていたけれど、この絶望の街は簡単には逃してくれないらしい。


 鋭敏な兎の耳が異音をキャッチした。


 美座さんと一緒に横転自動車の西側から南側に移動して、すぐのことだった。


「……そんな脇道から出てくることあるのか……」


 僕らから北に五十メートルほどの脇道から強化兵士が顔を出した。しかも、一人ではない。


『強化兵士! この数、もしかして……』


「ええ。おそらく警邏部隊だと思います。彼らは大きな道ばかり通っていると思っていたのですが、脇道から出てくることがあるとは……」


 三人一組で中央区を練り歩く強化兵士の部隊だ。しっかりと連携まで取ってくるので苦戦を強いられることになる。


『撃ってきたっ……なんでもう居場所ばれてるの?』


「……もしかすると、さっきの銃声を聞いて、プレイヤーがレビンソンさんと戦っていると判断して、わざわざ回り道して脇道から挟撃しようとしたのかもしれません」


『あいつらそんなことしてくるの?』


「警邏は、プレイヤーを発見した時には三人のうち二人が遮蔽物を使って戦って時間を稼ぎ、一人が路地裏に回って挟もうとすることがあります。脇道に入って挟撃という考え方自体はプレイヤー発見時と同一のものです。ありえない話ではありません。美座さん、今は絶対顔出さないでくださいね」


 わずかに途切れた銃撃の合間を縫うようにピークしてグレネードを投げ込む。それを見た警邏は三人とも急いで脇道に戻っていった。


 グレネードを見逃してうっかり爆殺されてくれればそれが一番ではあるけれど、彼らはそこまで愚かではない。とりあえず今は引っ込んでくれればそれでいい。


 三人に広がって攻められると、この横転した自動車程度の遮蔽では身を守れない。脇道から出てこれないように頭を押さえておかなければ、こちらは数的不利を押しつけられる。


『もう顔出しても大丈夫? この距離なら私だってっ……』


「美座さんは全速力で脱出ポイントへ。僕は彼らが追ってこないようにここで引きつけておきます」


『なっ、なんで? あいつら倒して、安全に二人で脱出すればいいじゃん』


「数的不利の状況で正面から戦うのは分が悪いです。奇襲か、せめて屋内であれば人数差を覆すこともできるんですけどね。屋外では彼らの撃ち合い以外のフィジカルの強さも発揮されてしまうので難しいです」


『二人で難しいならジン・ラースが一人残ったって勝てないんじゃないの?』


「いえ、勝てますよ」


『っ……わ、私みたいな足手纏い……っ、いないほうが……っ、やりやすい……って、こと?』


 とても傷ついたように、声を震わせて美座さんは言う。今にも泣き出してしまいそうな潤みを帯びた声色だったので面食らった。


「いや、いやいや、違いますよ。なんでそうなるんですか」


『だっ、だってっ……私がいたら勝てないのにっ、一人なら勝てるってっ』


「……ああ、なるほど」


 そう美座さんに叱られて、僕はまた言葉が足りていなかったことに気がついた。


『わた、私だってっ……役に、立てないのは、わかってるけどっ……』


「違います、違いますよ。勝てると言ったのは、僕らの今回の勝利条件が『ワークをこなす』ことと『美座さんの生還』だからです。美座さんが生きて脱出さえすれば、あとはどうなったって僕らの勝ちなんです」


『……それでジン・ラースが死んでも? それでも勝ちなの?』


「もちろん。最善の結果とは言えませんが、次善の結果とは言えます。貴弾などでしたら勝利条件はわかりやすいんですけどね。『最後まで生き残る』という、とても簡潔なものです。ADZは多少毛色が異なっていて、言うなれば『目的を達成する』というところでしょうか。目的によっては、生きて帰る必要がない、という点が大きな違いです」


 今回美座さんが受けたワークは生きて帰ることも条件に含まれているけれど、達成さえすれば死んでしまっても問題ないワークもある。


 要は、目的さえ果たしてしまえば、その後はどうなろうと構いはしないのだ。


 言うまでもなく装備はロストしたくないので、なるべくなら生きて帰りたいという気持ちはある。でも生き残ることに必死になるあまり、優先順位や目的を見失っては元も子もない。


『そんなの……ジン・ラースが損するだけじゃん』


「損というほど損ではありませんけどね。僕としては、美座さんが死んでしまうほうが損が大きい」


 美座さんは厄介なワークを終えたし、バッグには売値の高いアイテムをしこたま詰め込んでいる。例のビルにてサブマシンガンも鹵獲できたし、今後出てくるワークで使う『survived』品しか認められないアイテムも拾えた。ロストしたくない程度にはいい装備を身につけている。命の価値がとても重くなっているのだ。


 対して僕は、ワークは受けていないし、アイテムは大量には持てないし、持ってきている装備も安価。しかも自宅の倉庫には日の目を見る機会のない装備たちがまだまだ眠っている。


 足止めとして駒を置くのなら、どこからどうみても僕が適任だ。


『っ、そ……それは、ずるくない? そんなの、だって……私、なにも言えないじゃん……』


「さっきの一パーティワンパを無視して二人で逃げようにも、どうしたって兎のほうが早いので虎を置き去りにしちゃうんです。なので美座さんに先に脱出ポイントに向かってもらって、あとから僕が追いかけます。地下通路の入り口に着いたら教えてもらってもいいですか?」


『……わかった。ジン・ラース、死んじゃだめだよ。すぐに追いついてね。危なくなったらすぐ逃げて。一人で逃げるだけなら兎ならできるでしょ? 死んじゃだめだからね』


「ふふっ、ありがとうございます。頑張りますね。死んでもいいとはいえ、僕だって死にたいわけではないですからね。地下通路でまた会いましょう」


『待ってるから。絶対だからね』


「あははっ、はい。絶対です。もう一度グレ投げるので、そのタイミングで走ってください」


『んっ』


 妙に念押しする美座さんに少し笑ってしまいながら、僕は敵兵が引っ込んだ路地へと目を向ける。


 彼らがピークし出したタイミングで、もう一つグレネードを放り込む。


 美座さんの足音を聞きながらピストルを構える。構える方向は敵兵がやってきた北側ではなく、そこからずれた北北西方向。


「足を止めずに走ってください。大丈夫です」


 駆け出した美座さんに、追加で指示を出す。


『なにが……っ。わ、わかったっ』


 警邏部隊が姿を隠した路地は、交差点角の建物の裏を通って北北西の路地にも繋がっている。


 二つ目のグレネードを投げた時、敵兵からはグレネードへの注意喚起の声が二人分しか聞こえなかった。なのでもう一人は別のルートから射線を広げようとしているのだろうと予想はついていた。


 北北西の路地から姿を現した敵兵は近くにいる美座さんを狙うが、僕はその敵兵を撃つことができない。自販機みたいな室外機みたいな、よくわからない物体が遮蔽になって、射線が通らないのだ。


 だが、こういう時のためのアビリティも存在する。


「『招鳥デコイバード』」


 だんっ、だんっ、だんっ、と地面を蹴るスタンピングモーション。このアビリティの効果は、範囲内の敵兵のヘイトを強制的にこちらへ向けさせるというもの。


 敵に包囲されて困っている同志を救援する時によく使うアビリティだ。


 今回もしっかりと効果を発揮したようで、美座さんを狙っていた敵兵は遮蔽から身を乗り出してこちらに銃口を向けようとする。


 わざわざ姿を現してくれたので撃たれる前に数発入れておいた。敵兵はダメージに怯んで銃を撃つことなく路地裏の暗がりへと戻っていく。


 おそらく美座さんの視点だと右端のほうに敵兵の姿がちらりと見えただろうけれど、僕の言葉を信じて走り抜けてくれた。よかった。


 いや、今は美座さんよりも自分の心配だ。


「っ……」


 北側の路地から跳び出す人影。


 まさしく文字通りに跳んでいる。路地で助走をつけて、路地を抜ける瞬間にジャンプしてエイムを振り切るのが狙いなのだろう。


 二階くらいの高さまで跳んでいるのに距離も出ているあたり、強化兵士の異常性がうかがえる。


「それくらいでは……っ」


 動きが速くてもエイムは追える。武器の軽さと取り回しの良さがピストルの強みだ。


 一発二発と当ててこのまま削り切れるかな、とも思ったけれど横転自動車の影に引っ込む。足音を拾ったのだ。


 車に隠れるやすぐに銃弾の雨がボンネットを叩く。北の路地裏に残っていた敵兵のアサルトライフルだ。


 壁代わりに使っている車の燃料に引火して爆発しそうで怖い。着弾時の音の数がピストルとは比べ物にならない。


 一人倒せればここからの立ち回りが楽になる、なんて考えてさっきの敵兵を深追いしていたらここで死んでいた。危ない。


『ジン・ラースっ?! そっち大丈夫っ?! すごい銃声がここまで聞こえてるけど……』


「っ……はい、はい、こちらジン・ラース、ただいま『市街地』は中央区、南西の大通りの現場から中継しています。時折銃弾の雨が降っておりますが、事前の予報ほど荒れてはいないようです。風向きは北から南、僕への向かい風といった印象です」


『なっ、なんであんたはそんな余裕なのっ。ほんっ……ほんと、それで死んだら許さないからっ。ばかっ』


「はい、わかりました。気をつけて帰りたいと思います。現場からは以上です、スタジオにお返しします」


『うるさいっ……それにどちらかというと私のほうも現場みたいなもんだよっ』


「あははっ。現場っ、たしかにそうですね」


 美座さんの激励を受けながら遮蔽物の陰でマガジンを交換する。


 残りの弾薬はこのマガジンの十二発と半端に九発残っているマガジンのみ。


 死の足音は着実に僕に近づいている。

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