第百十話 猟兵少女は俯いた
夜の一時を回ったところだろうか。
ファーリちゃんに呼び出された俺は、バーで二人席に腰掛け、彼女と向かい合わせになる。
「ごめんね、ジィンお兄ちゃん。夜中に呼び出して、眠かったよね」
「ふぁぁ……。ああ、眠かったけど、ファーリちゃんがわざわざ話したいって言うならいいよ。ここまでついて来てもらうことになったのも、元はと言えば俺が余計なことしたからだし」
俺はバーのマスターに、リンゴジュースを一瓶だけ注文し、コップを二つ持って来てもらうように言う。
「……今更、『獣道』のことは恨んでない。皆、ベルメリアの警備兵って仕事に満足してるって、たまにお手紙が来てる。だからもう、今はただの仲間」
「そう……か。俺が言うのも違うと思うけど、とりあえず良かった。それで、わざわざこの時間に俺をバーに呼び出した理由は?」
「二人で、話がしたかった。おいら達の部屋だと、他の誰かが話し声に反応して、様子を見に来るかもしれない。バーなら、パーティーの仲間が来てもすぐ気づける」
「ああ、そういうこと。……ってことは、そう軽い話じゃあないんだな」
ファーリちゃんは、コップに注いだリンゴジュースを口に運び、話を切り出す。
「正解。……おいらが、強化人間だっていうことは、知ってると思う」
「ああ。俺が死んだあの森で……」
「ん、そう。それでね、この力のことで、ちょっと相談したいことがあって」
「相談?俺、別に強化人間のことよく知ってる訳じゃないけど」
「そういう理由じゃない。最初から強化人間のことを何故か知ってたっていうのもあるけど……多分それは、前に話してくれた、ジィンお兄ちゃんがジィンお兄ちゃんじゃなかった頃の記憶だと思うから……おいらとか、革命団の人達の『強化人間』とは、違うかもしれない。ただ、話し相手はジィンお兄ちゃんが良かったってだけ」
「ああ、そう……?そりゃあどうも?」
理由は分からないが、信頼してもらえていると捉えて良いのだろうか。
「それでね、話したいことなんだけど。……おいら、最後まで旅について行けるか分からなくなっちゃった」
「はい?」
衝撃の告白に、思わず俺は手に持っていたコップを置く。
「強化人間っていうのは、魔術とか錬金術とか……そういうもので、身体とか心とかを無理矢理、普通の人間より強くした人のことを言うの」
「それは……俺が知ってる『強化人間』と同じだな」
「だったら、話が早い。……おいらも、その強化人間ってことは、やっぱりどこかで無理してるってこと。フラッグ革命団の強化人間は、心がおかしくなってた」
そういえば、俺達が戦った強化人間は皆、ハイになっていたような。
「……ってことは、ファーリちゃんも?」
「ん。おいらが無理をしてると思うのは、心だけじゃなくて身体も。でも、心の方は……ジィンお兄ちゃんが死んじゃった時に治った。心なのか身体なのかも分からないけど……今まで、悲しくても怒ってても、泣けなかったけど……あの時、初めて泣いたから」
「それは……反応に困るな」
「ごめん。……でも、問題はそれじゃない。今、おいらが困ってるのは……もっと、細かいことだけど、よく考えてみればおかしいこと」
「細かいこと?些細な悩み的な?」
「ん。それ。些細。……ねぇ、ジィンお兄ちゃん。おいらと出会ってから……大っきくなったって、一回でも一回言ってくれたこと、あったっけ」
「大きくなった?……ああ、確かに無いかも。ってか、出会った時と比べても身長そんなに変わったか……?」
小学四年生といえば、まさに女子の身長が人によっては急に伸び始める、そんな時期でもおかしくないだろう。
そうでなくとも、少しくらい伸びても良いものである。
「そこが問題。……おいら、まだ十歳だから、身長は伸びて当たり前。でも、おいらは全然伸びてる気がしない」
「無理な強化が、それに関係しているってことか?」
「んん……。そして、身長が伸びないってことは、身体がこれ以上強くなれないってことかもしれない」
「だから、旅について行けないかもしれないって?」
「足を引っ張るのは嫌だから」
「……はぁ。ファーリちゃん。この際だからハッキリ言っておこうと思うけど。まず第一に、俺がファーリちゃんをパーティに入れてる理由は、力の問題じゃないってこと」
「そ……?」
「第二は、俺が『獣道』の在り方を変えてしまったって責任。ファーリちゃんは恨んでないって言ってくれたけど、俺はどうしても、そこに責任を感じてならない。そして第三は……もう、ファーリちゃんは一人の仲間だと思ってるし、かわいい妹分だとも思ってるし……友達だとも、思ってるから」
「……おいらが」
「ああ、そうだとも。ガラテヤ様も、マーズさんも、きっとそう思ってる。マーズさんに関しては、もっとあるかもしれないけど……。そもそも俺は、ファーリちゃんを弱いと思ったことは無いし、もしファーリちゃんが弱かったとしても、危ない時に下がっていてもらうことはあるかもしれないけど、パーティからクビにすることは絶対に無い」
「……っ!」
「だから、心配しなくて良い。ファーリちゃんが嫌だったり、無理をしていたりしない限り……俺達は、ファーリちゃんを連れて行く」
「……うん」
ファーリちゃんは席を立ち、座ったままの俺に右から抱きついてきた。
「おいおい」
「……ありがとう、ジィンお兄ちゃん」
「感謝されることでも無いよ。……あれ?泣いてる?」
「ん……!泣く。泣いてる。おいら、泣き虫になっちゃった」
「子供はそれくらいがちょうど良いよ。その方がかわいい」
「へ?」
「孫が出来たみたいで」
よく考えてみれば、生きた合計年数の比だけで考えれば、すっかりお爺ちゃんと孫である。
「むぅ。……納得いかない」
ファーリちゃんはふん、と腕を組み、再び席に戻ってしまった。
「何かマズいこと言っちゃったかな」
「……女心は難しいって、ガラテヤお姉ちゃんが教えてくれた。今のおいらが、それ」
「わからん」
「でも、そんなところがジィンお兄ちゃんらしいって思う。……話聞いてもらってたら、眠くなってきちゃった。おいら、そろそろ戻るね」
ファーリちゃんはリンゴジュースを飲み干し、瓶に残ったジュースを全て俺のコップに注ぎ終えてから、席を立つ。
「んぐ、んぐ……多いな、一瓶って……」
「今日はありがとう。お休み」
「ああ、お休み」
「ん。……ジィンお兄ちゃん、大好き」
ファーリちゃんはこちらに投げキッスをして、部屋へ戻っていく。
ファーリちゃんの身長及び肉体の成長がどうなるかは分からないが、とりあえず、不安だけでも解消できたようで何よりであった。
……それにしても、投げキッスなんてどこで覚えたのだろうか。
これは後ほど、誰が教えたのかを聞いてみなければならないかもしれない。
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