第八十六話 置き土産とお出迎え

 歩くこと数十分。


 山頂まで二合以上の距離があるが、アジトと思しき洞窟は、意外にも早く姿を現した。


「思ったより下にあった」


「割とすぐだったわね」


「入り口、大きい」


「結社の残党にしては、不用心な玄関口だな」


 周囲には特に何の仕掛けも無く、いかにも普通の洞窟といった具合である。


 そちらの方が「逆にバレない」と思ったのだろうか。

 確かに誰も情報を漏らさなければ、そうなのかもしれないが……実際には、組織の元メンバーどころか元リーダーであるバグラディが脱走しているため、その「仕掛けないことが仕掛け」という作戦は裏目に出ているようだ。


 そもそもテロリストの残党を探している人間が、こんなにも分かりやすい洞窟を、あえて「こんなに普通の洞窟なんだからテロリストのアジトなハズ無いだろう」とスルーするものだろうか。


 考えてみれば、分かることだった。

 バグラディと出会うまで、フラッグ革命団の前身であるバグラディ革命団の名は、耳にすることさえ無かったのだ。


 突然現れ、突然戦いを仕掛けたかと思えば、突然数を減らして行方をくらませたテロリスト達。


 実験や思索を繰り返し、理想を練り固めるだけ練り固めて、やっとのことで強化人間を用いた一斉攻撃、まさに「革命」……もといテロ行為へと走ったのだろうか。

 奴らは規模の割に現場慣れしていないのかもしれないと、思い始めてきた。


 眼前にあるオープンなアジトもそうだが、一時的に敵へ損害を与えることができるとはいえ、貴重な強化人間をただの爆弾にしてしまったという点からも、それが滲み出ているような気がする。


 俺が言うのも何だが、あの戦いからは逃げた上で強化人間を用いたテロ行為を繰り返せば、国を少しばかり弱体化させるくらいは十分に出来たハズだ。

 国家という「数の暴力」に勝てる見込みが無い以上、国の「莫大だが各地へ散っている」力の集合が間に合わないようなヒットアンドアウェイに徹しておけば良かったのである。


 もっとも、今はそれをされていなくて今は本当に良かったと思っているが。


 そんな素人丸出しのテロリストが巣食う洞窟へ、俺達は足を踏み入れる。

 中はいかにも普通の洞窟といった具合であり、岩石と小さな川に囲まれた空間であった。


 しかし中は意外にも広いようで、入り口付近を探索しただけでは、特に人間のものらしき痕跡を見つけることはできなかった。


 ただ一つを除いて。


「……何だこれ」


「見りゃ分かんだろ、石だよ。暇潰しで作ってたものを、脱走する時に撒き散らしておいたんだ。巻きグソの形に作ったら目立つだろ、ゴールまでの良い目印になると思わねェか?」


 絵に描いたようなウンコ……にしたかったのだろうなという気概を感じることができる、歪な形をした、元は直径一〇~二〇センチメートル程であっただろう石が、所々に転がっていた。


「その目印、誰に向けたの?」


「お、良い質問するじゃねェか、チビ。仮にオレが殺されても、いずれ辿り着く誰かが、『バグラディ革命団の残りカス』を踏み潰してくれると思ってよ。出来ることは全部やっておきてェのさ。……捕まったというだけでオレを捨て、革命団の名前から『バグラディ』を消した裏切り者共を滅ぼすために、妥協はしねェつもりだ」


 あの石は道標として目立たせるために、あえてギャグみたいなウンコの形にしていたらしい。

 現役リーダーの頃は、指導者としてそれなりに頑張っていたのか、団体から切られてしまった恨みは中々に深いようである。


「裏切り者、ねぇ。……どうかしら」


「監獄で情報をバラしたのは、俺が革命団に捨てられたと判明してからだ。先に裏切ったのは俺じゃあねェよ」


 ガラテヤ様のため息に次いで、マーズさんがバグラディの側へ寄る。


「そうか。……バグラディ・ガレア。君は、何者として動いているつもりなのだ?何のために革命団のリーダーとして動き、そして今、彼らと戦っている?」


「ア?こんな時に聞くか、恩人さんよォ」


「ああ、大切な事なのだ。あの山で……まだ、革命団のリーダーを務めていた時、君の刃からは信念を感じた。だが……さっきの君は何だ?あの雑兵達に追い詰められていた君は、正直言って腑抜けも良いところだった」


 硬い口調の割に柔らかい人当たりでお馴染みのマーズさんにしては珍しく、口調の硬さ相応の厳しい言葉である。


「ハン、そうかよ」


「それとも何だ?かつての同志を相手に情が湧いたか?」


「チッ。勘の良い奴だ。……そうだよ、そうだとも。オレは甘ェんだ、クソ」


「優しいのだな、君は。……だが、そうなると更に疑問だ」


「何がだよ。言ってみろ」


「君が革命団なんてものを作って、武力に訴えた理由だよ」


「ハッ。お気楽なもんだな、騎士家のお嬢様は」


「な、何を……!」


「別にお前だけを取り上げて馬鹿にしたい訳じゃあ無ェよ。ついこの前までのオレと同じだったから親近感が湧いたぜェ。よォく分かった。方向性は違うが、お互い知らねェことは知らねェんだとな」


「……何を言いたい?」


「言い訳に聞こえるだろうが、オレに自らが悪だという自覚は無かった。本当に、権力そのものが悪だと、それ以上もそれ以外も無いと、そう思っていた」


「へー。『そういうのが一番タチ悪い』って、猟兵だった頃の仲間も言ってた」


「ああ、その仲間とやらの言う通りだ、チビ。オレは、オレと同じような……生まれながらの強者に搾取される人生を送る奴を一人でも少なくしたくて、動いていたつもりだったんだ」


「……でも、悪になっていたのは自分達の方だった。だろ?」


「あぁ。結果として、俺の選択は間違っていたんだろうよ。それでも俺なりに、何も知らねェ俺なりに、考えた末に動いてやってたんだよ。マーズ・バーン・ロックスティラ。あんたがオレのような『持たざる者』がいかに無知かを知らなかったように、オレもオレ達のような持たざる者を救う方法を知らなかった。……だから、武力に訴えるしか思いつかなかった」


「個人的な文句はともかく……無理はないわね」


 つまりは、「権力は悪」という考え方だけで、「アナーキズムを掲げる過激派団体」を作ったということであろう。

 そして権力を振るう側で生きてきた人間は、権力を振るわれてきた人々の無知を知らず、また権力を振るわれてきた側の人間は、権力を振るう側の苦労を知らない。


 バグラディが居た頃の革命団が生まれてしまった原因は、互いを理解できない人間達にのる社会の歯車が、見事なまでに噛み合わなかった結果である、というだけなのだろう。


「……だが、その団体は今や乗っ取られ、革命団は悪どい権力者を潰して貧困と搾取に苦しむ奴らを救う山賊から、ガキを爆弾にして強盗と殺人を行う、ただの悪どい山賊になっちまった。だから、オレは創設者として、道を間違えた革命団を潰さにゃあならねェ。そう、決心したハズなのになァ……情け無ェ」


「そうか」


 マーズさんは一度うなずいて、すぐに洞窟内の探索に戻る。


「何だよ、聞いといて素っ気無ェな。感想の一つでも言ってみたらどうだ?」


「……なら、『少しだけ、君を信じても良いと思った』と、そう言わせてもらおう」


 勝手に何を言ってくれているのだ、と言ってやりたいところだが、マーズさんが純粋な瞳でこのセリフを言った直後に、茶々を入れる気にはなれなかった。


「……ケッ。クソッ、調子狂うな……。後悔すんなよ、箱入り娘が」


 そして、バグラディの方もマーズさんには強く言い返せないようだ。

 理由は分からないが、何か人間同士、波長のようなものが合うのだろうか。


 俺達はバグラディが撒いた石を辿って、奥へ奥へと進んでいく。


 何度か革命団員の姿を目にすることはあったが、彼らは全員油断していたため、力ずくで寝かしつけておくのに苦労はしなかった。


 そして数十分後。

 洞窟をゆっくり、ゆっくりと先へ進み、俺達はとうとう、このアジトを管理しているであろう「ボス」の姿を目にした。


「やぁ。久しぶり……いや、少しぶりか。待ってたよ。ジィン」


「……ああ、少しぶりだな。元気してたか?」


「元気だよ、おかげさまでね」


「よく、その面を下げていられるものね」


「ん。……許せない。頼まれても許さないし、許すつもりも無い」


「ご丁寧にお出迎えとはな、ロディア。……元仲間に向けた、情けのつもりか?」


「いやあ、僕のことを仲間だと思ってくれていたなんて嬉しいよ、マーズさん。僕は最初っから、君ごとき人間に興味なんか無かったけど」


「……貴様」


 俺達は消耗しているバグラディを控えさせ、四人で陣形を組む。


 今目の前にいるのは、俺を一度は殺し、そしてパーティを裏切った魔法使い。


 いつから裏切りを画策していたのか、元から仲間でいる気は無かったのか、そもそも俺達及びその関係者を狙って近づいて来たのか。

 その理由こそ分からないが、今の俺達にとって、少なくとも倒すべき敵である、あの男。


「じゃあ、改めて自己紹介しようか。……僕はロディア・マルコシアス。君達の敵で、君達と同じようなものだよ」


 ロディア・マルコシアス。

 以前にも増して余裕に満ち溢れ、パーティに居た頃とは見違える程の貫禄を感じる、この青年こそが、俺の仇敵であり、テロリストとして姿を隠していた、フラッグ革命団残党を率いる者であった。

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