第八十一話 少女の過去
「おいらも、強化人間なんだと思う」
衝撃の一言が、ファーリちゃんの口から飛び出す。
しかし俺も含めた三人とも、取り乱すことは無かった。
「詳しく聞かせてくれ」
「ん。……おいら、首が取れても動くケウキと戦った時、ちょっと無理してた。前から雷の魔法で動きを速くして戦うのが普通だったけど、まさか無理したら、あんなに雷をバチバチ出しながら動けるなんて思ってなくて」
「今までとは見違えるほど強かったわよ」
「……それで、無理しようと思って全身の魔力を解放したら、思い出した。おいらが『獣道』の皆に拾ってもらう前の記憶」
言われてみれば、ファーリちゃんの過去について「仲間に育ててもらった」以上のことを聞いたことは無かったような。
猟兵に拾われる前は強化人間を作るどこかしらの組織に飼われていたと、そういうことだろうか。
「その前の記憶っていうのが……」
「そう。……全部は思い出せないけど、昔……暗い部屋で、この力を使わされた記憶を思い出したの。硬い紐と石で縛りつけられて、何回も、何回も、鞭で叩かれながら……魔力がすっからかんになるまで力を使わされた」
「……えげつないことを」
「そいつらが今のフラッグ革命団員なのか、そことは別の強化人間を作って売るのが専門の人だったのかは分からないけど、とにかく、おいらは……昔に作られた強化人間だったんだと思う」
ファーリちゃんは他の強化人間よりも若い。
そして、フラッグ革命団の強化人間が残していた貴重な「ガキ共の実験で得た成果を元に、比較的安定した手段と魔法で肉体を強化したのよォ」という言葉。
それがいつの話かは分からないが、その「何とか無事だった非検体」だったのだろう。
「強化人間に関わってる奴ってのはどいつもこいつも……」
「皆、真面目で酷い人だった。だからおいら、右も左も分からなかったけど、頑張って逃げて来たんだ。何回も力を使わされる内に、使い方を覚えてきて……その力を使ってきて、何とか暗い場所から逃げ出して、そこを『獣道』の皆に拾ってもらったの。その時に無理したせいで、しばらく意識も無いまま寝たきりになっちゃって……。それからケウキとの戦いまで、強化人間として飼われてた時の記憶を忘れてたみたい」
猟兵達に拾われたのが「何かのきっかけが無ければ思い出せない程に昔のこと」なのか、「心を守るために本能が封じていた記憶」なのかは分からないが、前者の場合は、それこそ「試作型」の可能性も考えられる。
いずれにせよ、ファーリちゃんは想像の数十倍から数百倍は壮絶な過去を持っていたということだけは間違いないだろう。
「ありがとう、全部話してくれて。辛かったでしょう?」
「うん。辛かった。思い出すだけでも、全身が針で刺されてるみたいに痛くなる。……でも思い出したことは、いつか話さなきゃいけなかったと思うから」
「……決めた」
おもむろに立ち上がるマーズさん。
「どうしたの、マーズお姉ちゃん」
「ファーリちゃん。もし、遠い将来にパーティが解散することになったとしても、困ったらいつでも私のところに来い」
「仲間にこんなことを言うのは違うかもしれないけど……同情してくれなくても良いのに」
「いいや、これは私の、心からの願いだ。……私は生涯、君の味方であることを誓おう。君さえ良ければ、だが」
そう言うと、再び膝をついてファーリちゃんの左手を握る。
「わっ。これは、うーんと。……騎士様?」
「ああ。君さえ良ければ、今日から私は君の騎士だ。どうかな、ファーリちゃん」
「んと。じゃ、じゃあ、これからよろしく。マーズお姉ちゃん」
そして、ファーリちゃんは少し慌てた様子を見せながらも、その頭に右手を置いた。
「はうっ!ご、ご主人様……ファーリちゃんが、ご主人様……」
マーズさんは何故か息を荒げながら、その左手にそっと口づけをする。
「マーズさん?」
「ハァ、ハァ……大丈夫だ。これで契約成立……ハァ、騎士……私がファーリちゃんの騎士……ゲホッゲホォ!」
「マーズ、自分の部屋に戻りなさい。これ以上荒ぶる前に」
「そ、そうだな……そうしよう、それが良い……じゃあまた明日、会おう……ぶはっ」
「じゃあ、一旦解散にして各々の部屋に戻ろうか。俺も部屋に帰るよ。また明日、エントランスで」
「ん。また明日」
その夜は、ガラテヤ様がマーズさんの肩を持って行って終わった。
翌日。
枕を鼻血まみれにした状態のマーズさんが部屋で見つかったのは、言うまでも無い。
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