第七十八話 命綱
医務室にて。
ベッドで眠り込んでしまったガラテヤ様と合わせて俺の身体を調べるメイラークム先生は、間もなく眉をしかめた。
「……ジィン君。本当によく分からないのだけれど……。貴方、まだ死んでるわね」
「はい?」
何を言っているのか分からなかった。
「死んでるの。貴方は」
「でも生きてますよ?いや、正しくは生き返りましたけど」
「いや。死んでるのよ。頭は動いてる、息もしてる。でも、自分一人の力で心臓を動かせていないのよ。魔力もそう」
ペースメーカーを入れた覚えは無い。
そもそも、この世界にペースメーカーは無い。
「よ、よく分かりませんけど……一旦受け入れときます」
この世界の、この状況において何を言っているかはサッパリ分からないが……とりあえず話を聞くだけ聞いてみることにした。
「でも、ジィン君の言う通り……というか、火を見るより明らかなのだけれど、貴方は生きてる。そこで私は、死んだ貴方の側にずっといたジィン君のご主人様のガラテヤちゃんに焦点を当てたの。……何か、違和感みたいなのを感じたって話も聞いてたし」
「そうなんですか……いやあ、マジでガラテヤ様に心配かけて申し訳ないですね」
「本当よ。こちらから促さないと、ご飯どころかお水も飲まなかったんだから。……そしてここからが、貴方が今こうして動けていることの理由よ。絶対とは言えないけれど、おそらくそうと思われる原因が見つかったの」
「心して聞きます」
ガラテヤ様が何かしたということなのだろうか?
しかし、死んでいた俺には何のことか分からない。
俺が死んでいる間に、何があったと言うのだろうか。
「貴方は、ガラテヤちゃんによって生かされている。……この意味が理解できる?」
「ガラテヤ様が馬だとして、俺は馬車に引かれてる荷台と同じ状態ってことですか?」
やはり、ガラテヤ様が俺のペースメーカーになってくれているということだろうか。
ペースメーカー以外に、この世界の常識の範疇にあるもので何を言えば良いのか分からなかったが、とりあえずそういうことなのだろう。
「大体合ってるわ。ただ、荷台が馬の力を借りつつも独立して動いているという点では、少し違うのだけれど」
「ま、何となく分かりました。……で、ガラテヤ様の何がどうしてそんな」
「私もそう思ったわ。でも、一つだけ、原因と思しきものがものが見つかったのよ。それが、ガラテヤちゃんと貴方の魔力。何か、心当たりは?」
「ありますね」
「でしょう?前々から気になっていた、霊の力?とかいう魔力……アレ、貴方達以外が使ってるところ、見たこと無いのよ」
霊の力。
風の力とは比較にならない程に強力だが、使ったが最後、まともに身体が動かなくなる程に消耗する力のことである。
今までは、勝手に「風の力が行き過ぎると霊の力になる」のだろうと思っていたが……どうやら、そういうことでは無かったらしい。
クダリ仙人は言っていた。
軽い口調で、「……君の他に、『その力を使える人が一人いた』よネ?『彼女』は『まだ未熟』だけど、もしかしたら……何とかなるかもしれないよネー」と。
あの人が俺にこの話をしたということは、まずはその「力を使える人は俺の知人」であるということだ。
そして、その人は女性であり、俺よりは力を使い慣れていない。
鍵というのは、この力に対するヒントのことか。
或いは、ガラテヤ様のことを指すのか。
クダリ仙人が世界或いは誰かの何をイジくり回したのかは知らないが、俺にプレゼントしてくれた鍵というのは、この一連の騒動に関する何かなのだろうと、俺は勝手にそう思うことにした。
そして、その力が俺の蘇生に関係している。
「この力が、どうして俺を生かしているか……分かるんですか?」
「ええ。単刀直入に言うわ」
「お願いします」
「ガラテヤちゃんは、ずっとジィン君の遺体と一緒にいた。少なくとも意識がある間は、隙あらばジィン君の元にいたの」
「そんなにも」
「ええ。そして昨日の夜と葬儀中に、魔力が一気に抜ける瞬間があったと、ガラテヤちゃんが教えてくれたの。さらにどちらも、ジィン君に密着していたタイミングで」
「何となく察しがついてきましたけど……俺が原因ですよね?」
「そう。原因は貴方。貴方というか、貴方の魔力よ。それはつまり、『霊の力というモノが何か』を表すことになる」
「……何でしょう」
「これは状況証拠から推理したものだけれど、霊の力というのは、つまり」
俺を今生かしている、ガラテヤ様と霊の力。
それは、「ガラテヤ様の魂と俺の魂が繋がったことにより、死んだ肉体に仮初の命が戻った」ということ……なのだそうだ。
「そんなことが、可能なんですか」
「さあ?でも、貴方は生き返っている。そして、ジィン君とガラテヤちゃんに他の人間と決定的に違くて、かつ生命に関係する要素があるといえば、それくらいしか見当たらないのよ」
どの魔力にも該当しない「霊の力」、それ以外に形容しようが無いもの。
それが魂の力であり、何かしらの関係で風の力そっくりの形で現れることもあるということであるならば、確かに説明はつく。
「なる、ほど……」
「すぐに受け入れてもらえなくても良いわ。私が自分の勘違いと妄想を信じ切っているだけかもしれないし。でも、その可能性は十分にあるとだけ、覚えておいて欲しい」
「は、はい」
「そして、これが本当だったらの話だけど……命が惜しければ、ガラテヤちゃんが死ぬようなことがあってはならないってことになるわ。まあ、そこに関して心配は要らなそうだけど」
「そこは任せて欲しいです。ガラテヤ様の騎士は俺なので」
「ふふっ。相変わらず、仲が良さそうで何よりよ。それじゃあ、私は失礼するわね。疲れてるなら、ガラテヤちゃんの隣のベッドが空いてるから……使っても良いわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
「……とりあえずは生き返ってくれて、私も嬉しいわ。もうすぐ学校も始まるだろうけど、これからも、何か困ったことがあったら言ってね。先生としてもだけど、戦友としても、力になるわ」
「迷惑かけることにはなると思いますけど、そう言ってくださるなら、これからもお世話になります。それじゃあ、また」
医務室を去っていくメイラークム先生を見送り、俺はガラテヤ様の隣のベッドに横たわった。
ガラテヤ様の寝顔。
年齢相応に幼ないが、しかし確かに俺の姉であった記憶を想起させるような淑やかさがある。
俺は一度立ち上がり、そっと、こちらを向いて眠っているガラテヤ様の右頬に口付けをする。
子爵令嬢に自分からキスをしに行った騎士といえば聞こえは悪いが、相手は正式な恋人である上に、前世では姉だった人だ。
文句を言われる筋合いはあるまい。
そして再びベッドに戻り、またしても俺はガラテヤ様の方を向きながら、二度と目を覚ませないかもしれない恐怖に少し怯えながらも、ゆっくり、ゆっくりと意識を手放すのだった。
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