第六十九話 行方不明者捜索
四日後。
キース監獄へと到着した俺達は、しかし先に立ってしまっていたらしいレイティルさんを見つけることができず、馬車に乗ったまま周囲の探索を続けることにした。
いつになれば合流できるのか分からない以上、最悪の場合、俺達は俺達だけで捜索を行うことになるだろう。
この世界に二十一世紀の日本に近しい程度の通信機器すら無いことが悔やまれるばかりである。
故に今はただ、ひたすらに馬車から周囲を見渡すことしかできない。
しかし、どこを見ても景色はそう変わらない。
恐らくは遺体が回収された後なのであろう、血に塗れた草木と、それが埋められたと思われる木々の前に立てられた墓標。
キース監獄にも、ところどころへ洒落にならない程の損壊が見える。
そして、まさしくそれを兵士や近隣の集落から募られた日雇いであると聞く人々が、直し始めたところのようであった。
少なくともテロリストによって被った損害の補填を住民に負担させるというものではなく、あくまでも仕事として人員を募り、代金を出しているという点には、安心感を覚える。
しかしその反面、これは俺の杞憂であることを祈るが、「国もなりふり構っていられないのだろう」とも思ってしまう。
戦いは終わったとはいえ、今はまだ「緊急事態」の最中であるということを、片付けても片付けても片付かない残骸と、なかなか元に戻らない景色から、ひしひしと感じた。
しかし皆、少しずつ前へ進もうとしている。
そして俺達も、知人を含む行方不明となった人々を探すことで、きっと前に進めるハズなのだ。
それが、見知った顔が跡形もなく吹き飛んでいたと知ることになるとしても。
今日はやけに風が冷たい。
こんなことを言うのは不謹慎だろうが、怨念でも漂っているのだろうか。
背筋がゾクっとするような、単純、故に理屈では理解し難い「嫌な感じ」がする。
いつまで経っても変わらない景色も、どこか淀んで見えるような。
馬車は小山の方へ進んでいく。
この辺りは、キース監獄の「上」を取って攻めようとしたフラッグ革命団の魔法使い達と、それを待ち伏せた王国軍によって、森の土がところどころ赤黒くなる程の戦いが起こった場所らしい。
この辺りになると、まだ回収されていない遺体や遺品がちらほらと見られるようになっている。
前世で女子高生となり、現世でも容赦無く敵の胸に大穴を開けていたガラテヤ様はともかく、問題はファーリちゃんである。
ファーリちゃんは猟兵だった頃があるとはいえ、皆の娘として大切に扱われていたであろうことを考えると、この景色は精神的ダメージが大きいかもしれない。
「……どうしたの、ジィンお兄さん」
俺はファーリちゃんの背後から手を伸ばして、彼女の目を塞ぐ。
「目隠し。後でカーテンはかけるけど、死体がトラウマになって戦えなくなると困るから」
「ん、そ。死んだかもしれない人を探しに来てるんだから、覚悟はしてたけど」
「その言い草……さては猟兵団の仲間も、ファーリちゃんには死体見せなかったんでしょ」
「ご明察。ジィンお兄さんと同じこと言ってた」
「あっそ……。俺も歳とったのかなぁ」
「そんなことない」
「そんなことあるよ……おっと」
危ない、危ない。
口が滑るところだった。
「……んん?うーんと……?」
俺は不思議そうに首を傾げるファーリちゃんに合わせて、右腕を彼女の視界に重なるよう出しつつ、左手で後方のカーテンを閉める。
前方のカーテンは、俺が合図を送るとほぼ同時に、ガラテヤ様が閉めてくれた。
相変わらず、気の利く素敵なお姉ちゃんである。
それはさておき。
馬車といえば、前後が空いている筒状の客車に乗るのが一般的だ。
しかし、これは騎士団及びその関係者専用の、少し豪華な馬車である。
「……マーズさん、良い馬車をありがとう」
「フフン。私が騎士の娘で良かっただろう?……ただ、こうは言ってみたが、実は親の脛を齧るのはあまり良い気分では無くってな……だがそれよりも優先すべきことがある今、どんなものでも役に立てるのは嬉しいよ」
「でも……借りといて言うのも何ですけど、大丈夫だったんですか?隊長の娘とは言え、アポ無しで借りちゃって」
「ああ。首都だけあって、馬車を使わなければならないような作業はあらかた済んだらしくてな。私達のような王都から地方へ向かう馬車を必要としている者に貸す馬車の枠にも、ちょうど空きができたところらしい。つまりは、良いタイミングだったと言う訳だ」
「そうだったんですね……良かった」
「構わん、私も、できることをやらねばならないからな」
俺はマーズさんに改めて礼を伝え、そして今はどこにいるものかと、カーテンの隙間から、外を覗く。
外の景色は、相変わらずいかにもな山の麓といったような獣道に、ちらほら敵味方問わず人間や動物兵器だったであろう馬や狼の死体が見えるだけのものである。
キース監獄から遠のく程に、少しずつ様子が酷くなってきている気がするが……単純に、手が行き届いていないのだろう。
俺達は少しずつ、山奥へ足を踏み入れているのだろうか。
……何故?
俺達は行方不明者もそうだが、まずはレイティルさんを探しているのだ。
そうであれば、わざわざこんな山道を通る意味があるとは思えない。
運転手は、レイティルさんがこの辺りにいると話を聞いているのだろうか。
話を聞いてみようと、俺は前方のカーテンを開けて運転手に話しかけようとする。
「運転手さん。何でこんな道を……ッッッ!?」
「あ……あ……」
しかし、あろうことか運転手の意識は朦朧とした状態であった。
「運転手さん!運転手さん!?」
「あ……あ……」
正気ではない。
しかし、まるで迷う素振りすら無い。
六年間通った小学校と自宅を繋ぐ通学路を辿るような運転で、運転手は馬車をどんどん山奥へと走らせていく。
「皆!運転手が何かおかしい!」
「何だと!?」
「確かに、変な道を通ってると思ったら……何があったのかは知らないけど、どうやらこのまま乗っている訳にもいかなそうね」
「ん……降りる訳にもいかない。馬車は速いから、着地間違えたら死ぬかもしれない」
「……ガラテヤ様、『
「え?いいけど……これでどうするつもりよ?」
「四人で手を繋いだ状態で、俺の『駆ける風』と合わせて発動して、この馬車の天井……もといカバーを突き破ります。そして着地時にはもう一度、風の魔法を使って衝撃を和らげましょう」
「了解!」
俺とガラテヤ様が両翼となる形で、タイミングを合わせて横ではなく上へ飛ぶことで、木の幹に激怒する心配もなく脱出が可能となる。
現時点で、これ以上に安全かつ速やかに脱出できる方法は思い浮かばなかった。
下手に運転手へ手を出せば、それこそどうなるかわかったものではないからである。
俺とファーリちゃん、ガラテヤ様とマーズさんが手を繋ぎ、そしてマーズさんとファーリちゃんが手を繋ぐ。
「ガラテヤ様、行きますよ!せーの!」
掛け声と共に、俺とガラテヤ様はそれぞれ魔法を発動。
突風によって、身体が宙に飛び上がった。
想定よりも視界は良好。
俺達を失った馬車は、急激に重量が軽くなったことでオーバースピードとなり、コントロールを失ってしまったのか、さらに山奥の方へと消えていってしまった。
そして俺達は、無事に着地を成功させ、ここからは徒歩での捜索を強いられることとなった。
キース監獄から少し離れてしまったが、しかしどの道徒歩で戻るしか手段は無い。
「……大変なことになってきたわね」
ミイラ取りがミイラになるとは、よく言ったものである。
食料は多くない、道は馬車が通ってきたところしか分からない。
そしてここは更に知らない山の中。
二〇〇〇年代に生まれた少年のほとんどが一度は憧れたであろうサバイバル生活は、思わぬタイミングで望まぬ形での始まりを迎えてしまったようだった。
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