第五十三話 久しい故郷
父との面会から五日後。
マーズさんとロディアが乗っている馬車が、間もなくキース監獄へ到着するとの情報が入った。
それと同時に、主人を裏切った元バグラディ革命団……もとい、現在の名前は「フラッグ革命団」が、動きを始めたという情報も、密偵からレイティルさんの元へ寄せられたという。
情報を信じる限り、フラッグ革命団による主要都市及び貴族邸一斉襲撃は四日後と予測される。
改めて作戦を確認する。
俺達と冒険者部隊の一つが敵を待ち伏せする地点は、何を隠そうブライヤ村。
敵がベルメリア邸、並びにその奥へ位置する集落へたどり着く前に、それらを全て拘束する。
それが、俺達のやるべきことだ。
しかし、ここで問題が一つ生じる。
その作戦を行うにあたって、マーズさんとロディアの到着を待ってからブライヤ村へ向かっては、時間が足りないということだ。
よって、マーズさんとロディアにはブライヤ村へ先行してもらい、俺達も俺達でブライヤ村へ急行する運びとなった。
またバクラディの護衛は、そちらを片付けた後に回さざるを得ないだろう。
レイティルさんを通じて言伝を頼もうかとも思ったが、相手はバグラディだ。
こんなことを騎士たる俺が言うべきではないのだろうが……。
最悪、アイツは死んでも仕方ない。
情に任せて動く騎士など相応しくは無いのかもしれないが、これは護衛対象であり、ご主人様であり、大切な家族でもあるガラテヤ様をいたぶってくれた奴に対する、人間としての素直な「動き」だ。
俺はキース監獄から出発する際に受け取ったライ麦のような穀物から作られたであろうパンを取り出す。
それをガラテヤ様とファーリちゃんにもそれを分け、揺れる馬車の中で食事を済ませた。
キース監獄出発から二日後、俺達は道中で拾った冒険者数名と共に、ブライヤ村へと到着した。
マーズさんとロディアはまだ到着していないようだ。
もうじき前線基地となる公民館にブライヤ村防衛メンバーが集結するのだろうが、今はまだそう人数が多くないせいか、村の人々もそう何かを警戒しているような素振りは無い。
「私が襲われた時と変わらないわね、この村も」
「変わってませんね。……きっと、人の方も」
ちらほらと見た顔がある。
向こうは俺のことなど覚えていないだろう。
覚えていたとて、体格も顔つきも変わった俺を、かつての忌み子とは思わないだろう。
「到着なされましたか、冒険者の皆様。……おお。これはこれはベルメリア家のご息女ではありませんか。ようこそいらしてくださいました。どうか、この村を守ってください」
噂をすれば、老いた村長のお出迎えである。
やはり俺のことは、ただの騎士としか思っていないようだ。
特に何か気づいたような表情はしていなかった。
「ごきげんよう、村長さん。事態が事態だから、挨拶は省かせてもらうわね。……まず、聞きたいのだけれど……村の人々は、避難していないのかしら?」
「ああ……その件ですが、今晩か明日に始めさせて、明後日には村から退いてもらおうと思います。そう焦らせても、不安が募るだけですからね」
「ふぅん。相手がいつ仕掛けてくるか分からない以上、早いに越したことは無いと思うのだけれど……。まあいいわ。とりあえず、皆の寝床へ案内してくれるかしら?」
「いやはや、申し訳ございません、それがまだでして……。夕暮れまでに集会所の方へ準備致しますので、それまでは……ぜひ、ブライヤ村を散策してするなり、周辺の地形を確認してするなりして頂けるとありがたいですなぁ」
「……分かったわ。マッピングも兼ねて、日中の間は辺りを散策しましょう。それで良いわね、二人とも」
「ガラテヤ様がそう言うなら」
「おいらもそれで良いよ。戦いに備えて、地形を知っておくのは大切なことだから」
「という訳で、失礼するわね。……行くわよ、ジィン。ファーリちゃん」
「どうぞ、ごゆっくり……ンンン!?ガラテヤ様、今……『ジィン』とおっしゃいましたか?」
やはり、今まで俺がジィンであると気付いていたとは思えないが、この名前には覚えがあるのだろう。
「ええ。ジィンは私の騎士よ。何か心当たりでもあるのかしら?」
「ジィンといえば、数年前まで村に……丁度、騎士様と似たような子供がおりましてなぁ……。いやあ、その子供は、人殺しの子だったのですよ。それと同じ名前だったもので、つい」
「そう。なら、私のジィンには関係の無い事ね。ジィンが人を殺した事は一度も無いわ。それに……その人殺しの子供だったというジィンも、人を殺めた訳ではないのでしょう?それを責めるのはお門違いというものではないかしら?」
「いやはや、これは失礼致しましたな。気を悪くしたのであれば、申し訳ありません。今の話は忘れてくだされ」
「フン。その考え方は厄介になるわよ。老い先短いのだから、死ぬまでに改めなさいな」
「……随分なことをおっしゃいますな」
「当然じゃない。私、偉いもの」
「私に子爵令嬢の権威を疑う気はございませんが……。そちらこそ、まだ若いのですから……その考え方は改めた方が賢明かと思われますぞ」
「フン、考えさせてもらおうかしら。さあ行くわよ、二人とも。日が暮れてしまうわ」
「行かれるのですか。ラブラ森林にはご注意くだされ。……またあの日みたいに、ゴブリンが出るかもしれませんからなぁ」
村長の意地が悪いのも、昔から変わらないようである。
「ご忠告ありがとう。じゃあ、また夕べにでも。村長さん」
俺とファーリちゃんは、踵を返したガラテヤ様を追って、停まっている馬車の影から回り込むように村周辺の探索を始める。
「ガラテヤ様……」
「いいのよ、ジィン。あなたは人殺しでは無いのだから」
ガラテヤ様の歩くスピードが、いつもよりも気持ち程度に早い気がする。
「ガラテヤお姉ちゃん、ちょっと怒ってる?」
「そうね。私は今、怒っているのかもしれないわ。あの老いぼれ……結構な捻くれ者ね。或いは……悪い意味で田舎の空気に染まっている、と言うべきかしら」
道端の石に風を纏わせ、空高く蹴り飛ばすガラテヤ様。
それから数秒後、村長の「どわっ!……やれやれ、今日は風が強いんですかな」という声が聞こえた。
「ガラテヤ様?今、石に風纏わせて飛ばしました?」
「何のことかしら?」
ガラテヤ様は口笛を吹きながら、両手を後頭部に回した。
……彼女が前世での姉でなかったとしても、俺はきっと、この人を好きになっていただろう。
「……ありがとうございます」
俺はガラテヤ様に背後から抱きつき、しかし何事も無かったかのように、散策を続ける。
「ちょっと、ジィン!?」
「さ、マッピング続けますよー。村自体もあんまり変わってないみたいですし、俺が案内しましょう」
「ん、ううん……。じゃ、じゃあお願いしようかしら」
「ガラテヤお姉ちゃん、顔真っ赤」
「ファーリちゃん。この世界には言わなくても良いことだってあるのよ」
「ぷぷぷ」
それから俺は先導し、ガラテヤ様とファーリちゃんに、夕暮れまで村と周辺の案内を続けた。
嵐の前の静けさと言うべきだろうか。
村では以前のように、ゆっくりと時間が流れていた。
この村に数日留まるだけでは、俺が殺人犯の息子であるという理由で、村八分にされていたことなど、想像もつかないだろう。
俺は蘇る思い出をかき消すように、ファーリちゃんとガラテヤ様の手を握る。
心の安寧は、もはやこの村には無い。
俺が個人的にこの村を守ってやる義理など、どこにも無い。
しかしガラテヤ様の騎士として、俺はこの村を守らなければならない。
今、側にいる仲間と、そして俺にガラテヤ様の騎士として生きることを許してくれたベルメリア家に報いるため。
俺は今一度、ブライヤ村を守り抜く決意を固めるのであった。
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