第二十話 騎士ムーア
刹那。
「……え?」
「うわっ、何だぁ!?」
「ハイ、ハイハイハイ、ハイ……」
「ぐあッ!」
「うぁぁぁ!」
瞬時に宙へ浮かべられた二人に、休む間も無く木刀での攻撃を叩き込むムーア先生。
当然ながら、二人はあっという間に失格となってしまった。
「速い……!」
さあ、どうする俺。
これでは弓で狙えない。
「私が行きます!」
「あたしも!」
「僕だって!」
次々にムーア先生へとかかり、しかし瞬く間に攻撃を受けて失格になる仲間達。
さらに、今の俺のように弓を使っている仲間や魔法使いは、撃ったものがまともに当たらない上、当たりそうになったものは木刀に弾かれる始末。
一人、また一人と失格になっていき、さらに後方で魔法使っていた魔法使い数人が、ムーア先生の戦いぶりに圧倒されて降参してしまったことで、五分も経たないうちに、残ったのは、「駆ける風」で逃げ回りながら矢を撃っていた俺と、そんな俺との連携が可能になるタイミングを狙っていた結果、攻撃を受けずに残ってしまっていたマーズさんだけになってしまった。
「残りは私達だけだ、ジィン君。……君には、弓矢での後方支援を頼みたい。注意を少し逸らす程度でも構わないから、今まで通り矢を撃ち続けてくれ。私は前線で……騎士ムーアの太刀を、味わってみたいのだ」
「やっぱり血が騒いじゃう?」
「その通りだ、ジィン君。魔物相手では情けない姿を見せてしまったが、相手が人ならば、あの時のようにはいかん。だから、頼む」
「オーケー。楽しんできて」
「ああ!いざ、ムーア先生!覚悟ッッッ!」
俺は得意ではない弓を引き絞り、簡易的な魔法をかけることで矢に風を纏わせて狙いを補い、放つ。
それと同時に、マーズさんは実習の時にも持っていた大剣を抜き、ムーア先生へと斬りかかった。
「『レイティル』の娘さんですね。出席を確認し、名簿を見る度に思い出しますよ。懐かしいですねぇ……その『ロックスティラ』という名字」
ムーア先生はそれを華麗に受け流しながら、マーズとの話を始めた。
「……元騎士であるとは存じ上げておりましたが、父をご存知でしたか」
「ええ。あの生意気なレイティルが騎士爵を得て、立派に隊長をやっている今、その娘に戦いを教えることになるとは思いませんでしたよ」
「父上が……生意気、だったんですか?」
「ああ。今となってはもうその面影も残っていないが、最初の二、三年は酷くてねぇ……やんちゃで、生意気で制御不能な困った教え子でしたよ。事件までは、ですけどねぇ」
王国騎士団の第七隊長であり、マーズさんの父でもある「レイティル・デリア・ロックスティラ」。
礼儀正しく、王族から貧民まで分け隔てなく接することで有名なレイティル第七隊長にも生意気だった時代がある元騎士の話は、中々どうして気になるものである。
「今のような性格になるきっかけ……何かあったんですか?」
マーズさんが話ながら繰り出す剣技は、ムーア先生からしてみればお遊びにもならないといった様子であったが……それでも、ムーアは教え子の娘に会えた懐かしさ、喜びからか、わざと自ら攻撃をすることなく、マーズさんと……剣戟の音が邪魔にはなるが、微かに俺にも聞こえる程度の声量で話を続けている。
ついでに、俺が撃った矢も片手間で弾きながら話し続けている。
「……今や滅んでしまいましたが、とある村が、鬼……厳密には『オーガ』の群れに襲われるという事件がありましてね……冒険者ギルドと王国騎士団の共同任務だったのですが、その際に、レイティルが生き残っていた貧民の少年を見つけまして……しかし、レイティルはその子を逃がすよりも、魔物を一体でも多く討伐することを優先して、無視していたのです」
「父上が、子供を見捨てるなんて……」
「ですが……その子は、あろうことか背後をとられていたレイティルを守るために、自らの身体を盾にして攻撃から彼を庇ったのです。魔物を倒す騎士見習いだったレイティルの姿が、その子にとっては村を守る、自分以外の生き残りを助けに来た英雄のように映ったのでしょう。当然、それを目の前で見ていたレイティルは……その任務以降、すぐに生意気で傲慢な態度を改めるようになり、多少ヤンチャなままではありましたが、ものの数ヶ月で、目に見えて誠実な人間へと成長したのです」
「父上は過去のこと……とりわけ、見習いの頃のことをやけに話したがらなかったのですが……そんなことが」
「ええ。……その少年が、かの村で最後の生き残りであったという記録は彼に伝えていません。あの沈み切った表情の彼に追い討ちをかけるような真似は、私には出来なかったので」
「……ありがとう、ございます。ムーア先生。私に女騎士ではなく、冒険者になることを勧めた父上の考え……少しだけ、理解できたような気がします」
はて。
レイティル第七隊長がマーズさんに女騎士よりも冒険者として生きることを勧めていたという背景についても初耳であったが、一体、今の話でマーズは父のマーズさんに対するどんな考えを理解したというのか。
空気感次第ではあるが、聞けそうならば聞いてみることにしよう。
「それなら良かったです。さあ、お話は終わりにして……模擬戦に戻りましょうか」
「えっ」
「そいっ」
ムーア先生がそう言った次の瞬間には、マーズさんは大剣での攻撃を回避され、背中を蹴り飛ばされていた。
「なっ……!」
「最後の一人ですね。話に聞いていますよ、ジィンさん。四年前、本気を出していなかったとはいえ、ベルメリア子爵家の騎士長を打ち負かしたとか。貴方は年齢の割に少しばかり手強そうなので……ちょっとした小細工を見せてあげましょう」
「ええい、弓はもういい!【
俺はショートボウを納め、素手での攻撃に移る。
「今度は……剣を持った貴方と戦ってみたいものです。それでは。……【
風を纏わせた拳を当てるよりも先に、ムーア先生の衝撃波も入り混じったような斬撃が腹部に直撃。
「ぐ」
気付けば、俺もマーズさんや他の仲間達のように、壁へと叩きつけられていた。
「……模擬戦は終わりです。皆、見どころがありますね。これからも指導のし甲斐がありそうで嬉しいですよ。貴方達は学生とはいえ、ギルドに登録している以上は駆け出し冒険者です。皆さん、頑張って下さいね。ここにいる皆さんが将来、一人でも多くの人を助けられる冒険者となることを期待してますよ」
ムーア先生は皆を集めた後、すぐに講義を締めてしまう。
時間はまだ余っているが、今回の講義では抜き打ちの模擬戦以外に何かをする予定は無かっため、自由時間にしてしまって良いとのことだ。
その後、マーズさんは次の講義が行われる教室棟へ、もう今日は講義が残っていない俺は、ガラテヤ様の講義が終わるまで、教室の前で待つことにした。
この日は、もう少しだけ長く続くのであった。
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