第十七話 期待

 空中。

 風を纏った右手を構え、拳を握る。


 落下する俺の着地点を狙って爪を構えるケウキ。


 当然ながら、俺が構えた右手に風を纏わせているのは、これを砕くためである。

 まずはあの爪を砕かないことには、何も始まらないだろう。


 あえて飛び上がったのは、自由落下の体勢に入ったで相手に隙があるように見せ、爪での攻撃を誘って同時に風を纏わせた拳を打ち込む。


 一つ目の策は以上である。


 そして今、ケウキはまさに爪を突き出す。


 素手での戦い方は基礎しか習っていないが、それでも、これまで生きてきたいくつもの人生における戦闘経験を活かして、自分なりに応用を効かせることならできる。


 ガラテヤ様のものではなく、ただ重心を乗せて弱点を狙うだけの「殺抜さつばつ」をベースに、空中で地面に対して垂直に回転斬りを行う「風車かざぐるま」の要素を組み込むことで、渦を巻く風を己の回転と共に拳ごと捩じ込む新技。


 風というものは、腕というものは、そして基礎技術というものは、こうやって使うのだ。


「【砕渦さいか】」


「ゴ、オォ……!?」


 拳が爪に当たった瞬間、拳に収まっていた風が一気に解き放たれた。


 一点に力を集中させた、「拳から繰り出す風車」のコンセプトは、どうやら実現できたらしい。


 瞬間的にだが、嵐の際に起きる突風を凌駕する出力を誇る風を受けた爪は、計算通り粉砕される。


 血が吹き出すケウキの指。


 明らかに驚いたような「ギィィィ!」という声とともに、数歩後退。


「ふぅ。やっぱ慣れない事するとドッと疲れるな……」


 かなり効いてはいるようだが、ただでさえ体力の消耗が大きい風牙流なのだ、さらに慣れない新技を使うともなれば、それはより大きな消耗を招くことになるのは言わずもがなであった。


「グァ、グェ、グゥゥ……ギィギィィー!」


 しかし、安心したのも束の間。


 ケウキは、あろうことか今までの倍近くはあるだろうスピードで木々の間を飛び回り始めたのだ。


 俺が破壊したのは、右手の爪。


 五本指、全てまとめてその爪を破壊した俺であったが、どうやらケウキはそれを受けて、右手どころか右腕をほぼ捨てた動きにシフトしたらしく、空中で左手を軸に回転しながら、奇妙奇天烈な飛び回り方をしている。


 動きこそ壊れたオモチャのようだが、なりふり構わなくなったせいか、それとも出血によりアドレナリンが分泌されているのか。

 ただでさえその姿を視界に収め続けるのは困難だったというのに、今はもうそれどころの騒ぎではない。


「ハァー……。セイッ!ヤァッ!ハッ!カァッ!そらぁッ!」


 ケウキを目で追い、先を読む。

 距離を詰め、拳を構える。

 体重を乗せる、打ち込む。


 しかし打てども打てども、拳は当たるどころか掠りもしない。


 そして。


「キィィィッ!」


「うぉっ……!」


 咄嗟に抜いたシミターで首元を守り、何とか一撃は防御することに成功。


 しかし、その刀身は粉々になるまで砕かれてしまった。


 使い始めてから四年が経つとはいえ、子爵家の武器庫に収められていた武器を、二度の攻撃で粉砕する威力。


 ケウキもケウキで右手が使えないため、少し着地がうまく行っていないようであったが、こちらが受けた損害に比べれば、それによって向こうが被ったダメージなど、微々たるものであろう。


「ギゥゥゥ」


 続けて、もう一撃。


「ぐっ!」


 腰に下げていたバックラーを左手に取り、爪に対して打ちつけるようにし、衝撃を逃がす。


 またも防御には成功したが、バックラーにも大きなヒビが入ってしまい、次に攻撃を受けようものなら完璧な位置で衝撃を逃したとしても、壊れるか、もう一撃受け切れるか……五分五分といったところだろうか。


「キィィ」


 間伐入れず、ケウキは口を大きく開けて迫る。


「うおぉッ!」


 土壇場で俺は右腕に風を纏わせ、裏拳。


 しかし顔こそ振り払えたものの、さらにケウキは捨て身の覚悟で血みどろの右手を地につけて踏ん張り、左手を伸ばしてきた。


「クォォォォォォァ!」


 それに合わせて俺は側転の体勢へ入り、左脚での後ろ蹴り。


 砕渦さいかやガラテヤ様の刹抜さつばつのように手の込んだ調整までは手が回らなかったが、これでも脚はある程度の風を纏っている。


 運が良ければ、左手の爪も砕けるかもしれない。


 しかし。


「ぐ……ぅぉ」


 やはり纏っていた風が不完全であったが故か、俺の蹴りはただの強風キックとなり、こちら側が弾き飛ばされ、近くの岩に全身を打ちつけられてしまった。


「キキキ、キ」


 頭が揺られ、意識が一気に落ちていく。


 全身に力が入らない俺へ、一歩一歩近づくケウキ。


 そして今、ゆっくりと上げられた左腕が振り下ろされる。


「ジィン君!」


 ロディアの声がうっすらと聞こえた。


 しかし……時すでに遅しである。


 眼前へと迫る爪。


 万が一、ロディアが盾になろうと庇ってくれたとしても、おそらく間に合わないだろう。


 全身を打撲し、その内どれだけの骨がどうなっているのかも分からないが、全身の激痛も相まって、何とか根性で保っていた意識が今にも逃げ出しそうだ。


 終わった……と、そう思った時。


「【雷電飛矢サンダーボルト】!」


 いつかの出会いを思い出す、土壇場での救援。


 しかし、それに安心し切ってしまったためか。

 既に限界を迎えていたであろう俺の意識は、とうとうそこで途切れてしまった。

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