第十三話 ぬか喜び

 翌朝。


 俺達は昨日の入学式に続いて再び講堂へ集められ、講義のシステムについて聞くこととなった。


 ポンコツでお馴染みのリゲルリット先生が説明してくれたのだが、いかんせん話が長かったため要約すると、「この学校は午前中に必修の講義を行い、最低限、冒険者に必要な心得や最低限の技術、他にもちょっとした王国史や、ギルドの成り立ちなどを学ぶ。そして午後は、選択式で取りたい資格や目指す冒険者の方向性などに応じた時間割を自分で組むことができる」というシステムであるとのことである。


 前世で、姉ちゃんがネットに公開されている志望大学の授業表を見て「大学に行ったら、最低限の単位だけ取れば後はある程度好きな授業を選べるのかー。ふむふむ」と言っていた記憶があるが、午後の「自由に時間割を組める」というのは、それに近しいものであると考えて良いだろう。


 現に、この説明は午前中に行われる、一コマ当たり一時間四十分の講義が二コマ組まれている必修の講義、その一コマ目を使って行われている。


 結局、姉ちゃんは前世で志望している大学を目指して受験勉強をしている最中、災害によって命を奪われてしまった訳だが……死後に転生した世界でそれに似たような学生生活を送ることになったのは、せめてもの運命による救いなのか、或いは超越的存在による皮肉の込もった嫌がらせなのかは分からないが、それを聞いた姉ちゃんの顔は、確かに少し曇っていた。


「……楽しみね、ジィン?」


 歩きながら、


「楽しみという割には複雑そうな表情ですけど。……色々と大丈夫ですか、ガラテヤ様?」


「ま、まあ……自由な時間割って単純に魅力だから……って具合に割り切ることにしたわ」


「そう、ですか」


「無念が晴れるわけではないけれどね」


「ですよね……」


「でも、大丈夫よ。前世で志望していた大学にこそ行けなかったけれど、逆に前世の大学だったら、こうしてジィンと同じ学年、同じスタートラインで授業を受けることはできなかったんだし」


 この発言はある程度、自分自身に「前世のことは前世のこととして割り切った」と言い聞かせることで己を誤魔化すという意味を込めてもいるのだろう。


「……強いんですね、ガラテヤ様は」


 しかし、尊姉ちゃんの記憶に未練タラタラな俺とは違い、ガラテヤ様は前世は前世であると、そう割り切ろうとする努力をしようとしている。


 それだけでも今、こうして「ジィン」としての俺と共にいてくれていることに対する嬉しさと同時に、俺に「大和」の影を見てくれていないのではないかという悲しさ、忘れられてしまうことの恐ろしさも感じてしまった。


「ジィン?」


「いえ、何でもありません」


「……『貴方』のお姉ちゃんに、何か未練でもあるの?今、こうして一緒にいるのに?」


「いや、その……大和だった頃を忘れられたら嫌だな、と、そう思っただけです。俺の勝手なエゴですよ。かつての姉に対して抱く、ただの幻想です」


「大丈夫よ。貴方の姉は、何も忘れていないわ。私がこうして側にいることが、何よりの証拠でしょう?」


「……ですよね。すみません、変なこと言って」


「まあね」


「否定はしないんですね」


「ええ。でも……貴方のお姉さんは、きっと幸せなハズよ。間違いない。私が保証するわ」


「……ありがとうございます、ガラテヤ様」


 照れくさくなってしまった俺は、ポリポリと右手で頭を掻きながらガラテヤ様から目を逸らした。


 さて、俺達は学内の事務室やら職員室前やら、至る所に張り出されている講義の一覧を眺めながら、廊下を先へ。


 どの時間にどの講義を入れるべきかと悩みながら、午前中に行われている必修講義の二コマ目が行われる場所、学内に設置された冒険者ギルドの支部へと向かう。


 どうやらこの時間は、皆で冒険者としての資格や戸籍に関する情報を登録する時間らしい。


 十八もの窓口の中、その内二つを使って、皆で一斉に個人情報の登録を行うようである。


「えーっと……ベルメリア子爵騎士団所属の『ジィン・ヤマト・ブラックバーン』さん……ですね!登録、完了致しました!まずは駆け出し、ランクはGランク、ライセンスは『普通冒険者』のみからスタートです!頑張ってくださいね!」


「分かりました。ありがとうございます」


「お次の方~!」


 あっという間に登録が完了してしまった。


 窓口で紙に名前とざっくりとした住所に加えて出自や身分などを書き、水晶に手をかざして魔力の流れを顔写真の要領で記録し、その紙を受付の係員に渡してしまえば、後は冒険者としての身分を示す冒険者カードを受け取って終わりである。


 俺は、ほぼ同時に登録を終えたガラテヤ様を手招きして、中庭へと向かう。


 一応はニコマ目という扱いだが、未だ午後の時間割を組む期間は終わっておらず、皆の時間割が確定していないため、今日は冒険者登録が終わった者から帰宅、自由時間へ入ってしまって良いらしい。


「もしかして……この学校、チョロい?」


「どうせチョロいのは今日までよ」


「ですよね」


 分かっていても、どうか楽であれと思ってしまう。

 

 しかし、実際に序盤のオリエンテーションが終わった瞬間に鬼の毎日が始まる高校生活を体験している姉ちゃんもといガラテヤ様が言うのだ。

 楽な期間は最初だけであるというのは、きっと間違いではないのだろう。

 午後の講義が決定し次第、遅い日は星空に見つめられながらの講義が行われる日も発生するだろう。


 そして、問題の一週間後。

 いくつものオリエンテーションを終え、履修科目の登録を終えた翌日の朝。


 一コマ目と二コマ目、連続して受けることとなった講義は、


「えー、今回、一年生の皆さんには、四人くらいで仮のパーティーを組んでもらって、王都の裏山……『リーシェントール岳』で、あわよくば宝玉を取り戻……。ゴホン。最初の実戦にチャレンジしてもらおうと思います……相手はかなり弱いとはいえ、本物の魔物なので気を付けて」


 まさかまさかの実戦を伴う実習、それも対魔物の戦いであった。

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