第四話 試練の時

 十日後。


 俺は、ガラテヤ様の父でありロジーナ様の夫であり、ベルメリア領の私兵を統べるベルメリア騎士団長である、「ランドルフ・ネフロ・ベルメリア」様との模擬戦に応じることとなった。


「やれやれ。何でオレがお前みたいなガキンチョの相手しなきゃいけないのかねぇ……。ガラテヤの時間稼ぎをしてくれたのには感謝するけどよぉ……。いくら何でも、騎士を目指すには早いんじゃねぇのぉ?」


 訓練場へ向かう途中で合流したランドルフ様は問う。


「早い……ですよね……。でも俺、どうしてもガラテヤ様の騎士になりたいんです。今を逃したら、よっぽどの例外が無い限りは次にガラテヤ様の騎士になる人が退役するのを待つ事になってしまうので。そしたら俺……『あーあ、あの新しい騎士早く辞めないかなー』とか考えちゃいそうで。そんな人を呪うような思いを抱きながら暮らすのは嫌なんです」


 本音だった。


「フーン。素直だねえ」


 正直、ボブゴブリンに大敗を喫した俺に騎士を名乗ることが許されるのかは分からない。


 だが、騎士とは「守る仕事」であり、「戦う」ことは、あくまでも対象を守るための過程に過ぎないのだ。


 その騎士になるための試験が大正を守りながらの模擬戦ではなく一対一形式をとっているというのも、少し騎士の本質からは離れている気がしないでもないが……ベルメリア家の方から、そう指定されているのだから仕方ないと受け入れ、今こうしてランドルフ様と並んで歩いているという訳である。


 少なくとも、ベルメリア騎士団の基準は「一対一の戦いに強いこと」なのだろう。


 ……もっとも、こんな事を言っている俺が集団戦なら強いのかと言うと、そんなことは無い。


 しかし今になって思えば、「常正」の頃であれば、あのホブゴブリンは倒せた筈だ。


 武装の問題もあったが、現役であれば魔法を応用せずに剣術を使うこともできた上に、「不可知槍」の際に、下からの蹴りを見逃す訳が無かった。


 この人を踏み台に、本来の力を少しでも取り戻させてもらうとしよう。


 ……このランドルフ様は、立ち方から強者の風格が漂っている。


 おそらく「常正」の実力に戻ったとしても勝つことができる確率は低いであろう。


 それでも、この戦いでは彼に認められれば良いのだ。


 打ち負かすよりかは緩い条件で、実質的な俺の勝利となる今回の戦い。


「まあいいさ。オレがここで、今のお前では不足だと理解させてやりゃいいんだからな。ホブゴブリンに負けるようなガキに、娘を守る騎士は早えよ」


「なにおう。あわよくば勝ちを狙ってるんですよ、甘く見ないで頂きたいです」


「ハッ。その軽口はいつまで叩けるのかねぇ」


「いつまでも叩いて差し上げますとも、『団長』」


 この人の目に、モノを見せてやるのだ。


 二人は並び、訓練場へ。

 俺とランドルフ様は、そこの中心に用意された闘技場の両端に立ち、俺は木刀を、ランドルフ様は木槍を構える。


「……言っておくが、本気で来いよ。ガラテヤの父親だからとか、領主の夫だからとか、そんなつまらねぇ理由で手加減なんざするな。どうせ本気出しても俺には勝てねぇんだ」


「わざわざ、ランドルフ様がおっしゃるまでもなくそのつもりです。ご安心を」


 数歩、前へ。


 互いに武器を構える。


「じゃ、今度こそ。始めようぜ」


「参るッ!やああっ!」


 先に出たのは俺。


 魔力を足元に回し、風を起こして加速。


 俺はほとんどそれだけでまともな攻撃が成り立つ魔法こそ使えないが、こうして移動に絡むもの、剣術に絡めることができそうなものの中でも比較的簡単とされる魔法ならば、村人が使っていたものを盗み見た上で何度も練習し、数ヶ月かけていくつかの魔法を詠唱せずとも使えるようにはなった。


 今使ったのはその内の一つ、人々には「駆ける風」と呼ばれていたもの。


 脚に風を纏い、一秒程度、地を滑るように高速で移動する魔法である。


 様々な魔法がある中でも、風を操る分野、正式には「風属性」に分類されるこの魔法。


 難易度はかなり簡単な方らしく、少し慣れてしまえば、わざわざ魔法の名前を言うまでもなく、つまりは詠唱無しで使えてしまうという、武器を用いた戦いの中でも使いやすいものとなっている。


「ハッ!『駆ける風』を使って距離を詰めたか。中々解ってんじゃねぇの」


「そりゃあどうも!やっ!それっ!さぁっ!」


「太刀筋もガキのクセに中々……どこで鍛えた?」


「その辺の道端!それと夢の中!です!」


「嘘こけェ!」


「本当ですッ!」


「はァァァ……はッ!」


 ランドルフ様は一歩後退、槍の中央に手を移動し、それを掲げて振り回す。


「うおっ、く!危なっ!」


 俺は木刀を突き出し、あえて刀身に一撃受けさせ、その衝撃で吹き飛ばされる勢いを利用し後退。


 彼が持っている槍は、純粋に先端で敵を突き刺すだけのようなものではなく、先に斬撃を繰り出すことも可能な刃が付いているタイプのもの、いわゆる「直槍すぐやり」であるため、柄の中心を握ることで長いリーチの武器にみられる取り回しをカバーし、さらに高速での回転斬りを難なく繰り出している。


 ランドルフ様には、そのアンニュイながらも武人としての面を感じさせる性格に違わず、単純な武器の扱いに加えて、瞬時に状況を判断し戦術に移す、その柔軟な戦い方も備わっているようだ。


 流石に騎士団長。


 若くして命を落とした武士や、それよりも若くして自爆した学徒兵では、とても敵う相手ではない。


 しかし、「その両方」を経験した人間、即ち俺ならば。


「とてもではないが敵う相手ではない」と言う表現にくらいであれば、直せるのではないだろうか。


「へェ……俺の回転斬りを上手く利用したな?」


「やっぱり分かります?」


「そりゃあそうだろ。これでも俺ァ、ベルメリア騎士団長だ。あんまナメなさんな」


「そうでしたねッ!風牙の太刀、【雀蜂スズメバチ】!」


 俺は喋りながら、「駆ける風」の亜種にあたる「纒う風」を使い、木刀に風を纏わせる。


 そして、ランドルフ様が槍を持っている右手を狙い、さらに「駆ける風」を利用して突く。


「甘いッ!」


 しかし、見切られたのか。

 僅か数センチ、刃に纏わせた風が突きの瞬間に解き放たれることで発生する風圧がランドルフ様に大したダメージを与えることがなくなる丁度の距離だけを移動し、それを回避。


 そして、


「な……」


 俺の後方へ。


「【遡突きさかづき】」


 そしてそのまま柄を突き出し、俺の腹部を抉るように突いた。


「が……は……」


 俺はたまらず、その場に膝をつきかける。


 しかし、それではほぼノックアウトされたようなものと考えられてしまうだろう。


 それだけは避けなければ。

 まだ……ここでダウンすることはできない。


 何とか身体を起こし、自分を鼓舞して立ち上がる。


「……おっと。これで終わると思ったんだがなぁ。まだ足りねぇってか」


「ええ……足りませんね!全ッ然!!!」


「ハァ~……。い~い度胸だァ!その度胸に免じて、少しばかり真面目にやり合ってやろうじゃあねェかァ!ハッ!ゼアッ!ジャアアアアッ!」


 半ば自分を誤魔化すために切った啖呵だが、これがランドルフ様を予想以上に焚き付けてしまったようだ。


 今まで以上の猛攻が、小学六年生に相応な肉体の俺に襲いかかる。


「うおおおおおおおッ!?」


 とんでもない。

 とんでもなく速く、とんでもなく強い。


 ハイスピードとハイパワーの両立、その上、槍を操る技術まで高いときた。


 避けて、避けて、防いで、反応に追いつかない脚を「駆ける風」で誤魔化して避けて……といったことを繰り返すのみの防戦。


 その上、万が一を考えてか、ランドルフ様は確実に全ての攻撃で急所を外すように攻撃してきている。


 そのおかげで今、こうして木刀を用いて守るべき場所をある程度絞り込むことができている訳だが、それでも尚、回避は魔法無くしては追いつかなくなり、守りも一撃で破られる。


「おお、いいじゃねぇの!こんだけやって守り切れてるたぁ、大したもんだ!」


「だぁぁぁっ!もう大丈夫ですかァ!?認めてもらえますゥ!?」


「まだダメだなァ」


「そんなぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」


 防御。

 その瞬間に吹き飛ばされ、再び膝を突きかける。


 それでも、膝よりも右手の平を先につくことでバランスを戻し、再び体勢を立て直す。


「ホラホラ、どうした。もう一度立ち上がったんだろ?まだ諦めてねェんだろ?なら、来いよ」


「言われなくてもッ!風牙の螺旋……【風車かざぐるま】!」


 俺は「駆ける風」を纏わせた右脚で空中へ高く飛び上がり、地上に対して並行な向きで回転斬りを繰り出す。


「フンッ!せァッ!」


 そのままランドルフ様の元へ飛び込む。


 しかし上から飛び込む回転斬りであっても、その刀身は届かない。


 寸前で槍に弾かれ、そのまま一回転させた槍の柄に刀を持っていた右手を突かれ、木刀を落としてしまいそうになる。


「うおっと!」


 回転の勢いを活かし、それを左手ですかさずキャッチ。


「おっと。蹴りを警戒し忘れたな?」


「ぐ、げ」


 しかし、その隙を突かれて左脚の蹴りを顎に受けてしまった。


「フン。流石に終わり、か」


 ホブゴブリンの時もそうだ。


 左脚の蹴り、これにやられる。


 今度こそなすすべなく、俺は地面に仰向けのまま倒れ込んで……。


 否。


 まだ、出来ることはある筈だ。


 身体が今際であると判断したのか、時間がとてもゆっくり流れているように感じる。


 考えろ、考えろ。


 俺は足元にもう一度「駆ける風」を使い、風を纏わせる。


 脚を下げることを意識すれば、コンマ数秒だろうが、胴体よりも先に踵が地面に着く筈だ。


 その瞬間、「駆ける風」で前方へ加速、その勢いを利用して起き上がり、急接近して突きを繰り出す。


 これなら、一撃くらいは入れることができるかも知れない。


 踵から指の付け根、そして足先へ。

 足の裏が地面と接触する。


 その瞬間、俺は纏わせておいた風を放つことで加速。


 前方へと放り出される身体。


 風は、後方へ倒れ込みそうになっていた今の俺にとって、文字通り戦闘の続行を後押ししてくれるものとなった。


「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅんッッッ!!!カァッ!」


 起き上がり、右足を前に。


「な……ッ!?ま、まだ立ち上が……!」


「風牙の太刀……【十文字じゅうもんじ】!」


「うおおゥ!?」


 木刀を上段に構え、振り下ろす。


「そこだッ!」


 ランドルフ様は完全に決着がついたと思っていたのか、俺の渾身の一太刀は、遂に槍の守りを破った。


 そして、もう一撃。


 十文字を刻む、左から右へのもう一太刀。


「ハアッ!食らうかァ!」


 上半身を逸らして、彼はそれを回避する。


 しかし、ここでみすみす勝機を逃す俺ではない。


「さらに!もう一撃だッッッ!【雀蜂すずめばち】!」


 ステップ。

 身体が沿った状態のランドルフ様へ、さらに距離を詰める。


 軌道が見える。

 今、構えている位置から下腹部。


 股関節を狙う。


 ランドルフ様がこの体勢から足を動かすことは、おそらくできない。


「ゆ、油断し過ぎ……た……!?」


 一撃だけ、一撃だけ入る!


 と、思ったのも束の間。


「あっ、やっぱダメかも」


 骨を砕く勢いで風を纏った木刀は、しかし軌道を逸れる。


 そして、それは股関節……ではなく、股間へ。


「はぐぁっ……!?」


 ランドルフ様、玉砕。


 この模擬戦で先に膝をつき、悶え始めたのは、あろうことか俺ではなくランドルフ様。


「……えーーーっとぉ……そのぉ……これは全力で戦った結果っていうかぁ………………」


「バ、バカが……!コノ、クソガキ……が……ァァァァァァァァァァ……!!!」


「ごめんなさああああああああああああい!!!」


 ただの子供が、あろうことかランドルフ様の……二つある内、片方のタマを思い切り潰しかけたことで、ベルメリア子爵家に三女の近衛騎士として認められる。


 そんな馬鹿げたニュースが広がるまで、そう時間はかからなかった。

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