拝啓、次の私へ
海鳥 島猫
目が覚めたら、これを読んでください。
この手紙を開いてくれてありがとう。
今これを読んでいるあなたは、きっと頭の中が真っ白で、不安でいっぱいだと思います。
でも、この手紙にはあなたにとって大切なことがたくさん書いてあります。だからどうか落ち着いて、最後まで読んでください。
信じられないかもしれないけど、これを書いている私は、記憶が無くなる前のあなたです。私、そしてあなたには特別な事情があって、記憶が無くなってしまうのです。
というのも、どうやら私は不老不死らしく、その代償として100年に一度、記憶が全て消えてしまうようです。私もあなたと同じように、何も覚えてない状態で目が覚めてから100年間を生きてきましたが、私の体はこの若い女の子のまま、ぜんぜん年を取ることはありませんでした。あ、鏡はこの手紙が置いてあった部屋を出て右の奥に洗面所があります。自分の体、私はけっこう気に入っていました。あなたも気に入ってくれるとうれしいです。
だから、あなたもこれから100年間を生きて、また記憶を無くすことになります。
怖いことだし、ショックだと思います。
でも、あなたにはどうかこの100年を絶望ではなく、希望を持って楽しく生きてほしいです。そのために、少しでもあなたの役に立つようこの手紙を書きました。
一番大切なことですが、あなたは「私の続き」をやる必要はありません。私は自分の100年をそれなりに満足して生きましたから。あなたはあなたが興味を持ったこと、あなたの好きなことをして生きてください。この手紙が置いてあった部屋を出てすぐのところに、大きな本棚があると思います。そこにいろんな本を買って置いておきました。私が好きだった本も、一度も触ったことのない分野の本も、できるだけたくさん集めたつもりです。好きなのを手に取ってみてください。
この家にあるものも、一部を除いて全部自由にして構いません。ただ1つだけ気を付けてほしいのが、この手紙があった机のそばにある黒い棚です。
実は、記憶を無くす前の自分から無くした後の自分へ手紙を書くというのは、私が初めてではありません。棚に手紙の束が入っているはずですが、それが歴代の私が書いた手紙です。それだけは絶対に破ったり、無くしたりしないでください。こまめに手入れして、虫に食べられないようにも気をつけてください。この手紙も読み終えたら棚に入れてほしいです。右から古い順に並んでいるので、この手紙は一番左端でお願いします。
手紙の数を数えればわかるかもしれないけど、これが8個目の手紙です。つまり過去に私は7回、記憶を無くして真っ白な状態から再出発するのを続けています。正確に言うといちばん最初に手紙を書き始めた私の時点で、少なくとも一度は記憶が無くなるのを経験しているようでした。なので本当の意味で私がいつどこで生まれ、いつから不老不死になったのかは何も残っていないのですが、いちばん最初に手紙を書き始めたのを初代とすると、私が8代目となります。あなたが9代目。
ようするに、記憶を無くすのは初めてじゃないから大丈夫、ってことです。歴代の私も、この手紙を書いている私も、最初はあなたと同じ気持ちでした。ここまで読んで、少しは心が落ち着いたでしょうか?
手紙の他に入っているのが、歴代の私の宝物です。3代目の私から始めるようになった風習で、1代につき3つ、棚に入る大きさのものは残していいルールです。これからの100年、宝物探しを楽しみのひとつにするのもいいと思います。ちなみにですが、この先何百年も残り続けるものなので長持ちするもののほうが良さそうです。4代目の羽ペンがかなりボロボロになってしまいました。
この家自体は最近引っ越したばかりなので、なるべく大切にしてください。記憶が無くなるのに合わせて引っ越しをしたんです。近所のみなさんはまだ挨拶した程度なので、記憶が無くなっていてもきっと違和感は持たれないんじゃないかなって思います。できるだけ治安が良さそうな場所を選んでいるし、見た感じみなさん親切そうなので安心してください。
私の経験則として、ずっと同じ場所に住み続けると体が成長しないので不思議に思われます。なので、何度か引っ越しをして人間関係のやり直しをすることになると思います。
自分だけ年を取らず、怪しまれないように人間関係を捨てなきゃいけないのは、確かに寂しいです。でも、完全にひとりぼっちになっちゃだめです。ひとりだけで平気でいられるのはせいぜい1、2年くらいです。難しいですが、人との繋がりは諦めないで。別れたのと同じ数だけ、出会いを大切にしてください。それに、100年のうちにほんの数人かもしれないけど、あなたの事情を理解してくれる人もきっといます。宝物置き場に花柄の写真立てがあって、私と男の人が一緒に写っている写真が入っているはずです。この写真が私の宝物の1つで、写真に写っている男性は、私の恋人だった人です。
結婚はできなかったけど、私が不老不死であることを知って、それでもずっと、ずっと私を愛してくれた人です。
だからどうか、人と仲良くなることを恐れないでほしいです。
どうしてもだめなときは、歴代の私が書いた手紙を読んでください。今を生きているのはあなただけだけど、私たちはあなたです。あなたはひとりじゃない。それを忘れないで。
あと何か伝えるとしたら、100年って思っているより短いよ、ってことでしょうか。不老不死だからってのんびりしているとあっという間に10年20年経ってしまいます。1日1日を大切にしてくださいね。
本当はもっとたくさんのことを書きたかったけど、手紙がそろそろ切れそうなのとあなたの貴重な時間を奪ってしまいたくはないから、これくらいで。その他、お金とか周辺の地図とか、家の周りに植えた花への水やりの方法とかは、この手紙が置かれていた部屋を出て右のテーブル上にまとめておきました。それと、黒い棚に数字が書かれた紙束が2つあって「99」になっていると思うので、この手紙を読み終えたら「00」に戻して、1年に1度めくってください。
最後に、あなたの名前を私につけさせてください。先代の自分から次の自分へ名前を贈るのが、最初の手紙からの風習なんです。
この手紙を書く前、家の玄関に鉢植えを置いて花を植えました。その花にちなんで、
『アイリス』
というのは、どうでしょうか? 気に入ってもらえたらうれしいです。
それじゃあ、後はよろしくお願いします。
あなたの100年が幸せでありますように。
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