第54話 迷走(2)

「ん……お待たせ……」


 夜宵の部屋を訪ねると、完全冬仕様の彼女が姿を現した。


 外側にベルトを巻くタイプの黒のロングコートに厚底のロングブーツ。そしていつもより大きめの俺が知らないブランドのハンドバックを携えている。


 いつもより表情が明るく見えるのはメイクをしているからだろう。

 上品な笑みを湛える小さな口は薄紅色の口紅で彩られ、ピンクのアイシャドウは元から大きい涙袋をより強調されていた。


「なんか会うのは久しぶりだね……。元気にしてた……?」


「ああうん……」


「ごめんね……。配信とか……練習が忙しくて……」


「いや、分かってるよ。前回出れなかった大会のリベンジだからね。……応援してる」


 冬休みに入ってから夜─YORU─さんはほぼ毎日配信をしている。

 前回のGLカップ優勝から案件も増えたし、今度の大会出場で世間からの注目も高まっていた。間違いなく彼女は今トレンドの最先端を走っている日本トッププレイヤーだ。


 そんな多忙を極める彼女だが、微妙な空気を案じてかクリスマス・イブの今日、昼過ぎから少しだけ無理やり時間を作って俺をデートに誘ってくれた。


「ん……ありがと……。──じゃあ、行こ……」


「ああ……」


 手を繋ぎ俺たちは歩き出す。

 今日のデートコースは全て彼女が考えてくれた。「忙しい中ありがとう」の一言すら言えないまま、彼女に手を引かれるようにイルミネーションで彩られた街を行く。


  「休みの間……普段は何してるの……?」


「ずっと剣道とバイトの繰り返しだよ。空いた時間に宿題やって」


「しゅ、宿題……」


 この反応は、恐らく全く手をつけていないのだろう。

 大会が終わったらまた勉強会でも誘ってみようか、などと思った。


「夜宵は忙しそうだね」


「うん……。今までで一番忙しいかも……」


「体調は大丈夫?」


「ん……まあまあ……。……また岬くんのご飯が食べたいな……」


「はは。分かった。今度作りに行くよ」


「やった……」


 初めに向かったのは、いつも俺たちがデートに使うデパートだった。ここに来るのすら久しぶりだ。

 何度も見た店内も、今はクリスマス一色──でもなく、もう年末からの年明けまでを見越したイベントの広告やらがごちゃ混ぜになったカオスになっている。


「年末もあのマンションで過ごすの?」


「ん……そうだね……。大晦日も遅くまで配信があって……でも実家にはデスクトップがないから……」


「そっか」


「でも……お父さんもお母さんも来てくれるから……大丈夫……」


「……それならよかった」


 もし一人で過ごすなら、それはあまりに寂しいからうちに呼ぼうと思っていたが、家族と過ごすのならそれが一番だ。


「──ここ……」


「ゲームセンター……? 初めて入るね」


「昔から気になってたけど……一人で入る勇気はなかったから……」


 ゲーム全般が好きな彼女ではあるが、騒がしい場所と人の多い場所は苦手だ。


 彼女は小さな手でぎゅっと俺の手を握りながらゆっくり足を踏み入れる。


「あれやりたい……」


「プリクラか」


「撮ったこと……ある……?」


「ああ。バスケ部の連中でふざけて皆で撮ったことあるな」


  そういう訳で俺がポチポチと機械を操作して撮影の設定をしていく。

『それじゃあ撮影を始めるよ!』という案内と共にカウントダウンが始まった。


 俺たちは慌てて肩を寄せ合い枠内に顔を収める。


「ポーズは?」


「ん……え……あっ……」


『二枚目の撮影を始めるよ! ごー! よん! さん! ……』


「ぴ、ピースで……!」


「うん」


『次は三枚目! ポーズを変えてみよう! ごー! よん! ……』


 あまりのペースの速さにアワアワしだしたので、俺は片腕で夜宵をグイッと抱き寄せる。


『最後の撮影! ごー! ……』


 今度は夜宵が俺の腕を取りバックハグをするような形でシャッターが切られた。


『お絵描きタイム! 左から出て画面を操作してね!』


「何を描こうか」


「これで……」


『お絵描きタイム終了! 印刷中! 取り出し口を確認してね!』


 一枚目、慌てる夜宵を俺が笑顔で見つめる写真の隅に、控えめにハートを幾つか描いただけのプリクラ。後から見てもクスッと笑ってしまうような出来のそれが、今はとてつもなく愛おしく思えた。


「やった……」


 彼女は出来上がったそれを大事そうに財布にしまう。

 その時ふと見えたクレジットカードや分厚い札束からすっと目を逸らす。


「次……あれやりたい……」


「うん。やろうか」


 やはりゲームに関して夜宵は天才的な才能がある。

 初見のシューティングゲームもレースゲームも俺は惨敗だった。唯一、太鼓の音ゲーだけは体力勝負で俺の方がスコアが高かったぐらいだ。







 それから俺たちは雑貨屋を見て回ったりカフェで休憩したりと、いつもと同じようなデートコースを歩いた。


「……学校祭も……もう懐かしいね……」


 そう言って彼女はケーキに口をつける。


「そうだね」


「来年も……一緒に回ろうね……」


「……ああ」


 一瞬言い淀んでしまった。

 来年のこと、将来のことを少し考えただけで、楽しかったはずの空気が一気に重たく感じる。


「……まだ……進路……悩んでるの……?」


「そうだね……。父さんも忙しくて話せてないし、自分じゃ何も決められないしで……」


 醜態を晒すのを今更恥ずかしがってはいないが、夜宵の前でこんな話をする自分の情けなさに奥歯を噛んだ。


「私も……一緒に話す時間が取れなくてごめんね……」


「そんな! 夜宵は何も悪くないよ! ……ただ俺が何の夢も希望もない優柔不断な男ってだけさ……」


「…………」


 ああ、返答に困らせてしまった。

 せめて彼女の前では取り繕って明るい表情をすべきだったと、本心を漏らしてから後悔する。


「大会が終わったら……また沢山出掛けよ……」


「今度のに勝ったら次はそのまますぐ世界大会でしょ?」


「ん……そうだけど……」


「俺のことは気にしないで。夜宵はゲームの方に集中してよ。俺も応援してるからさ」


「……ん」


 そう言って俺はブラックコーヒーを一気に飲み干す。これが今の俺にできる精一杯の強がりだった。






 結局その後もどこか気まずい空気の中デートを続けた。だが日が落ち始めた頃に夜宵が仕事の時間が刺し迫り解散の流れとなった。

 彼女を送り届け帰路についた時には、貴重な時間を割いてまで来てくれた彼女に対して申し訳ない気持ちで押し潰されそうになっていた。


「くそ……」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます。

次話2024/01/13 12:00頃更新予定です。

間もなく完結。最後までお見逃しなく……

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