第52話 修学旅行(3)

 修学旅行二日目。今日は大阪だ。


 午前中一発目の大阪城。美しい紅葉に彩られた雄大な城郭は、昨日の京都とは一味違った力強い歴史を語っていた。


「見ろよ大砲だぜ! カッコイイな〜!」


「あんた中入ったら静かにしなさいよ」


「はは……」


 大阪城内部はすっかり改修されていた。

「戦国時代にエレベーターなんて豊臣秀吉は凄いなぁ」なんて冗談を言う男子もいるぐらい、当時の面影などない近代化の波に若干の衝撃を受けるのも事実だ。


「おお……」


 だがその分、一種の美術館としての完成度は素晴らしいものだった。二階から上は当時の書物や絵画の実物や複製レプリカなどが展示されている。

 派手なものが好きな健人と桜花は分かりやすく黄金茶室の前で足を止めていた。


 そう言う俺は映像展示を眺めていた。

 大阪城築城の経緯から関ヶ原の推移、そして豊臣氏滅亡までの歴史を語る動画は見応えがあった。


「……岬くん、この辺りの歴史好きだよね……」


「そうだね。ゲームの影響かな。授業でやったことをより詳しく、しかも実物と共に学べるのはやっぱり面白いものだよ」


「ん……多分私……ここら辺の授業寝てた……」


「はは……」


 まあこういうのは好き嫌いがはっきり分かれるから仕方がない。テストで最低限の合格点を取れる程度には彼女も頑張っているので許してあげて欲しい。







 大阪城の次は海遊館へ向かった。


「でっっかいな〜!」


 有名な巨大水槽を悠々と泳ぐジンベイザメの常設展示。生徒たちは代わる代わる記念写真を撮り、ジンベイザメと写れた写れなかったと一喜一憂している。


 そんな彼らを尻目に、夜宵は小さなクラゲの水槽の前にいた。


「綺麗……」


 暗い空間の中、ぼうっと照らされたクラゲ水槽の数々。天井に散りばめられたライトと併せて銀河を演出しているらしい。


「どれが一番好き?」


「ん……これ……」


 彼女が指さしたのは日本で一番よく見るミズクラゲだった。


「岬くんは……?」


「うーん……。これかな」


 アトランティックシーネットル。半透明な傘が青いライトによって美しいコメットブルーに輝いていた。そこから延びる揺らめく長い触手は、見つめているうちにこちらの心を掴み捕食されるかのように錯覚させる。


「名前も見た目もカッコイイね……」


「そうだね」


 それから俺たちは二人であらゆる生き物を見て回った。

 水族館デートというものをしたことがなかった俺たちにとってそれはとても新鮮で、だけどそれ以上に幻想的で美しく、そしてどこか生々しい世界に俺たちは言葉を忘れて没頭していた。







 午後からは二日目の自主研修、という名のお楽しみタイム。某有名テーマパークでの自由行動だった。


「うおおおお! 全部乗ろう! 早く行こうぜ〜!」


「半日じゃ無理でしょ。だから計画を立てたんじゃない。ほら、まずあっちのハリポタエリアよ!」


 それは完全に桜花の趣味だが、無難に皆が楽しめるものということで可決されたものだった。


 その後も半ば桜花の回りたいところを回るというルートではあったが、他三人はこういったエンタメ系には疎いので結果から言えば任せて正解だった。


 言ってしまえば、健人は部活で、俺もバイトやかつては部活で、夜宵はプロゲーマーとして忙しく、逆に部活もバイトも何もしていない上いい所のお嬢さんである桜花はひたすらに暇なのだ。本人もそれを分かった上でやってくれているからこちらとしてもありがたいのだが。

 事前のリサーチも何もかも完璧に仕上げた桜花のルートは公式が出しているツアーにも劣らない完成度だった。


 だがとにかく桜花の理想を詰め込んだ半日分プランはとにかく疲れた。初めはローブ姿の夜宵を可愛いななどと呑気に眺めていたが、次第に疲れの色を隠せなくなってきた彼女を見て俺と夜宵は離脱することを決めた。


「ごめんね……。岬くんも行きたかったよね……」


「いやいや、俺はもう満足だよ。十分見て回れたから。……まあ海遊館でも結構歩いたし、疲れたよね。ゆっくり休もう」


 ちょっとキャラクタをあしらった紙コップに入れてる程度でとんでもない値段を取るコーヒーに目を丸くしつつ、俺たち二人はレストランで休んでいた。


 結局健人と桜花がこちらに合流したのは全体の集合時間ギリギリになってからだったが、まあお互い恋人同士でゆっくり過ごすことができたと好意的に受け止めることにした。


 二日目の夜は当たり障りのないホテルで一泊を過ごした。

 ご飯は美味しかったがそれ以上に特筆すべきこともなく、夜宵も疲れてすぐに寝たとのことだったので本当に何もなかった。







 そして迎えた最終日。最終日と言っても、午前中に道頓堀周辺でお土産の購入と昼食、午後には帰路につくという決められたメニューでの消化試合のようなものだった。


 夜宵は移動のバスでも飛行機でも終始眠っていた。

 昨日のことは少し心配だったが、目を覚まし俺と目が会う度に「楽しかったね」と言うので安心した。


 俺も流石に三日間の疲れが溜まっていたのか、もはや飛行機を怖がりもせず寝落ちしていた。

 そこまで落ち着けたのは、寝ながらもそっと俺の手を握る小さな夜宵の手があったからかもしれない。


 かくして、俺たちの二泊三日に渡る修学旅行は終わりを告げるのだった。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/01/12 17:00頃更新予定!

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