第50話 修学旅行(1)

「学校祭、ご苦労だったなー。売り上げも校内一位と、うちのクラスもだいぶ盛り上がっていたようで何よりだ。……だがこの盛り上がりはもう少し続くぞー。みんなお待ちかねの修学旅行だー!」


 クラスの中に歓声が沸き起こる。


「行き先はご存知の通り京都と大阪だぞー。これから班決めや自由行動の計画作りやら忙しくなるが、来月まで勉強もちゃんとやれよー」


 振替休日明けでも寝不足そうなはまやんは、それからいつものように挨拶をさせて朝の連絡を終わらせた。


「岬ぃ〜、同じ班になろうぜ〜」


「ん、それは構わないが、そもそも班って何人なんだ?」


「班は四人か五人らしいな〜。俺とお前、そして桜花とそっちの姫でぴったりだろ?」


「そうだな」


 念の為チラりと夜宵の方を見ると、彼女はこくんと小さく頷いた。


「楽しみだな〜!」


「はは、そうだな」


 楽しみなのは確かに楽しみだ。

 その一方で、行事続きで浮き足立つ生徒たちの気を引き締めるためか、教師たちが口を揃えて「来年は受験」と呪文のように唱えるので、すっかり気が滅入ってしまいそうになる。


 まあ修学旅行関連の時間になると大騒ぎの教室を見ると、それぐらい言った方が丁度いいぐらいか。


「自由行動はどこにしようか」


「そうね、ここにしましょ」


「え〜! こっちがいいと思うぜ〜!」


「夜宵はどう? どこに行きたいとかある?」


「ん……。じゃあここ……」


「ふうん。まあそこでいいわよ」


 俺たちの班でも大体のことが決まった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 それからも諸々の準備を進め、いよいよ出発の日が来た。


「じゃあ、行ってくるね父さん」


「ああ、気をつけろよ。そして楽しんでこい」


「ありがとう。行ってきます」


 俺はやけに頑丈な父さんからのお下がりキャリーケースを引っ提げ、朝早くガラ空きの電車に揺られ学校へ向かった。

 校門の前にはバスの車列があり、早く着いた生徒は既に荷物の積み込みを行っていた。


「おはよう夜宵」


「ん……、おはよ……」


 夜宵は何が入っているのか分からないような小さな白いキャリーケースにちょこんと腰掛けていた。

 大会でよく遠征するからか、その様子にはどこか子慣れたものがあった。


「奥から詰めるから……早く乗ろ……」


「そうだね」


 他のクラスは座席をきっちり決めるが、はまやんは基本放任主義だ。「仲良い奴らは集まればいいし、一人が好きな奴は無理にその中に入れる必要はない」というはまやんなりの信念があるらしい。


 そんな事情もあり、夜宵は俺が来るのを待っていてくれたようだ。こういうのは初日の座席で後々の座席も何となく固定されるから初動が大事だ。


 だがバスに乗るとその心配は杞憂であったことが明らかになった。というのも……


「遅かったわね」


「そうだぞ〜! めちゃくちゃ気まずかったんだからな!」


 一番奥の座席には桜花と健人が鎮座しており、特に健人は電車にいたら迷惑な人レベルで大股を開いて座席を確保していた。


「はは……」


 健人の努力の甲斐あって(?)か、俺たちは無事に一番後ろの席に、健人桜花夜宵俺の順番で座ることができた。


「──おはようお前らー。全員揃ってるかー?」


 ヨレヨレのスーツ姿のはまやんが最後に乗り、バスは空港へ向け出発した。






 空港に着くと先に着いたクラスの生徒が整列させられていた。


「飛行機はしおりに書かれた席順で座れよー」


 この実行委員作のしおりも、部屋割りや飛行機の座席は流石に教師側が決めている。

 つまりは飛行機の席にははまやんの意思が介入しているのだ。


 恐らく、俺の隣の席が夜宵なのも、はまやんが恣意的に決めたのだろう。

 飛行機に搭乗しシートベルトを締めると僅かな緊張が背中に走った。


「岬くんは飛行機……大丈夫……?」


「得意ではないけど、泣き叫ぶほど苦手でもないかな」


 絶対に大丈夫だと分かっていても、フラップを下げた時のスカスカな様子にはどこか頼りなさを感じてしまう。

 そして何より、車でも飛行機でも事故には敏感になってしまう自分がいる。


「そうなんだ……」


 そんな俺の不安を察してか、彼女はそっと俺の手を握った。


「…………」


 澄まし顔で男前なことをやる彼女に、俺は何となく恥ずかしくなって窓の外を眺める。


 キーンというエンジン音と共に飛行機は加速し、ガタンと大きく揺れると次第に地上が遠ざかっていく。

 初めて飛行機に乗る人もいる生徒の間では「おぉ……」という感嘆の声が零れた。


 約一時間半のフライトは至極平和なものだった。

 スヤスヤ眠る夜宵ほど落ち着いてはいられなかったが、純白の床と蒼天の景色を楽しむことはできた。


 航空事故のほとんどは離着陸の時に発生するという。

 そんな無駄な知識がある俺は歯を食いしばって情けなく夜宵の手を握りしめていたが、なんてことはなく飛行機は無事に京都の大地に降り立った。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/01/10 07:30頃更新予定!

修学旅行編が終わればもうすぐ完結です!最後までお見逃し無く!ブックマークしてお待ちください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る