第14話 お礼(1)

 その日の夜は心配でよく眠れなかったが、次の日スマホには彼女からお礼のメッセージが届いていた。病院で貰った薬を飲んで寝たらだいぶマシになったとのことだ。


 とはいえあのコンディションでは大会に出場するのは無理だ。朝には夜─YORU─さんの公式アカウントから、体調不良による大会の出場辞退と期限不定の活動休止が告知された。

 日本代表を決める大会の予選大会。つまりその先には世界大会が懸かっていたというのに。




「岬お前今日なんか調子悪いな〜。なんかあったか?」


「いやまあな。……桜花から聞いてないのか?」


「桜花? あいつとなんかあったのか?」


「桜花ではないんだけどもな……」


 彼女もそういうところはちゃんとしている人だ。だからこそ昨日呼べたのだが。


「ま、午後からの練習試合は切り替えていこ〜ぜ! ほら昼飯行くぞ〜」


「ああ……」




 夜─YORU─さんが活動休止をしたのは今回が初めてではない。去年の春頃にも一ヶ月間の活動休止をしていた。

 今考えればあれは高校受験のためだったのだろう。


 だとしてもその内実を知ってしまえば不安が募るのも仕方がないことだ。

 体調を崩している人にメッセージを送りまくる訳にもいかず、俺はただ夜宵さんの、夜─YORU─さんの回復を祈ることしかできなかった。




 ゴールデンウィークの期間中も部活やバイトで忙しく、時にはバスケ部の連中と遊びに出掛けることもあったが、彼女を心配する気持ちでどこか心から楽しめないでいた。

 私生活に影響を及ぼすレベルまで来ると流石に自分でも既に厄介ファンであることは自覚する。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






「よっす岬ぃ〜! おは〜」


「おはよう健人──」




 ゴールデンウィーク明け、俺は自分の席の元へ走った。


「おはよう夜宵さん! もう大丈夫!?」


「あ……うん……」


 彼女がマスクをしているのはいつものことで、特に外見上の変化は見受けられなかった。


「そっか……。よかった」


「その……、あの日はありがとう……」


「おう。むしろなんか勝手に色々やってごめんね」


「あ……」


 彼女は思い出したかのように頬を赤らめながら自分を抱いた。

 あの時は自分も緊急事態であり必死だったが、冷静に考えればやり過ぎだったとも思う。




 気まずくなった俺は話を逸らす。


「大会はその……残念だったね」


「……うん」


「世界はまた来年になるかもしれないけど、国内のはいくつか近くにまたあるし、応援してるよ」


「ん……、そのことだけど……」


 いつも他の人に聞こえないようにしている小声が、更に弱々しくなる。


「マネージャーさんと相談して……、しばらく……大会は出ないことになった」


「……! ……そっか。その方がいいかもね」


 あの生活であの追い込み方をしていればそりゃ身体的にも精神的にも壊れてしまう。賢明な判断だ。




「おはよう岬! 相変わらず陰気臭い顔ね!」


「はは……。おはよう桜花」


「……おはよう?」


 桜花に挨拶され、夜宵さんは困惑している。

 今日まで彼女が俺以外の人と話しているところを見たことがない。昼はどこかで食べているらしいが、他の人と一緒なのかは知らない。


「あ……えっと……、おはようございます……」




 結局彼女が選んだのは、腕を組んで仁王立ちする桜花の耳元まで行って囁くという手法だった。


「ん……、この前は……ありがとうございました……」


「お礼は結構。今度でコイツに請求するから」


「えぇ……」


 まあこれも夜宵さんに気を遣わせないための桜花なりの思いやりなのだろう。

 ……いやそういう建前であって欲しい。桜花なら本当に何か要求して来かねない。




「おっ! よかったな〜桜花、友達ができて〜!」


「うっさい!」


「痛い痛い! 今のは俺が悪かったって〜!」


「ははは……」




「よーし、お前ら席に着けー。朝の連絡始めるぞー」


 はまやんはそんな俺たちの様子を見てぶすっとした表情で、しかし微かに笑ったように見えた。




 なんやかんやあったが、こうして、いつもの日常が戻ってきたのだった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2023/12/11 12:00過ぎ投稿予定!

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