第19話 心を救う方法

「どういう事なんだ!! なんで心は目を覚さない!?」



陽一の低く野太い怒号が病室に響く。

看護師が山瀬に食ってかかる陽一を腕を押さえている。

そんな山瀬は陽一に対して、落ち着いた様子で答える。

山瀬は冷静とはかけ離れた状態の陽一が相手でも淡々とした調子であり、それが余計に陽一を焦らせた。



「秋名心さんの症状そのものは落ち着いており、肉体は快方へと向かっています」

「ならどうして!?」

「肉体そのものは快方へと向かっていますが、肉体の状態が健全であればそれは健康と言える――わけではありません」

「――どういう事か説明してください!!」

「これから説明します」



山瀬はノートを取り出し、簡単な絵を描き始める。

ノートの左側に傷だらけの人間を、ノートの右側に健康な人間を。

そして、そして萎んだハートマークと綺麗なハートマークを人間の近くに描いていく。



「秋名さん、人間が死ぬのはどういう時ですか?」

「どういう時ってそりゃあ――心臓が止まった時、でしょう」

「医療の現場では『脳死判定』と言いまして、医師の診断がくだすまでは死んだ事にはなりません――が、これは今は置いときまして――脳死が『肉体の死』を表します。ですが、我々の世界の魔法学の概念には『精神の死』があります」



山瀬は傷だらけの人間の絵に大きくバツを描き、次は健康な人間の絵の近くに描かれた萎んだハートマークを指差す。



「今、秋名心さんはこの絵の状態に近いと言えるでしょう」

「精神の死……?」

「ええ、死んだとも言い切れませんが精神の死を迎えた人間の状態に非常に近いです」



陽一はブルブルと全身が震える。

人間は肉体の死によって肉体も精神も死んでしまう。ならば、精神の死によって肉体も死んでしまうのではないか?

それではいくら肉体が回復していようが、意味がないのではないか?



「死した精神は、天界或いは冥界へと誘われます。ですが、彼女が目を覚さなくなってから日が浅い。肉体が回復しつつある以上、彼女はまだ『生きている』といえるでしょう」

「方法……方法は!? 心を元に戻す方法は、あるんですよね!?」

「あります、が。失敗すれば秋名心さんだけでなく、秋名さん――あなたも死ぬことになります」



◆◆◆◆◆◆◆



 ――フルハウスのロフト部屋。

大人が利用するにはやや手狭だが、陽一の妻であり心の母親の秋名美乎はこの部屋を好んで使っていた。

小型のテレビにBDプレーヤーにお気に入りの小説とマンガ、それにノートPCまである。

陽一に言わせれば『メディア廃人養成スペース』だが、美乎は漫画も映画もアニメも小説も現代文学からライトノベルまで幅広く楽しんでいた。

もっとも、美乎は全てを崩し終える前に逝ってしまったのだが陽一の計らいでそれらは売らずにそのままにしてある。

美乎の仏壇もこのやや狭いロフトに設置してあり、美乎が読書やアニメに没頭出来るようにしてあるわけだ。

陽一が線香に火をつけ、それを供えると手を合わせて美乎に祈る。

そして、陽一はそこに美乎がいるかのように語り始めた。



「美乎。心は魔法少女になって悪党共と戦っていると前に話しただろう? 魔法少女も怪物も、フィクションの中だけの存在じゃない――とんでもない話だ。しかも心は今、死の淵に立っている。だから俺は、心を助けに行く事にしたよ」



――美乎は今、どんな顔をしているだろう?

不安そうな顔をしているだろうか? それとも、父親が助けに行くのは当然だと背中を押しているだろうか?

心が死んでしまったら私と一緒にいられる、なんて考えてはいないだろうか? きっとそんな事は考えていないはずだ。この俺を愛した女なのだから。



「心はまだ14歳だ。魔法少女ロイヤルハートは街を脅かす化け物、ハートイーターをやっつけるスーパーヒロインかもしれない。でもまだ、14歳だ。これからがあって、然るべき中学生だ。俺たちの娘だろう。だからどうか、力を貸してほしい!」



――心外ね、いつだって傍にいるわよ。



カーテンが揺らいで、温かな風が陽一の体を撫でる。

その風がまるで美乎の声であるかのように感じた。



「そうか……そうだよな。美乎、お前が力を貸さないはずが無い。言わなくなって心を守ってくれている。だからまだ、心は生きているんだよな」



そして、この後に待ち受けている『戦い』でも美乎は力を貸してくれるだろう。

そう考えると心が死んでしまうかもしれないという不安が払拭された気がする。

こうなったらもう、心は助かる気しかしなくなってきた。



◆◆◆◆◆◆◆



 翌日午前10時、秋名心を救うためのミッションの説明会が始まった。

参加者は秋名陽一、夏坂輝晶、マルル、モルル、そしてミッションの要となるであろう明星月兎の5名だ。




「スピルダイブゲートという霊的なゲートを開放し、秋名心さんの精神世界の最奥へと進みます。その奥には魂魄宝(スピルアーク)という宝石があり、それが何らかの形で歪められてしまっていると思われますがそれを正すのがミッションとなります」



陽一と輝晶、マルルとモルル、そして月兎の簡単なイラストがベッドに寝ている心のイラストに向けて矢印が向けられている。

そして心の胸の中心には光る宝石のイラスト、しかしその宝石はヒビ割れている。



「正すのは良いとして、その方法はなんだ?」

「浄化魔法です」

「浄化って……」



輝晶は思わずツッコミを入れる。

ハートイーターとそれに融合された人間を分離するための魔法、という認識だ。

心が歪んでしまってそれを元に戻す効果があるとは思えなかった、思いっきり攻撃魔法っぽいし。



「ここにいる人間の中に浄化魔法を使える人間はいないだろ、どうやって浄化魔法なんて」

「いるはずですよ。秋名心さんの中に……ロイヤルハートが」

「ま、まさか!?」



ロイヤルハート、というよりも秋名心という人格が彼女の精神世界でどんな状態になっているのか想像もつかない。

だというのに、その心自身の人格に頼って魂魄石の歪みを正すだなんて素人でも少し考えたらおかしな話だと分かるはずだ。



「もしも、心の人格が混乱していて僕たちを攻撃してきたら?」

「説得してください」



マルルが疑問を口にすると、山瀬はズバッと無茶振りで切り捨てる。



「せ、説得……」

「このミッションは非常にシンプルです。秋名心さんの精神世界にあなた達がだいぶする。そして、秋名心さんの精神世界の最奥で秋名心さんを説得して、ロイヤルハートに変身してもらって『歪み』を浄化する」

「む、無茶苦茶ですわね」

「事前に説明したはずですよ、非常に危険であり成功率は50%にも満たないと」

「人間の精神世界に入った前例はあるのですか?」



輝晶は山瀬に訊くが、山瀬は首を横に振る。



「精神世界へダイブする魔法はつい最近理論が確立したばかりです。というより、私が発明したものであり被験者もゼロ……つまり、日本にしてもウィンダリア王国にしても前例は無し。あなた方が初めて他社の知的生命体にダイブする人間となります」

「山瀬さん。ダイブした後に脱出する手段はありますの?」

「術式を解除する事で脱出可能です。ですが、それにも限界はあります」

「限界……?」

「ええ、個体差や相性はありますが2時間を過ぎると精神と精神の同化現象が始まります。というより、秋名心さんの精神世界に取り込まれますね」



非常に軽い調子で話す山瀬に対して話す内容は非常にシビア。

それは陽一達を不安にさせないという配慮もあるのだろうが、当たり前のように戻ってくるという全幅の信頼があってのものだろう。

山瀬は自信家であり、そのための努力も怠っていないが自信が無ければ患者を守れないという考えがあっての自信だ。

今回は必ず秋名心を救い、秋名心救出に赴く者達も生還させるという『自信』からこのような態度を取っているが――



「同化……」

「2時間のタイムリミットか」



陽一達には迷い、というより戸惑いがあった。

ここまで厳しいミッションだとは想像がつかなかった。その上、秋名心を救い出すことが出来なかったらこの世界にいる魔法少女は全滅してしまう。



「俺、行きます」



真っ先に迷いを払拭したのは月兎だった。



「明星くん……?」

「俺、これでも秋名さんの彼氏です。絶対に秋名さんを説得して、目を覚ましてもらいます! だから、俺一人でもダイブさせてください! 俺の命に換えても秋名さんは――」



陽一はその月兎の行動と覚悟に面食らってしまった。

親である自分よりも先に覚悟を決めて名乗り出たのは娘の彼氏だった。



「バカを言うんじゃない。子供一人で行かせられるわけないだろう! それに、子供が『命に換えても』なんて言うな! 君のことを愛してくれているご両親に失礼だ」

「秋名さんのお父さん……いや、今のは、その覚悟を語ったつもりで」

「俺がみんなの盾になる。明星くん、危なくなったら俺の影に隠れろよ」



ほんの一瞬でも迷ってしまった自分の不甲斐なさを恥じる陽一だが、月兎の覚悟に背中を押されたのか戸惑いも迷いも消えた。



「私も行きますわ。大事な仲間ですし」

「僕たちも行くマル!」

「モル!」



全員が覚悟を決め、心の精神世界へと飛び込む事になった。

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