第13話 病院にて
星乃灯市立夏坂総合病院・特殊治療室では心が全身に点滴を打たれ、眠り続けている。
1日のうちに2回もハートイーターが現れた、という事で中学校からは帰宅命令が出された。
だが、心の父親の
今重要なのは、心が目を覚ますかどうかだ。
「失礼いたしますわ」
病室の自動ドアが開いた音がすると、あいさつと共に
陽一は心の手を握ったまま、振り返りもせずに眠り続ける心を見つめている。
「容体は変わらないようですわね」
「…………眠ったままだ」
手の感触は冷たい、呼吸も感じられない、胸も上下しない。
まるで死体の手を握っているような感覚だが、肉体そのものは生きているという。
現に血液は巡っていて、呼吸も浅いがしているらしく弱々しいが生命活動は認められた。
「心は、生まれたばかりの時――身体が弱かったんだ。長くは生きられない事を覚悟してほしいと、医者に言われた」
ぽつりぽつりと、陽一は語り始める。心の手は冷たいままで、どんなに陽一が体温を分け与えようとしても、その温もりは受けつけてはくれない。
「生まれたばかりの赤ん坊の夜泣きに親は悩まされる。でも、この子が泣かないとどうしようにも不安だった。もう二度と目を覚ましてはくれないんじゃないかと、気が気じゃなかった。ああ、どうしてこんな風にしてしまったのか。中学高校と喧嘩ばかりの俺の娘なのに、どうして明日生きられるという保証が無いのか――俺は、神様ってのを恨んだよ」
「……」
輝晶が知っているのは、クールなフリをしているけど困ってる人がいたら放っておけないお人好しで無敵の魔法少女。
飄々としていて、ダウナーで、少し恥ずかしがり屋の女の子。
「ハイハイを覚えるのも、歩き始めるのも、人より少し遅かったけど――段々やんちゃになっていって、でも言葉を覚えはじめて、初めて『お父さん』と呼んでくれたあの日から――俺はこの子を、命に代えてでも守ろうと、そう、決意したのに……!!」
何故、秋名心は魔法少女に変身して戦おうと思ったのか――それを知っているのは輝晶とマルルだけだろう。
魔法少女をサポートするために作られた星乃灯第一中学校の地域貢献活動同好会の部長である輝晶は、はじめは心から距離を置かれていたのだが彼女の活動に役立つと認識されたのかぽつぽつと事情を話してくれるようになった。
『お母さんが死んじゃった時、お父さんが抜け殻みたいになったんだ。しばらく、お店に立つことも出来なくて――でも、ある日突然お店を再開する事になってさ。多分、じっとしているのに耐えられなくなったんだ。それでも、ちょっとずつお父さんは笑うようになった。その笑顔を守れるように……それが多分、私が戦う動機』
学校の屋上の元守衛室の掃除を終えて、遂に地域貢献活動同好会の部室が完成した日に彼女は輝晶に語った。
赤と青が交わる空の下で、魔法少女になるという決意を心に語った時に静かに寂しげな笑顔で心は静かな決意を語ってくれた。
初めてハートイーターを目撃したというあの日、そして父親の耐えられない悲しみ。
これから起こりうる悲劇そのものとの戦い、それが秋名心の戦いだ。
だが、秋名陽一もまた心を守りたいと思っていた。
心の日常がこれまでと変わらずにあるように、いつも通りの日々が送れるようにと働いてきた。
これからは『片親の子』などと呼ばれても、街全体に笑顔が届くように……みんなに理解されたら少しは心のことを分かってもらえるだろう。
だけど、心はそれ以上に色んなものを抱え込んでそれを取りこぼさないように必死だった。
「中学に上がって、心だけの世界が出来て――恋を覚えて、これからだったんだ――これからなんだよ、心の人生は! なあ、夏坂さん……どうすればいいんだ! どうすれば心は助かるんだ!」
「それは……」
病室の自動扉が開き、ヨロヨロと不安定な飛行で心の枕元へと落ちるように着地する。
そのマルルを追いかけるように
「ダメだよ、マルル。このままだと秋名さんの前に君が」
「助けるんだマル……心は僕が――」
「今はとにかく寝ないと!」
マルルを抱きかかえ、俊彦は病室を後にしようとするがその前に陽一に一礼をする。そんな俊彦を呼び止める陽一。
「あ……っと、君は心の?」
「えっと――もう説明は受けているんですよね? 僕は三島俊彦といって地域貢献活動同好会のメンバーです。以後、お見知りおきを」
「いや、こちらこそ。良ければ今度、コーヒーを飲みにきてくれ。サービスするよ」
「ありがとうございます」
俊彦は深々とお辞儀をして、マルルをかかえたまま逃げるように病室を去る。
「マルル、あれだけやめろと言ったのに――」
「マルルって心のパートナー妖精だろ? 何をしようとしていたんだ?」
「秋名心さんにスピル霊子の充填をしようとしていたのだと思います。マルルが弱っていたのは危険を顧みずに必要以上の充填をしようとしたからですわ」
「それって俺にも――」
「無理です」
言い切る前に断じられてしまい、ズッコケそうになる陽一。
「パートナー妖精は契約を結んでいるから、スピル霊子を注ぎ込んでも拒絶反応が起こりにくい。でも、そうではない他者がスピル霊子を注ぎ込んだら精神崩壊に繋がる危険性があるとマルルから聞きました」
「でも俺たちは親子だろ」
「遺伝子や血液はまた違いますわ。スピル霊子、すなわち魂を構築するもの……親子ではあっても他人ですわよ。それに、その辺りの研究はまだ進んでいませんの。迂闊なことはやめておくべきです」
そういう輝晶も試そうとしてモルルに止められた。
人間と妖精の契約や、一卵性双生児レベルでないと危険な行為なのだという。
やはり自分のような素人でも思いつくような事は逃げ道にはならないのだな、と陽一は思い知らされた。
会話が途切れたところで女性看護師が入室してきた。
「皆さん、そろそろ清拭や体位変換の時間なので」
「……わかりました、お願いします」
陽一は女性看護師にそう告げると、看護師はにこりと笑顔を見せた。
◆◆◆◆◆◆◆
病院の入り口から出るともう、夕方になっていた。
そろそろ店に戻らないと真鍋が怒ってしまうだろう――いや、怒られるのはいいんだが真鍋が『もう辞めます!』などと言ってきたら困る。
真鍋に辞められたら心の手助けが出来なくなるではないか。
「あっ……」
「うん? ああ……」
学校が終わり、心の見舞いに来たであろう
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「えっと、秋名さんのお見舞いの帰りですか?」
「そんなところだ。その――今は体を拭いてもらっていて、体位転換とかしてもらっているから少し待つぞ」
「体位転換まだ、起き上がれないんですね」
「ああ、そうだな」
体位転換とは寝たきりの患者や高齢者に褥瘡、いわゆる床擦れが起きないようにするために姿勢を変えてもらう処置を指す。
「その、これ――受け取ってください」
月兎がフルーツが入った袋と籠を手渡してきた。
中にはリンゴやバナナ、苺やブドウが入っている。どれも新鮮で美味しそうだが――この間、月兎から貰ったばかりだ。
「この間もらったばかりなのに、悪いな」
「いえ、早く元気になってほしいですから」
「そうか……」
陽一は困った、気まずい。
ロクに話した事はないが彼には恩がある、恩はあるが娘の彼氏だ。
せめて何か例をしたいが、話すことがない。
「あの……さ、ウチでコーヒー……飲んでいかないか?」
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