第6話 二人の静かな決意
マルルが属する妖精の種族、通称ルルー族は意思を持つ生命体に力を分け与えて潜在能力を発揮させるという共通した特殊能力を持つ。
今は落ち着いた場所で治療を受けさせるために心の傷をマルルの魔法で塞ぎながら、陽一にゲームでいうところのバフをかけて病院まで走らせている。
ひとまず、
道路脇の歩道を走り、もうすぐで心のかかりつけの病院に着くというところで一台のボックスカーが陽一の脇で停車して助手席の窓を開けた。
「
「……なんだ?」
「この車で心さんを病院までお送りしますわ。きっと、心さんの治療は通常の病院では治療不可能――夏坂の病院なら『魔法少女』の治療に対応しています。どうか、お乗りください」
陽一は助手席から顔を出した少女の顔を思い出した。
ここでは下手なアイドルよりも彼女の方が人気があり、何故か芸能事務所に所属していないにも関わらず写真集まで発売されていて書店では予約時点で完売してしまったという伝説を持つ。
「――分かった」
ここ、
心は相当面倒なことに首を突っ込んでいるのだな、と陽一は内心呆れるがあの夏坂家の人間であれば心を悪いようにしないだろう。
「事情は病院に着き次第説明いたします、彼女をこのまま死なせるわけには参りません。どうかお乗りください」
「――分かった」
◆◆◆◆◆◆◆
ボックスカーの中には救急車もびっくりの医療設備が整っており、治療台の脇には座席が用意されている。
心はすぐに点滴を繋がれ、夏坂の私兵と思われる黒服の屈強な男たちによる治療の光を当てられている。
妖精であるマルルならばともかく、ただの人間である黒服が魔法の真似事をしているのは異様な光景だと陽一は思った。
「お飲みください、心が落ち着きますよ」
サングラスをかけた黒服の一人が、水の入った常温のペットボトルを差し出してきた。市販されている天然水だ。
だが、陽一はそれを受け取らず黒服に問いかけた。
「……お前らが心を戦いに巻き込んだのか?」
「いいえ、最初に戦いを始めたのは心さんです。我々はそのバックアップをしているに過ぎません」
「それじゃあ、アイツか?」
陽一は心に治療の光を当てるマルルを睨みつける。
マルルはその視線を感じ取ったのか、振り返り陽一に言う。
「その通りマル。心にハートイーターの存在と魔法少女に対する適性を伝えたら迷わずに戦うことを決めてくれたマル」
「そんなわけあるかッッ!!」
陽一は怒鳴った。淡々と返事を返したマルルの態度に対する苛立ちもあるが、心は争いごとが好きな子じゃない。
自分から戦場に立って、ハートイーターとかいう化け物と戦う選択肢を選んだとはとても思えない。14年間父親をやってきた身からすればそんなことはとても信じられない。
「心は、自分から戦うような子じゃない。友達と友達が喧嘩をしていたらめんどくさいと感じながらも仲裁したり。悩んでいる子がいたら、なんとか声をかけなきゃって――そう考える子なんだ!! 俺は知ってる、イジメられてた男子がウチにきて心に感謝の言葉を伝えたいと心に声をかけてきた事もある!! 自分の焼いたケーキを美味しいと食べてくれる客を見て、優しく微笑んでた!! そんな心が、自分一人で戦おうなんて――」
「
陽一の言葉を遮るように、輝晶は告げた。
「どういう意味だ?」
「ハートイーターが暴れ始めたのは昨年の6月ごろ。時を同じくして魔法少女と呼ばれる謎の存在がハートイーターと戦っている姿が目撃されましたわ。ですが、心さんとマルルさんが出会ったのはそれよりも前のことです」
「そんなに、前から……」
「
――運転手さんは怪物に連れていかれた。
心がそんな風に警察に話したら「野犬か何かが爆発に呑まれて運転手を連れて行った」と解釈したが野犬の痕跡は見つからなかった。
運転手の遺体は既に発見されており、山の中で白骨化しているのが山登りが趣味のカップルによって見つかっていた。
心の言動は目の前で車に撥ねられたショックで、防衛反応で幻覚を見たのだと解釈された。
心は中学校に上がると、どの部活にも興味なんて無いから部活には入らないと言っていたが毎日帰りは遅かった。
本当は部活をやっているが、どの部活に入ったか恥ずかしいから言わなかっただけなのだと思っていた。
だが、実際は美乎が死んでしまったショックから立ち直っておらず母親を殺したモンスターを探し続けていたのだ。
「か、会長……」
痛みのためか、心は目を覚まして言葉を発した。
目蓋を開けて輝晶の名前を呼んだため、意識ははっきりしているが黒服達に咎められる。
「君は戦闘であれほどのダメージを受けたんだ、今は喋らないで」
「君はその怪我を治さなきゃならないだろ? 黙って治療を受けるんだ」
黒服たちはいざというために魔法の訓練を受けたスペシャリスト、元々は医師免許を持った医師だ。しかし、心は言葉を続けた。
「人の許可も得ないで……お父さんにペラペラと喋って――後で、覚えておいてください」
「そうね、そのためにも今はゆっくりお休みなさい。もうじき私のためのマジカルワンドも完成します。その時は共に戦いましょう」
心は輝晶の言葉を聞くと、そのまま黙って深い眠りに落ちた。陽一は静かに拳を握る。
黒服たちから「バイタル安定」「脳波安定」といった言葉が断片的に聞こえてくるので、命に別条はないのだろうとは陽一にも分かった。
「マルル、俺にもその……魔法を使えるようにはならないのか?」
心に治療の光を当て続けているマルルに質問をなげかける陽一。
「それは陽一の素質と努力次第マル。でも、この治療の光がはっきりと見えているのであれば可能性はあるマル」
◆◆◆◆◆◆◆
心はあのまま目を覚ますことなく、しばらくは夏坂記念病院に入院することになった。
陽一は着替えや私物を病室へと運び、心の命を救ってくれた医師達と輝晶に深々と頭を下げて、フラフラと力が抜けたような歩き方で家へと戻る。
しばらく『フルハウス』は休業にしようか、という考えが頭をよぎる。
常連客はガッカリするかもしれないが、今はとにかく美味しいコーヒーを淹れられる気がしないのだ。
「マルル、早速魔法の使い方を教えてくれないか?」
「今の陽一の精神状態では危険マル。取り敢えず、寝るのをオススメするマル」
マルルは陽一の周りをぴょこぴょこと跳ねて寝ることを促す。そんなマルルの身体を陽一は掴んで怒鳴る。
「どうして心をそうやって止めなかったんだ?」
「ちょ、ちょっと陽一……」
「素質ってのがあったからか? 戦えるからか? 戦える人間なら誰でもいいのか? 心はまだ中学生だったんだぞ? その心があんなに大怪我をして――あんなに苦しい思いをして――なんで心が良くて、俺はダメなんだ!!」
――そうだ、こいつが心を唆したから心は魔法少女なんかになってしまったんだ。
ハートイーターがいたところで、こいつさえ現れなければ心が魔法少女なんかになることはなかった。
「魔法使い……には、適性があって。誰でも、魔法を……使える、マル。けど、それにはリスクが……あって、適性が無い人間……が、無理矢理……使おうと、すると……命を、落とす……可能性、が」
「心には適性があったから、魔法少女にしたんだな?」
「本当、は……ウィンダリア人、だけで……ハート……イーター、と戦って……でも、魔法少女、残って……なくて、みんな、殺されてて……もう、地球人、しか……頼れなくて……」
小さな体がぎゅうぎゅうと締め上げられて苦しそうに話すマルル、陽一にもわかっていた。
分かっていたはずだ、理解出来たはずだ、こいつにももうどうしようもないんだ。
こいつが逃げ延びた先に心がいて、心はそのマルルを助けようとしたんだ。
「悪かった、八つ当たりだ。美乎が――妻が死んで、心はあんまり笑わなくなって、やっと少しは笑顔を見せるようになって安心したところにこれだ。余裕がなくてどうかしていた」
陽一はそっと、マルルを握りしめていた手を緩める。
マルルはケホケホと咳き込むが、陽一を攻めるような態度は一切見せない。
「向こうの世界、ウィンダリアには魔法少女に変身できる子もいたけど……心や輝晶ほど適性が高くなくて、身体が少しずつひび割れて……砕けたり、ハートイーターにやられて霊子を食われた子が沢山いて……大勢の女の子が、僕の目の前で死んだマル」
「すまなかった、マルル。本当にすまなかった」
こいつも懸命に戦おうとしていたはずなのに、心無い言葉をぶつけた上に暴力まで振るってしまった。
なんて浅はかなのか、これでは心にも嫌われてしまうだろうと陽一は深々と頭を下げる。
「何の関係もない子を、って思ったけど……心の素質はどの女の子よりも光って見えて……心には何のメリットもないのに、魔法少女として戦う事を選んでくれて……感謝しても感謝しきれないマル」
小さな体からボロボロと大粒の涙を流すマルル。
そんなマルルの頭に陽一は自分の大きな掌を乗せる。
「だったら一緒に心を守るための戦いをしよう。マルル。俺に魔法と戦い方を教えてくれ、昔取った杵柄だがケンカの心得はあるぞ。ハートイーターを倒すとまではいかないだろうが、心と輝晶さんを二人で助けよう」
「ありがとう、陽一」
涙を浮かべて陽一に感謝の意思を伝えるマルル。しかし、陽一にはどうしても引っかかる点があった。
「なあ、マルル。日本には日本なりの礼儀があってな、歳上には『さんづけ』したり敬語を使ったりするもんだぞ」
「ん〜? 多分、陽一より僕の方が歳上マル」
「…………は?」
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