白金の髪の少女
アルバン・ホースという男とはそれなりの付き合いだから、スヴェンの中ではある確信があった。
彼は決して嘘つきではないが、希望的観測や目算で動くことが多い。スヴェンからすればそれは思慮不足とも言えるが、アルバンから見ればスヴェンの方が慎重派過ぎて行動力に乏しいのだ。
それはさておき、奴隷の話というのも、きっと本を読んで顔を上げないスヴェンの興味を引くための話題だったのだろう。それにしては些か悪趣味だが、その辺りを考えられる男ではない。
あの日、アルバンを見送ってからスヴェンはそう思っていた。
あれから数日後。
スヴェンは、己の思慮の足りなさ、アルバンに対する理解度の低さ、そして何よりも楽観的思考をしていたのは自分だということを思い知らされることになった。
先日と同じスヴェンの部屋。
そこにはこれまた先日と同じ客人であるアルバン。
そして彼の後ろに控える、彼が連れて来たであろう他ならぬ『奴隷』の少女が立っていた。
「約束通り連れて来たぜ! どうだ、なかなかのもんだろ!」
誇らしげな、鼻息荒いアルバン。この空間でここまで高揚しているのは彼だけだ。
現実逃避のために視線を外すと、先日の本が机の上に閉じられて置いてある。あの後程なくして読み終えたのだが、本棚に戻すのが面倒でそのままにしておいたのだ。
これをアルバンの頭に投げつければ気分も変わり、気の利いた言葉の一つも出てくるかも知れないと考えたが、一度読み終えたとはいえ本は高級品なので、やめておいた。
「……女なんて聞いてないぞ」
アルバンの後ろに隠れるように立っているのは、切れ長の目をした、手っ取り早く表現してしまうのならば美少女だった。
顔立ちは整っており、肩辺りまで伸ばされた緩いウェーブが掛かっているその髪色は白金色、貴金属を刻んだような輝きを放っている。
中でもスヴェンを捕らえたのはその眼だった。切れ長の、まるで刃物のように鋭いその眼は触れれば切れる凶器のようだが、同時に危うい魅力放つ宝石にも見える。
女性にしてはやや高めな身長と、奴隷服を着て金属の枷を付けていなければ彼女を見て奴隷という身分にあるとは思えなかっただろう。
「いやぁ、途中何度も手を出そうか悩んだんだけどなぁ、お前のためを思って我慢したんだぜ」
「嘘だろ、それ」
「いや、本当だって。なんもしてねえよ!」
「そっちじゃなくて、僕のためってところだよ」
「……あ、ばれた?」
彼の女好きは軍学校時代からよく知っている。目の前の少女は確かに美しい。手を出すなと言われて、アルバンが我慢できるとは到底思えなかった。ましてや、スヴェンは彼女を買うとは一言も言っていないのに。
「訳あり、なんだろ。これだけ綺麗な人なのに、君が手を出せないほどには」
「いや、俺もさ、人間じゃない女に手を出すのは怖くてよぉ」
無表情だった少女の頬が、小さく動いた。
「成程ね。でも意外だな。学生時代にあれほど淫魔に会いたいって騒いでたのに」
「いや、淫魔は別だよ」
きっぱりと言い切った。彼の中には謎のこだわりがあって、それをスヴェンが理解するこは、恐らく一生ないだろう。
「……それはさておき。訳ありってのはそう言うことか。でもなんで僕なんだ?」
「いや、わかるだろ? 訳ありでお前のところってことはさ。この娘、ホムンクルスなんだよ」
「……ふーん」
ホムンクルス。
錬金術と呼ばれる学問により生み出される、人ならざる者。
人の手によって作られた身体に、彼方の魂を込められし存在。
「ほらほら、興味沸いてきただろ?」
「強いて言えば、彼女の魂を何処から引っ張ってきたのかが気になるくらいかな」
スヴェンが知っている限りでは、ホムンクルスの中に入れる魂を精製する方法は未だ確立されていない。ゼロから魂を生み出すことは、不可能に近い。
「そう言う話は後にしてくれ。俺には理解できん」
「……で、なんで彼女をここに連れて来た?」
「それは俺とお前の友情の」
「嘘はいいよ」
「あー……。帝都の錬金術協会が一個潰れてな。理由はなんてこともない。一部の連中が非合法な活動に手を染めてたからなんだが」
後頭部を掻きながら、横目で少女を見る。
少女は相変わらずの無表情で、視線はスヴェンの机の上にあるカップに向けられていた。
「そこでこいつを見つけたのよ。そこまではよかったんだが、こうして生きて動き始めちまったから対処に困ってるってわけだ」
それも妙な話ではある。
人の形をしているとは言え、ホムンクルスは所詮人間ではない。スヴェンは違うが、軍人としてそこに人道を適用するかどうかは個人の判断に任されるだろう。
だとすれば、人知れず様々な方法で処分してしまった方が手っ取り早いはずだ。
「で、丁度その時現場に俺と上官がいたんだけどさ、どうしようかって話してたら、上官が思い出したかのように言ったんだよ」
軍人全てが非情なわけではない。むしろ、人間と同じ形で、人の言葉を喋る者に対して非人道的に振る舞える者の方が少ないのかも知れない。
「そう言えば、お前の同期に錬金術師のスヴェン・フォウル・フランケンシュタインがいたよなって」
「……なるほどね」
その後は大方、格好つけて二つ返事で後の対処を了承したと言ったところだろう。
「でもどうして帝都の錬金術師に引き渡さなかったんだい?」
「なかなか引き取りてなんかいねえよ。錬金術師は他人が造った精巧な人形見て穏やかじゃいられねぇだろうし」
言われて見ればその通りだ。
誰とも知れない他人が造った、それもこれだけ精巧な傑作を見て心穏やかでいられる同業者もいないだろう。
「つまりそう言うことだ。俺のメンツもある。貰ってくれ」
「貰ってって……。動物じゃないんだから」
「似たようなもんだろ。人間じゃないんだし。それにほら、人間じゃなくても形は人間なわけだからな。お前もあっち方面で色々とご無沙汰だろ?」
にやりと、下品な笑みを浮かべながら、耳打ちするようにアルバンは囁く。
「ご無沙汰っていうか、そもそも相手がいたこともない」
「あん? じゃあ女買ってんのか? 下の街にはろくな女がいなかったぞ?」
「女も買ったことはない。軍学校時代、君に何回誘われて断ったと思ってるんだ?」
「……ってことはお前……童貞か?」
「……悪いか」
流石に少女の前で、それも面と向かって言われると多少言いよどむが、嘘を付いても仕方がないので素直に返答しておく。
するとアルバンは急に真剣な顔になり、スヴェンの両肩を強く握った。
「悪いことは言わない。こいつを貰っておけ。お前はこのままじゃ一生童貞だ」
「余計なお世話だ!」
「あだっ!」
近付いたことで、本を投げる必要もなく、その角で頭を殴打することができた。
「そもそもお金がないから無理だよ。奴隷なんか買えない」
「嘘つけ! 女も買ってないような奴に金の使い道があるか!」
「君はそれしか思いつかないのか……」
ちなみにスヴェンの給料は決して多くはない。本と雑貨、日々の食料でほぼなくなってしまう。
「頼むよ! 連れて帰ったら俺が上司にどやされる! それ以前にまたこいつと三日も旅するのが嫌なんだよぉ!」
「いいじゃないか。美人は好きだろう?」
「俺はもっとふんわりしたお姉さんが好きなのさ。目は怖いし、そもそも人間じゃないし」
このままここで問答を続けていても埒が明かぬと、スヴェンは打開策を打つことにした。
「ただなら貰うよ。お金を要求するならいらない。連れて帰ってくれ」
「た、ただ……?」
「そう。びた一文払うつもりはない」
しばし無言の時が流れる。
恐らくだが、上官に命令されてここに連れて来たということは、まさか売りつけて来いとは言われてはいないだろう。
とすればスヴェンが払った金は高確率でアルバンの懐に入る。それは癪に障った。
「……わかったよ。俺の家でこいつの面倒見るよりマシだ。あーあ、折角お前に売った金でお姉ちゃん達と遊ぼうと思ってたのによ」
スヴェンの予想通りアルバンは折れた。
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