43. いいから乗れ

「そうそう、女神様がなんかカンカンなんだけど、シアンちゃん何かやった?」


 タニアは眉をひそめてシアンの顔をのぞきこむ。


「え? な、なんだろう?」


「思い当たることが多すぎてわからんのじゃな」


 金髪おかっぱに戻ったレヴィアが肩をすくめる。


「まぁ……、とりあえず神殿に行きますか!」


 タニアは苦笑しながら指先でツーっと空間を裂く。すると、中から白馬が次々と現れた。


「はい、ドウドウ! いい子ね」


 タニアは優しい目で馬を落ち着かせると、手綱を引いて瑛士に手渡した。


「はい、キミにはこの子【アイアンホーフ】よ」


「えっ!? 馬なんか乗ったことないよ!」


 瑛士は焦って両手を挙げる。


「何言ってんの! さっきみたいな覚悟を見せなさい!」


 タニアはブラウンの瞳でギョロリとにらむと、煽ってくる。


「いや、覚悟で乗れるようなもんじゃないんだけど……」


 アイアンホーフはそんな瑛士の腰の引けた様子を見ると、ブロロロロ! と、小ばかにしたように鼻先で瑛士を押した。


「ははっ! アイアンホーフが『いいから乗れ』って言ってるわ」


「えっ? の、乗るだけでいいの?」


「瑛士、早く乗るんだゾ!」


 とっくに馬に乗っているシアンは、瑛士の方に腕を伸ばし、フワリと宙に浮かせるとそのまま鞍の上に落とした。


「う、うわぁ!?」


「ほら、手綱持って!」


「わ、わかったよぉ……」


 瑛士は半べそ状態で何とか鞍に座ると恐る恐る手綱を持った。


「じゃぁ、シュッパーツ!」


 タニアは楽しそうに馬を歩かせ、他の馬もそれに続く。


「えっ……? ど、どうしたらいいの?」


 瑛士がうろたえていると、レヴィアが後ろを振り向いて楽しそうに笑う。


「手綱を少し緩めるだけでええんじゃ」


「こ、こう?」


 瑛士は思わず力を込めて引いてしまっていた手綱をそっと緩めた。


 ブロロロロ!


 アイアンホーフは『これだから素人は!』と、言わんばかりにため息をつくとポッカポッカと歩き始める。


「お、おぉ、ありがとうな……」


 瑛士は半べそをかきながらアイアンホーフの首をなでた。



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 澄み切った水がせせらぎを奏でながら流れる小川のそばを、一行はカッポカッポと進んでいく。高く広がる空には、太陽の役割を果たす輝く雲がいくつか浮かび、その光が森の葉々を照らし出す。木々の間を透過する柔らかな日差しは、まるで魔法のような温もりを感じさせた。


 シアンとタニアは前の方で何やら楽しそうにゴシップネタで盛り上がり、たまに甲高い笑いを振りまいている。


 最初は緊張していた瑛士だったが、馬に揺られながら森の空気を吸っていると徐々に落ち着いてきた。


「いやぁ、乗馬っていいもんですね……」


「人類の歴史は馬の歴史じゃったからな。これを機会に乗馬を始めてみたらどうじゃ?」


 レヴィアは背筋をピンと伸ばした姿勢で馬の歩調に合わせながら、優雅に乗りこなしている。


「そうですね……。神殿ではいつも馬なんですか?」


「んなわけあるかい。以前来たときはリムジンじゃったわ」


「じゃあ……、何で?」


「知らん。タニアがシアン様と馬に乗りたかったんじゃろ?」


「はぁ……。飛んで行ってどこかで話すればいいのに」


「おいおい、ここで飛ぶのは重罪じゃぞ。宇宙で一番神聖なところを飛ぶなんて死刑になってもおかしくないわ」


「えっ!? そ、そうなんですね。聞いててよかった……」


 瑛士は、この聖域の厳しい掟に顔を引きつらせる。一つの過ちが死を意味するという重圧の下、彼の身体は思わずブルっと震えた


 やがて、木々の隙間から、丘の上にパルテノン神殿を彷彿とさせる白亜の神殿が見えてくる。一列に並んだ力強い白い柱は青白い光の微粒子に覆われており、風が吹くたびにふわりと青白い輝きがまるで炎の様に舞い上がっている。


「おぉ……。あそこが神殿……ですね?」


 瑛士はこの荘厳な神殿の美しさに息をのんだ。屋根に彫られた浮彫はまるで今にも動き出しそうなほど精緻で躍動感を放っている。


 ここにパパを生き返らせられる女神様がいるのだ。そう思うだけで不安と期待で心臓が早鐘を打ってしまう。


「もう何万年もあの姿らしいから見事なもんじゃよ」


「何万年!?」


 瑛士はそのスケールの大きさに圧倒される。シアンが以前、地球を創るのに六十万年かかったと言っていたのだから不思議ではない数字ではあるが、桁が大きすぎて想像がつかない。


 そんな超越した存在相手に、無理筋のお願いなんて本当にできるものだろうか……?


 くぅ……。


 瑛士は首を強く振るとパンパンと自分の頬を張り、つい気弱になってしまう自分に喝を入れなおした。


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