35. 血だらけのボディ

「はい! これが君のボディだゾ! きゃははは!」


 シアンは床にごろりと血だらけの瑛士の死体を転がし、楽しそうに笑った。


「ひぃ! し、死体じゃないかぁ!」


 子ネコの瑛士は毛を逆立てながら目を丸くする。


「僕、直すの下手だから、レヴィアよろしく!」


 シアンはポンポンとレヴィアの肩を叩いた。


「えっ!? 我がやるん……、はいはい……。ふぅ……。あー、大動脈が破裂してますなぁ……」


 レヴィアは空中に3Dホログラム画面を浮き上がらせると、瑛士の身体をチェックしていく。


「大動脈を縫合……、それから割れた肝臓を直して……」


 レヴィアは真剣なまなざしで3Dホログラム画面をパシパシと叩きながら、手際よくデジタルのオペを進めていく。


 シアンと瑛士はその様子を後ろから眺めながら感心していた。


「レヴィちゃん、さすがだね。上手いね!」


「このくらいシアン様でも余裕でできると思いますが?」


「いやぁ、僕は壊す方が好きだからさ。くふふふ……」


 レヴィアはジト目でシアンをチラッとにらむ。単に面倒くさいから押し付けているだけなのだ。


「血液を充填……、裂傷を縫合して……」


 手際よく修復を終わらせたレヴィアは、チラッと瑛士を見てニヤッと笑い、叫ぶ。


衝天霹靂アーク・フラッシュ!」


 刹那、青空から一筋の雷が横たわる瑛士の身体を貫いた――――。


 パァン!


 衝撃音と共にビクンと瑛士の身体が跳ね上がる。


 うわぁぁぁ!


 キジトラの子ネコは目を真ん丸に見開き叫び、シアンとレヴィアの髪の毛が高圧電気で逆立った。


 シアンは嬉しそうにすかさずパシャっと子ネコの写真を撮る。


 刹那、横たわった瑛士の身体がぼぅっと黄金色の輝きに包まれ……。


 おわぁぁぁ!


 叫びながら起き上がる血だらけの瑛士の身体。


 あ、あれ……?


 気づくと瑛士は人間の体に戻っていたのだ。


「おぉ……、や、やったぁ……」


 瑛士はゆっくりと起き上がりながら感慨深く両手を見る。その久しぶりの人体の感覚にホッとしながら、指をにぎにぎと動かした。


 嬉しくなった瑛士はふぅと大きく息をつきながら顔を上げる。すると、対岸の千葉の上に大きな青い球が浮かんでいるのを見つけた。


「え……? あれは……?」


 それは月を何倍にもしたようなサイズで、青空の向こうに霞みながらたたずんでいる。そして、その青い球の表面の模様に瑛士は見覚えがあった。


「あの形は……アメリカ大陸……?」


 そう、衛星画像で見慣れた地球がそのまま千葉の上空に浮かんでいるのだ。


「え!? どういうこと?」


 瑛士は慌てて辺りを見回した。すると、地球は千葉上空だけでなく、あちこちにいろいろな大きさで浮かんでいることに気がつく。


「ち、地球が……」


 瑛士が唖然として言葉を失っていると、レヴィアが川崎上空の大きな地球を指さした。


「あの地球が我の担当の地球じゃ」


「た、担当!? 地球はこんなにたくさんあるって事?」


「全部で約一万個、キミも管理者アドミニストレーター属性が付いたから見えるようになったんだよ。どう、本当の世界の姿は?」


 シアンは嬉しそうにニコッと笑って瑛士の瞳をのぞきこむ。


「い、一万個……」


 瑛士は宇宙に浮かぶ地球の群れを眺め、首を振った。そして、シアン達の見ていた世界のスケールの大きさに思わずため息をついた。



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 翌月のこと、いきなり緊急招集され、川崎からバスに乗せられた元教授の田所誠一たどころせいいちは、いぶかしげに窓の外を眺めていた。


 バスは大師橋へと進み、多摩川を渡っていく。核で廃墟と化した東京に連れていかれるとは予想以上にヤバい臭いがする。


 カーキ色のジャケットに白いシャツ、教員時代愛用した服に身を包んだ田所は、薄汚れた丸眼鏡をクイッと上げながら怪しげな招待状に応じた事に不安を隠しきれず、ふぅと大きくため息をつく。


 ところが、東京に入って目に入ってきたのは一面の更地だった。


 へ……?


 思わず身を乗り出し、丸眼鏡を少し斜めにしてその景色を食い入るように眺める田所。


 バスの中にもどよめきが起こる。


 核攻撃を受けてから東京は手つかずの瓦礫の山だったはずだ。一体誰がこんな整備をしたのだろうか? 東京を覆いつくしていた膨大な量の瓦礫、そんなものを動かすにも捨てるにも、ダンプカーを何万台も動かしたってそう簡単には解決はできない。


 先日のクォンタムタワーの崩落にしても、知らぬ間に人智の及ばぬとんでもないことが起こっている。田所はその得体のしれない存在に心が凍りつくような悪寒を感じ、驚愕と恐怖で顔が歪んだ。

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