11. 魅惑のハートマーク

 二人の前に広がるのは、核爆発の猛威をなんとか耐え抜いた荒廃した倉庫。虚ろな窓枠が失われた時を物語っている。屋根が残っているから雨にやられてないものもあるだろう。早速二人は割れた窓から忍び込む。



「おーい、なんかいいものあったー?」


 瑛士は段ボールを一つずつチェックしながらシアンに声をかける。


 手分けして使えそうな物を探しているが、マスクやおむつなどの日用品が多く、なかなか使えそうなものが見つからないのだ。


「ジャーン!」


 シアンは楽しそうに黒いビキニ姿で豊満な胸を強調しながら現れた。お尻からはハートマークのついたシッポを生やしている。パーティー用のサキュバス変身コスプレ衣装を見つけたらしい。


 つるりとした白い肌に可愛いおへそがのぞき、そのあまりに似合っているコスプレに瑛士は真っ赤になってしまう。


「ちょ、ちょっと! まじめにやってよ!」


「ふふーん、似合う? ねぇ似合う?」


 シアンは瑛士をからかうようにくるっと回ると、前かがみになって胸を強調し、ウインクを飛ばした。


 瑛士はうつむき、大きく息を吸うと気持ちを落ち着ける。


「似合う、似合うから……。そういうの見せないで!」


 そう言いながらも、ぴょこぴょこ揺れるシアンのシッポのハートマークを目で追ってしまう瑛士だった。



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 シアンが見つけてくれた洋服の段ボールを漁る瑛士。


 幸いかび臭くはあったが普通の服もたくさんあり、何とか濡れた服を着替えることができた。


「ジャーン!」

 

 デニムのオーバーオール姿で現れたシアンは、Vサインを横にして嬉しそうに笑顔を輝かせた。


 キャップをかぶって白いシャツからすっと伸びる白い腕、とても似合っている。ただ……、先ほどのサキュバス姿の方が圧倒的にインパクトはあった。


「あぁ、お似合いだね……」


 瑛士は気のない返事で応える。


 サキュバスへの未練を察知したようにシアンはジト目でエイジを射抜くと、


「エッチな方が好みなのね! スケベ小僧め!」


 と、エイジのおでこをパチンと指ではじいた。


「いてっ! そ、そんなことないって。お似合いだよ」


「フン! いいからスマホ探して」


 シアンは不機嫌そうに口をとがらせる。


「え!? あのスマホ無くしちゃったの?」


「無くしたんじゃなくて水没で壊れちゃったの!」


「マ、マジ!? 早く言ってよぉ!」


 瑛士は目を丸くして青くなる。


 唯一にして最強の兵器スマホカメラが無いということは、今、AIに襲われたら死亡確定である。瑛士は慌てて棚の荷物を次々と掘り起こしていった。


 玲司はスマホを持っていない。レジスタンスは電波で居場所がバレるのを嫌ってスマホは持ち歩かないのだ。特殊な通信機で連絡を取り合っているが、それにはカメラなど付いていない。


 しばらく二人は段ボール箱を次々とひっくり返し続けていった。



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 結局見つかったのは旧式の中古のスマホが一台。電池はとっくにイカレてて充電すらできない。


「これじゃ敵を壊せないゾ? どうすんの?」


 シアンはどこからか掘り出してきたピコピコハンマーを振り上げると、不機嫌そうに瑛士のお尻をピコピコ叩いた。


「ちょ、ちょっと止めて! ほら、何とか電源はいったから!」


 瑛士は充電ケーブルを繋げた状態で何度か試行錯誤しているうちに電源ボタンが入るようになったのを見せた。


「えー、本当……?」


 シアンは眉を寄せてスマホ画面をのぞきこむ。


「モバイルバッテリーを繋げっぱなしなら何とか動きそうだよ? ほら」


 瑛士は試しにカメラアプリを起動してみる。しかし、旧式スマホのカメラはズームも効かず相当にショボかった。


「えぇ……? これで塔を倒すって? 本気?」


 シアンは呆れて鼻で笑う。


「ダ、ダメなの?」 


「うーん、ダメってことはないんだけど、塔に相当近づかなきゃだゾ?」


「そ、相当って……?」


「もうすぐそばって事! きゃははは! スリル満点!」


 シアンは楽しそうに笑った。


「すぐそばまで近づくって……塔は海の真ん中なんだけど……」


 瑛士は降りかかる理不尽な試練に頭を抱えた。あと一歩だったゴールが手をすり抜けどんどん遠ざかっていく。


 ちくしょう……。


 瑛士はブンとこぶしを振ると深いため息をつき、がっくりと肩を落とした。



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 クォンタムタワーのそばまで近づくには、帆船をモチーフにした巨大な換気塔『風の塔』に行くしかない。晴れた日には風の塔は、クォンタムタワーのそばに寄り添うようにポッカリと浮かんで見える。


 陸路で行くためには多摩川を超えて川崎に入り、東京湾を途中までトンネルで横断するアクアラインを行く以外ない。二人は瓦礫で埋まった国道十五号線跡を歩きながら一路川崎を目指した。


「アクアラインなんか入れるのかなぁ……」


 瑛士はそのミッションの難易度の高さについ弱音を漏らす。


「何とかなるでしょ! それに……、悩んでる暇なんてないよ? きゃははは!」


 シアンはスマホカメラを起動すると、キラリと碧眼を輝かせ、瓦礫の山目がけてシャッターを切った。

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