3. 殺戮王の幼女
「ル、ルシファー様ぁぁ!」「あぁぁぁ! あいつだ! 殺せぇぇぇ!!」「全軍! 総攻撃!!」「うぉぉぉぉ!!」
大地を震わせる数千もの魔物たちの怒声は、まるで雷鳴のように草原を揺るがし、その凄まじい重低音が蒼の腹に響く。無数の憎悪に満ちた瞳が蒼に向けられ、稲妻のように輝き、彼らの殺気は凍りつくようだった。
ヤギ頭の魔人が槍を振りながら咆哮と共に突進してくる。フードを被ったドクロは力強い声で呪文を唱え、その言葉に応えるかのように、空中に黄金色の魔法陣が輝き始め、周囲を明るく照らし出した。
ありとあらゆる攻撃があどけない幼女に向けて繰り出される。
その圧倒的な殺意の波に飲み込まれそうになりながら、顔面蒼白の蒼は魔王軍の方に向かって両手を向けて叫ぶ。
「ひぃぃぃ! 恐い
直後、魔王軍全体が紫色の閃光に覆われる。
ドサッ、ドサドサッ……。
次々と魔物たちが倒れる音が草原に響き渡っていく……。
やがて訪れる静寂――――。
へ……?
蒼はそっと目を開け、目の前の光景に息を呑んだ。数千はいた魔王軍の軍勢は全て地面に倒れ伏せ、草原は死体で覆い尽くされていたのだ。
ピロローン! ピロローン! ピロローン! ピロローン!
頭の中に鳴り響く電子音、そして空中に次々と湧いてくる画面。
『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』
こ、これは……。
蒼は呆然と立ち尽くす。
轟音が響き渡っていた草原は、いまや静寂に包まれた死の大地へと変わってしまった。ただ一言、「
『信じがたい功績!:5438もの敵を一度に殺しました。称号【殺戮王】を獲得しました。』
蒼はまた新たな称号を獲得してしまったことに頭を抱える。正当防衛とは言え、こんな大量殺戮など望んでいないのだ。
殺すつもりも無いのにどんどん殺してしまう現実に心がついて行かず、蒼は膝から崩れ落ちた。これは何かの罰ゲームなのか?
やがて倒れた魔物たちは次々と消えていき、後には美しく輝く大きな宝石のような魔石が残されていった。魔物は倒すと消えて魔石になるようだった。
はふぅ……。
魔王軍によって踏み荒らされた草原には無数の魔石が散乱し、美しく輝いている。それはまるで宝石がちりばめられた大地のように美しかったが、蒼には殺されてしまった者の無念の輝きに思えて首を振り、思わずため息をついた。
しばらくうつむいていた蒼だったが、いつまでもここにはいられない。この大量
どっこいしょ……。
蒼はゆっくりと立ち上がる。
その時、かすかに草の擦れ合う音が聞こえた。
ん……?
草原を渡る風がビュゥと吹いて草を揺らすと、何やらピンク色のものが一瞬見えた。
蒼は眉をひそめ、ジッと草むらを見つめていると、カサカサカサと草を怪しく揺らしながらピンク色が逃げていく。
「おい! 動くな! 出てこい!」
蒼は叫んだ。どうやら生き残りがいたらしい。このまま逃がすと大変なことになる。
「ひ、ひぃぃぃ! い、命ばかりはお助けをぉぉぉ!」
草むらから飛び出したピンクの髪の悪魔が、蒼に手を合わせながら涙声で叫ぶ。それは二本の角を生やした若い女の悪魔だった。背中からはコウモリのような黒い羽根を生やし、胸を強調した赤いボディスーツを着ている。悪魔は腰が抜けたようにへたり込み、蒼に恐怖を感じてガタガタと震えていた。
魔王軍の魔物たちとは離れた位置に潜んでいたので、即死スキルのターゲットからは外れていたのだろう。可哀想ではあるが、目撃者を生かしておいてはマズい。
「ごめんな」
蒼は憐れむような表情を見せがら彼女に右手を伸ばす。
「ひぃぃぃ! 待って! 待ってください! 私、奴隷になります! あなた様の言うこと、何でも聞きます。だから殺さないでぇぇぇ!」
悪魔は手をワタワタと振りながら必死に叫んだ。
「奴隷……?」
蒼は首をかしげる。そんなやり方があるなんて日本人だった自分には想像もつかなかったのだ。
自分はこの世界のことを何も知らない。何でも言うことを聞いてくれる奴隷がいるのであればそれは確かに役に立ちそうだ。
「そうです、奴隷の契約をすれば私はあなた様のことを裏切れません。必ずやお役に立ちます!」
泣いて懇願する彼女をしばらく見つめる蒼。澄み通る赤い瞳に透き通るような白い肌。かなりの美形だったし、胸も大きく、自分が男だったら……と、つい思ってしまう。
「ふぅん、じゃあ試しにやってみてよ。変な事しようとしたらすぐに殺すからね?」
蒼はプニプニの可愛い腕を組み、碧い瞳で悪魔をにらんだ。
「や、やたっ! ありがとうございますぅ。変な事なんてしませんよ。私、こう見えても真面目な悪魔なんですぅ」
悪魔はパァッと明るい笑顔で飛び起きると、嬉しそうにピョンと跳ぶ。
真面目な悪魔とは何とも奇妙な存在だが、蒼はその嬉しそうな姿にどこか救われる思いがした。殺さずに済むならば、それは自分にとっても救いの光かもしれない。
「では、契約を始めますねっ!」
悪魔はナイフを取り出すと自分の手の甲に刃を突き立て、シュッシュッと斬り始めた。
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