第110話 主人公の行方

 マリエラはようやく、この世界がゲームなどではないと、納得してきている。

 ディクスンと違って比較的、短い人生を前世で終えた。

 また前世の記憶が、人格も含めてはっきりとあるのだ。

 そのあたり切迫感がなかったとしても、仕方のないものであろう。

 そもそもディクスンの場合は、自分の人生が失敗であった、という感覚だけは残っているたのだ。


 ディクスンの行動もあるが、そもそもマリエラの行動からして、ルートを逸脱しているものであった。

 あるいは甘く見すぎたマリエラと、厳しく見すぎたディクスンの行いが、結果的に大きな影響を世界に与えたと言えるのかもしれない。

 前世の日本の方が、ずっと自由であったのだ。

 色々と問題はあって、文句も言っていた。

 だがこの世界の庶民はおろか、貴族と比べてさえも、ずっと豊かであったのではないか。

 ようやくそう思えるあたり、一応は成人年齢までは生きながらも、かなり流されていたマリエラはディクスンとは違う。


 いくつかある公爵家の、嫡男の正室。

 子爵家の娘としては、充分すぎる玉の輿である。

 もっとも生活が贅沢になるかというと、そういうわけでもない。

 公爵家などよりは、裕福な商人からの援助を受けていた、子爵家の方がよほど裕福であるからだ。

 これが辺境伯家などであれば、また違ったなのだろうが。

(惜しかったかなあ)

 見た目は年下であるが、前世まで含めればおそらくは年上。

 そして同じ日本を知る者として、ディクスンは貴重な仲間であった。


 彼ならばおそらく、自分一人の力で、ある程度の爵位を勝ち取るだろう。

 そこについていった方が、あるいは良かったのではないか。

 もっともディクスンは容姿の良さにポイントを使ったマリエラにも、全く魅力を感じていないようであった。

 もちろん肉体の年齢に、精神が引っ張られていたのかもしれないが。

(これでとりあえず、あがりってことなのかなあ)

 見合いというわけでもないが、宮中のパーティーにおいて、マリエラは婚約者候補と出会う。

 とりあえず醜悪なデブなどではなかったが、どこか気障な部分を感じさせる、とにかく貴族的な男であった。




 ディクスンとの交流は続いている。

「それはまあ、この世界は基本的に、女が出世するのは難しいからな」

 前世での中世などに比べれば、ずっと活躍している女性はいる。

 それこそ冒険者や騎士、あるいは傭兵などにもいるのだ。

 だがスキルやステータスで補っても、基本的には男の方が身体能力の平均値が高い。

 また女性にはやはり、妊娠から出産というものが、明確に求められているのだ。


 歴史的に見ればむしろ、前世の現代の先進国が、おかしかったと言えるだろう。

 女性さえも働かなければ、生活が難しいという状況。

 それで労働力の再生産である、子供を作るということ。

 ここまで求めるのは、無茶だという話になる。

 もっとも前世も普通に、形は違うだけで、女性も近代以前から働いてはいたのだが。


 この世界の貴族女性は、結婚して嫡子を産めばそれで成功。

 避妊の技術もあるためその後は、愛人を作ってもいいだろう、という貞操観念が多かったりする。

 前世ではキリスト教やイスラム今日の影響が、貞操観念には影響していたと言えるのだろうか。

 他には中国なども、儒教で不倫からの妊娠は、疎まれていたはずである。

 日本の場合は農村に、昭和初期まで乱交文化があったともいう。 

 結婚後の不倫は、基本的に禁じられていたらしいが。

 夜這いという風習もあったのが日本である。


 マリエラが不満なのも、ディクスンには分かる。

 なんだかんだ言いながら、あの攻略対象たちは、女性にとって魅力であったのだ。

 また政略結婚ではなく、恋愛を伴った結婚。

 前世の記憶を持っていれば、特に女性側とすれば、結婚に夢を見ているのではなかろうか。

(知識としては女性は、男性にはまず経済力を求めていたはずだけどな)

 マリエラの場合は実家から、その経済力による生活が保証されていたのだが。


 公爵家との結婚も、とりあえず話は進んでいく。

 だがマリエラが納得したとしても、ゲームの攻略対象たちは納得しない。

 その中でベルモントは、強制的に実家に帰されている。

 ディクスンからの報告もあって、父が自領でベルモントに、実戦経験を積ませるという名目であった。

 それはいいのだが、他の攻略対象たちは、色々と大変なことになっている。

 廃嫡されたというパターンもあれば、王子は他国の王族へ婿入りなど、完全に政略結婚に使われている。

(うちのお兄様はともかく、暴発しないかな?)

 そのディクスンの不穏な予想は、正しい形で実現した。




 マリエラの扱いは、もう王室のみならず、貴族の間でも決まったことである。

 伯爵家の謀反によって、混沌の血統がどれぐらいあるのか、それが明らかになっている。

 可能性の話でしかないが、もしも混沌の指輪が見つかれば、宮廷の権力のバランスが崩れてしまう。

 神器を持っているということは、それだけで爵位や王位継承権に関連する。

 王家もそれなりに、血統の交換はしているのだ。


 王女が下手に外国に嫁げないのは、このあたりが理由にある。

 血統が発現している場合は、公爵家へと入るのだ。

 最強とも言われる破邪の血統は、これによって王家のものとなる。

 もっとも血が濃くなりすぎるのを防ぐため、外からの血はそれなりに、入れることになっている。

 マリエラの場合は混沌の血統なので、これを王族に入れるのもいいのでは、という意見もあった。

 だが逆に二つの血統が、直系王族に発現したらどうなるか。

 それが公爵家の正室に入る、ということで決着したのだ。


 決着したはずだったのだが、マリエラの姿が王都から消えた。

 これはディクスンも知らされていなかったことで、あまりにも突然のことである。

 だがほぼ同時に姿を消したのが、マリエラを取り巻いていた攻略対象たち。

 特に王子までもいなくなっていて、外に漏らすまいという配慮がなされた。

 とりあえず魔王の件はしばらく大丈夫だな、と思っていたディクスンは、油断していたと言ってもいい。

 だがこんなことが起こるなど、普通はありえないではないか。


 王族や貴族の御曹司が、一人の貴族の娘を伴って、王都から脱走。

 ある程度マリエラとの交流があった、ディクスンにそれが伝わったのは、かなりの時間が経過してからである。

 連絡がつかないので、また何かに巻き込まれたのでは、とは思っていた。

 あるいは混沌の血統を持つ、大公国などが動いたのか、という思考である。

 だがマリエラを伴って、攻略キャラどもが逐電。

 とてつもなく馬鹿らしいというか、常識からしてありえないことを、男どもはやってしまったわけである。


 ディクスンは頭を抱えた。

 話を持ってきたのは、面識のあるバルター子爵家のエイサムである。

 宮廷内の儀礼などに携わるだけに、こういう秘密も守ると思われたのか。

「貴族のボンボンどもだけで、王国の追跡を撒いていると?」

「下手にダンジョンや魔境などで、動ける教育を受けていたからな」

 そういうものであるらしい。




 何を考えているのだ、とディクスンは思う。

 そもそもマリエラ自身が、こんなところかと納得していたはずではないのか。

 主導したのはさすがに、男どもの方であろう。

 その中にはさすがに、王都にいないベルモントが関わっていないのは、確かなはずである。

(父上、グッジョブです)

 ただマリエラたちがどこに向かっているのか。

 それはある程度限られてくるだろう。


 単純にマリエラの血統を中心に考えた場合、大公国のどちらかに向かったか。

 だがあちらは謀反の起こった方向であり、まだ検問所などがしっかりしている。

 軍も完全に元に戻ったわけではなく、警戒は厳しいはずだ。

 ならばどこに向かっているのか。 

 それぞれの領地などが考えられるが、当然そちらは警戒されている。

「ひょっとして、うちの領地に向かっていると?」

「そう思わないか?」

 思う。


 上手く追跡をかわしているのは、かなり意外と言える。

 おそらくそのあたり、事前に知らされていたかどうかはともかく、マリエラがなんとかしたのではないか。

 彼女は前世が平民で、今世も商人の庶民的な感覚を持っていた。

 だが本当に安楽な生活を捨てて、先の見えない男どもに付き合ってしまうほど、愚かであったろうか。

「ありうるな~」

 脳みそお花畑とまでは言わないが、現実感の薄い少女であった。


 そしてエイサムとしては上司に命令されて、辺境伯家の屋敷に向かったそうな。

 そこから帰る途中で、伯爵家に寄宿している、ディクスンにも話を通した。

 本当ならばこれは、ディクスンには教えるようなことではないのではないか。

 だがディクスンがマリエラと接触があったのは、わずかな人間だが知っている。

(兄に加えて俺もいて、コルネリウス辺境伯家が絡んでいると?)

 ベルモントが先に王都から消えているのは、何かの準備をしたからではないのか。


 厄介なことである。

 おそらくこれで辺境伯家は、ベルモントの扱いをもっと考え直さないといけない。

 もちろんそちらの方向に向かっていなかったのなら、それは望ましいことなのだが。

「私も動いて、行方を追ってみます」

「頼めるか」

 エイサムとしても嫌そうな顔をしていたが、貴族の子女の逐電である。

(なんとか表ざたにならないように、解決することは出来るのか?)

 もうそこまでの面倒は見ないぞ、と決めたディクスンであった。

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